矢車通り~オリジナル小説~

はてなダイアリーから移行させました。

2002-01-01から1年間の記事一覧

出会うべくして(11枚)

俺の名前は鈴木太郎。28歳。独身。オス。第1156回どか食い選手権のチャンピオンだ。今も俺は必死で箸を動かしている。あと少しで皿をからにすることができる。ちらりと向かいの皿を見る。まだ半分も食べてはいない。勝利は目前だ。ラストスパート。俺…

もうひとつの「ハマナスの実、月の夢」(改稿版)11枚

許可申請の手続きは十五分で終わる。三つある申請窓口は処理の速さゆえにいつも空いている。小田切はそのつもりで今日のスケジュールを組んでいた。午前中に品物を確かめる。午後三時に宇宙輸出局に出向き、提出してあった書類を受け取って帰る。そのあと輸…

肝試し・後編(37枚)

あれから七十年、俺の人生にも色々あった。二十歳になると兵隊検査を受け、問が悪いというのか中国との戦争が始まって、大陸へ持って行かれた。さんざん上官に殴られたり、弾の下を潜ってやっと敗戦となり、戻って見れば親父もおふくろもくたばっていた。そ…

肝試し・前編(55枚)

あれは昭和の始めだった。 不景気のどん底で娘の身売りが世間の評判になっていた。俺はその頃まだ八つだったから、身売りの意味は理解できないが、とにかく姉ちゃんたちが酷いめにあうことだと漠然と感じていた。 俺も親もそのまた親も、代々続いた小作であ…

Experiment−実験−(改稿版)11枚

ギリィはエアロックの前に立った。十五年の間使われたことのない内扉は、ゆっくり開こうとしている。ギリィは左後ろにいる人型ロボット、マームを振り返った。レンズの目。集音機仕様の耳。スピーカー型の口。玩具のような顔にはどこか愛嬌がある。 「ギリィ…

雪の花

灰色の厚い雪雲が都会を覆っている。私はフワフワとうす汚れた大気にむせながら大空に漂っていた。雪の結晶が体に纏いつく様だ。下界の騒がしいジングルベルの音が自動車の騒音に混じって聞こえる。綺麗な雪も地上に降ると汚れてしまう。ああ、今年もまた来…

癌の寺 後編(55枚)

オバサンは檀家の寄り合いで大見栄を切った以上放ってもおけず。普段より早起きして法正寺に上った。寺はH村落の北側に在る小高い山の中腹にあった。平安時代からの古刹と聞いて居るが、何度も焼失して今の建物は、江戸末期のものを改築してもたせているら…

癌の寺 前編(45枚)

アイボのケツがインターネットのオークションで、的屋の親分のところから転売された先は弩田舎であった。 田舎はのんびりして良いと思ったのだが飛んでもない。ここも人間のしがらみで、てんやわんやの大騒ぎをやっていた。 ケツの新しい持ち主は、田中真紀…

雪の中で(5枚)

彼女が住む町は雪が降らないところだった。 彼女が5歳の年、1月の空に灰のようなものが舞った。灰は羽毛になり積もった。彼女はいつもの遊び場に行った。普段は2、3歳年上の子供に占領されている滑り台に誰もいない。彼女は歓声を上げて走り寄った。階段…

束の間の休息

携帯電話のディスプレイには神田春子と出ている。予定通り。それでも通話ボタンを押すのに十秒かかった。 「夕べ、隆正の背広から待ち合わせのメモを見つけたの」春子の声だ。 「紀美代の字だったわ。ホテルの名前」 春子は今なんとか声を絞り出しているのだ…

仲間探し

ドアを開けようとした、おれの手が止まった。 「順調です。医者の手が必要な出産なんて7人に1人なんですよ。6人は医者なんていなくても平気なんです。女性はつくづく丈夫だと思いますよ。出産に耐えられるんですから。男だったらショック死しかねませんよ…