矢車通り~オリジナル小説~

はてなダイアリーから移行させました。

稲妻お雪 弐の弐

「お握りを食べてる間に今川の残党の話を聞かせなよ」
 お雪は相変わらずぞんざいな言葉使いで三太夫を急き立てた。
「どっちが主か分らんな。まあいい、聞かせてやろう。あと一里ほどいった所に妙信寺という荒れ寺がある」 
「分かったよ。その荒れ寺に夜な夜な今川の鎧武者の亡霊が出て、里人を悩ませているというんだろ」
 お雪は握り飯を頬張った口をもごもごやりながらいった。
「馬鹿者、そんな猿楽の筋書きがあるか。亡霊より生きた人間の方が余程恐ろしいわ」
 三太夫はふくべの水を飲みながら、呆れたようにいった。  
 今まで沈黙していた善介が、お雪の顔をちらりと見ていった。
「全くで御座る」
 お雪がこれを見逃すはずがない。
「おや、あたいに喧嘩を売ろうってのかい。隙あらばあたいの股ぐら狙ってるくせに、何が全くで御座るだ。この助平野郎」
「いい加減にせんか」
 三太夫はお雪を恫喝した。悪口雑言に付き合っていては話が進まない。 
「とにかくその寺は今川ゆかりもので、大きくは無いが堅牢に造られていて、一寸した小城のようになっておるそうな」
三太夫は握り飯の米粒を指から、一粒一粒ねぶり取りながらいった。
「おおよその話は分かったよ。そこに今川の残党が居を構え、徳川方に抵抗しているんだろ。で、あたい達は何をすりゃいいんだい」
 お雪は察しの良さでは善介より上を行く。大きな眼をくるくると輝かせて問うた。
「さてそれよ。直江様は家康殿に手土産代わり。そいつ等を退治して、首領格の首を持参せよと言われたが、我ら三人がさような虎穴に入って、大仕事を果たせようかのう」
 三太夫は首を捻った。

稲妻お雪 弐の伍

 三太夫は郎党二人を見送りながら、幾許かの寂寥感におそわれていた。若いという事は無鉄砲ながら羨ましくもある。歳をとるといろいろ余計な策を弄して、けっく無駄骨におわる。
 ゆっくりと立ち上がって二人の向かった森へ入る。途端に木陰のひんやりとした空気と降るような蝉時雨が満身を包んだ。夏である。越後を出たのが春の終りであったから、この時代でも随分ゆっくりした旅であった。乱波の足なら越後から駿河まで五日もかかれば充分であった。それを時をかけたのは直江家老の指令があったからである。
 織田徳川がはっきり手を結ぶのをたしかめ、それが確実としれてから近づけとのことであった。
 
  なるほどお雪の目の前に有るのは、寺ではない城であった。堅牢な石垣の上に無骨な建物がのっている。
「うへえっ、こりゃ凄いや。ここに楠木正成みたいな軍師が立て籠もったら、なかなか落ちないだろうね。さて、ここが思案のしどころだよ」
 お雪は腕組みをして考え込んだ。三太夫にああは虚勢をはってみたものの、小娘の悲しさ、別にこれといった策があるわけではない。
 そこへ善介が息せき切って駆けつけて来た。
「どうせ旦那にあて付けての啖呵だろうとは思ったが、これからどうする気だ」
 善介は汗を手の甲で拭いながら聞いた。
「うるさいねえ。今その思案の最中だよ」
 お雪はあくまでも強気を崩さない。
「お前の性分には呆れたよ。親の顔が見たいとはお前の事だ。俺に一つ考えが有るんだがやって見るか」
 善介はお雪を焦らすように言った。
 お雪はいかにも悔しそうに唇を噛んで聞いた。
「どんな策か知らねえが、やるしかないだろう」
 お雪は不本意という顔でいった。
「まずお前が旦那から巻き上げた砂金を俺に渡せ」
 善介は強面にいって、お雪に手を差し出した。
「騙して持ち逃げするんじゃあなかろうね」
 お雪は疑わしげな表情で、それでも懐から砂金の袋を取り出した。
「ようし、それでいい。これから俺は越後の人買いに化けるからお前も調子を合わせろ」
「化けなくても人買いそのものに見えるぞ」
 お雪は善介に向かって減らず口をたたいた。
「憎まれ口ばかりきいてると、後が怖いぜ。ところで人買いに見えなきゃあいけねえ。悪いが縛らせて貰うぜ」
 善介はそういうなりお雪をぐるぐる巻きに縛り上げた。
「いてててっ、芝居だろう。そんなにきつくしなくても」
 お雪は悲鳴を上げた。
「本物に見えないと策略はうまくいかないもんだ。すこしの間だから辛抱しろ」
 善介はお雪を引っ担いで、寺の石段を上っていった。
 

稲妻お雪 弐の壱

 ここまで来たかと三太夫は深編笠を持ち上げて、辺りを睥睨した。
「富士山はやっぱり大きいねえ」
 お雪も側で溜息をついた。だが善介は担がされた荷駄の重みにそれどころではない。
「ちっ、駿河の国で富士が見えるのは当たり前さあね」 
 善介の愚痴をしり目に、二人は緑の草原に聳え立つ、富士の神々しい姿を何時までも眺めていた。
「ところでお雪、今川の大将は今どうなっていると思う」
 三太夫は、お雪を試すように問うた。
桶狭間の戦い織田信長に首を取られ、滅びたんじゃあないの」
 お雪は何をいまさらというように、不思議そうな表情で三太夫を見上げた。
 三太夫はニヤッと笑った。
「今は家康が駿河を支配して居ると思えばさにあらず。今川の支配下なのじゃ。尤も一部ではあるがの」
 お雪は疑わしいといった顔で、富士を仰ぎながらいった。
「いくらあたいが田舎者でも、そんなヨタは止しとくれ。あの根切りの得意な信長が、今川の残党を生かしておく筈は無いだろう」
「お前がそう思うのも無理からぬ事じゃ。かくいうみどもとて、直江様から聞くまで知らなんだのじゃからな」 
 三太夫は草原に腰を下ろし、弁当を開きながらいった。
 お雪と善介は仕方ないと、三太夫の側に腰を下ろし各々の弁当を広げた。

稲妻お雪 壱の八

「家康よりこの爺さんの方が、よっぽど大狸だねえ。なんであたいみたいな小娘が、家康の引き出物になるものか。あっ、そうか。分かったぞ。家康の野郎、何かの業病に取り付かれ、陰陽師の御託宣で、若い娘の肝を食えば治るっていわれたんだろう」 
 お雪は本気のようで、青い顔をしていった。
「おいおい、威勢のよい割に迷信深い娘よのう。南蛮から鉄砲がわたり、今はそれで戦をする御時世じゃ。陰陽師などに頼っていられるか。葵の上ではあるまいし。よいかお雪、家康は子煩悩と聞く。そこで見目よい童を相手の懐へ送り込み、好を通じよう寸法なのじゃ」
 直江は噛んで含めるようにいった。
 「いずれにしても餌じゃないの」
 お雪はそういってぷっと膨れた。
「贅沢をいえる立場か。わしが買ってやらねばとうの昔に野晒じゃ」
 三太夫が苦虫を?み潰したような顔をした。「ちえっ、又それか。あのねえ親分。大物はあんまり人に恩を売ったのをひけらかさないもんだ。値打ちが下がるよ」
 お雪は三太夫に赤んべえをして見せた。
「これはお雪はの勝だな」
 直江は大笑いしながらいった。
 それから二日後、三太夫・お雪・善介の三人は、春日山城下から姿をくらました。

稲妻お雪 壱の七

「どうやら大殿は信長を覗く布石を打つお考えかと推察いたしましたが?」
 直江は黙って頷いた。   
 その時戸をあけてお雪が入って来た。長い髪を無造作に束ね、小袖を着て、たっつけ袴をはき、腰には短めの刀を差して、もう一端の女侍を気取っている。
「ほう、これが例の買い物か。なるほど聞かぬ気をしておるわい。善介では荷が重かろうな」
 直江はお雪の顔をまじまじと眺めていった。
「あれっ、随分と失礼な爺だな。まず名乗るのが礼儀だろ」
 お雪は臆することなく言った。  
 三太夫は冷汗の思いでお雪を叱った。
「これっ、無礼があってはならぬ。こちらのお方は御家老さまじゃ」 
「ふうん。そのしわくちゃがねえ。でもさ、オジサン。話の順所が違うんじゃあないの。いくらオジサンの上役でも、あたいにとっちやあ只の爺さあね」
 お雪は平然としていった。
「わはははっ、たしかにのう。その肝の据わり方が気にいった。これ娘。その方、三太夫の供で三河へ行って見ぬか」
 直江はお雪の豪胆さが頼もしいとおおいに気に入ったらしく、豪傑笑いしながら問うた。
三河というと家康の狸の所だね。首を打ち取って狸汁にして食うのかい」 
 お雪はけろりといってのけた。
「いや、こ度はお前を引き出物に贈って和議を結ぶつもりじゃ」
 直江はいたって真面目な表情に戻っていった。

飛びたい

時々、思う。空を見上げては
[飛べないのかな?]
建物の屋上を見て
[あそこから飛んだら空を飛べるのだろうか・・・?]
時々、思う時が有る。
空を見上げては「飛べないとかな」と。。。
「飛んで何処か遠くへ行きたいな」と。。。
どうしたら飛べるんだろうと考えた時、空の上の人になったら飛べるのかなと思う時が有る。
考えたくないのに考えてしまう。
それが人間なのでしょう。
考えたくなくても考えてしまう事が・・・
駄目だと解って居ても実行してしまう事。。。
意思が弱いんじゃない、そうせざるを得なくなるのだと思った。そうなる前に誰かに打ち明けられたらキット気持ちが楽になる。
でも、打ち明けたいけど打ち明けられない。。。
どうしたら良いのか 自分でも解らなくなるんだ。