矢車通り~オリジナル小説~

はてなダイアリーから移行させました。

2001-01-01から1年間の記事一覧

義父母

山本詩保は軽い足取りで2階に上がった。廊下の突き当たりが義父母の寝室だ。10畳の部屋にベットが二つ並んでいる。入って右手はクローゼット、左手に義母・知佳子の鏡台がある。義母は今、詩保の息子で、生後6ヶ月の一義をお風呂に入れている。洗顔クリ…

あなたを見つめて(2)20枚

由莉葉は高校を出たら就職するつもりでいる。父親の遺族年金が出るのは由莉葉が18歳になるまでで、さ来年からは出ない。家計は一気に苦しくなるはずだ。母親は進学しても良いと言っているが、特に勉強を続けたいことがあるわけでもない。ここでアピールし…

あなたを見つめて(1)22枚

空気が動いた。 長倉由莉葉は背後を振り返った。小柄な吉田和子の頭上からかぶさるように、中年男が怒鳴りつけている。男の四角い顔は血が上って、赤くなっている。和子は耐えていた。由莉葉は男の視線を受け止めるようにして、和子と男の間に割り込んだ。男…

ひとときだけは……

私がそのニュースを聞いたのは、会社の昼休みに女子社員で集まってお弁当を食べているときだった。 「長期ドラマのロケ地がこの町に選ばれたんですって、聞いた? 水原さん」 「柳勇馬主演の近代ものってうわさよね、伏見さん」私はとっさに話を合わせるため…

雨に降られて(18枚)

トラックの後輪が目前に迫った。入江敦は自転車のハンドルを左に振り、サドルから腰を浮かせる。左側では小学生が集団登校をしている。敦は自転車をトラックと小学生の間に入れようとした。男の子が一人、列からはみ出してくる。とっさに自転車を左に倒した…

頼れない夫

「お茶もないのかい?」姑の古橋かなえが口を尖らせた。甲高い姑の声が、笹井しぐれの耳につく。 「いつも言ってるだろう。私の好きなお茶を切らすなって」しぐれはうつむいて、姑から表情が見えなくなるようにした。(一ヶ月に一度来るかく来ないかの客に合…

お・い・で

息子よ。 君をそう呼んでも構わないだろうか。 私は今までずっと楽しく暮らしてきた。例えば、草を掻き分けて坂を登る。小高い丘を登りきると、急に視界が開けてくる。右手には大きな平原が、左手には小川が流れている。水面をのぞけば、岩魚が泳いでいる。…

我が輩はアイボである (30枚)

キャリヤウーマンを任じる貞子は、土曜日の朝叩き起こされた。 この馬鹿たれがと半分夢のなかで悪態をついた。それはそうだろう。見たくもない上司の顔色を窺い、そのうえ、おつむのなかは空っぽのアイドル連中の、ご機嫌をとって神経を摺りへらしてきたのだ…