矢車通り~オリジナル小説~

はてなダイアリーから移行させました。

2004-01-01から1年間の記事一覧

呼び合う二人(14枚)

俺は元旦の昼近くになって初詣に出かけた。近所にわりと有名な神社がある。行ってみると、境内に続く道にお参りの列が出来ていた。 まだ人はけっこう多い。憮然として列の後ろにつく。しばらく歩くと後ろがふさがった。 人と人の狭い隙間を縫って、珍しい光…

「色の無い生活」(現代物)原稿用紙12枚

秋のある日。 恵子は干し物を終えて洗面所に入った。ざっと顔を洗って化粧水をつける。乳液のビンを手に取った。中身が少ない。日に透かして残りを確かめる。 あと十日は使えるか。セールスの小日向さんに注文を出しておかないと。 そんなことを考えながら、…

京都の思いで(33枚)

生まれて初めて京都へ行った。生まれて初めての経験だ。 かねてからの希望だったがようやく実現した。 当日は朝早くヘルパーさんが迎えに来てくれた。仕度もそこそこに車に乗って家を出る。 鳥取駅に着いたのが午前 8時半頃、叔父さんに土産を買おうと売店へ…

お買い物

買い物にいった。いろんなものを売っていた。 材木から子猫まであった。蚊帳までつってある。しかしふと疑問がわく。こんなに沢山の品物を揃えて、売れるのか。 まあ、余計なお世話か。売れる見込みがあってのことだろう。 資本主義の世の中に抵抗したって馬…

案山子の一人ごと

俺は案山子 黄金色の穂波をすずめ達から守っている。 しかし、報われない仕事だなあ。 いくら一生懸命仕事をしたって最後はボロ布のように捨てられてしまう。 人間達の勝手さは昔から変わらないが、最近の横暴さは目に余る。 科学の力を過信して自然を操る気…

秋刀魚の季節

ドラねこが隣のオカズを狙っている。秋だなあ。 柿も真っ赤に色付いて真っ青な空をバックに輝く。 百舌が枯れ枝だけたたましく鳴いている。 枯葉がわら屋根にはらはらと散っている。 おばあさんが縁側で背中まるく居眠りしている。 過去の思い出はみんな懐か…

見ればわかるのに(7枚)

カラオケボックスの個室には流行りの曲が控えめに流れていた。長谷川はソファの上にあぐらをかいて、ネクタイを緩めた。届いたばかりのチューハイに手を伸ばし、手の先にチラッと視線を送る。はす向かいに座る福田が縮こまってうつむいていた。 福田のミスは…

逃亡はこっそりと(後編)16枚

四 「臨時ニュースを申し上げます」 冷やかな男の声が佐々間の頭上から落ちてきた。 「強盗の容疑で全国に指名手配されていた荻原は、今日午後四時二十分、立ち回り先の肉皮町において逮捕されました」 佐々間はダッシュで街頭テレビから離れて、さきほどか…

逃亡はこっそりと(中編)26枚

二 大型トラックや他県ナンバーの車を縫って国道を飛ばし続けた。ラーメン屋がはるか後ろになったころ佐々間が横に並んできた。左手を内側に向けて親指を立て、しきりに横に振っている。 左に行こうということらしい。 藤見は早朝に確認した地図を思い浮かべ…

逃亡はこっそりと(前編)22枚

一 藤見と佐々間は遅い夏休みを九月の半ばに取り、バイクでツーリングをする計画を立てた。 都会から田舎へ。フェリーに乗って往復し、のんびり田舎を巡る旅にしよう。行き先が遠い分、途中の金は乏しいが、どうせ男のふたり旅。金が無ければ野宿して、そこ…

思い出を聴かせてください(4)18枚

十 母屋側のドアのレバーノブを握ったまま文絵は立ち尽くした。ドアの向こうで二拍子の音楽が鳴っているのがはっきり聞こえた。 もうはるみの気持ちは落ち着いただろうか。自分に何が出来るのかわからないまま、はるみと顔を合わせるのは気が重かった。 文絵…

思い出を聴かせてください(3)21枚

七 門扉から大きな二階建ての家へ続く石畳とは別に、左に向かって丸くて平べったい石が並べられていた。先へと視線でたどると半間の玄関に着いた。平屋の小さな家が母屋より少し引っ込んだところに建ち、母屋と渡り廊下でつながっている。 「あちらのおうち…

思い出を聴かせてください(2)26枚

四「木之下さん」 電話帳を呼び出していると後ろから声がかかった。 振り向くとはるみが両手に紙袋をぶら下げて歩いてきていた。さきほどの怒っていたときの声とはずいぶん違う、高く澄んだ声だった。 後ろにひとつでまとめていた長い髪は下ろされ、ファンデ…

思い出を聴かせてください(1)24枚

一 門の前に立った木之下文絵は深呼吸をして、『PUSH』と刻印された横長の黒いボタンを押した。背中は日差しを受けてほんのりとぬくもり、頭の上から桜の花びらが舞い落ちる。 インターフォンの丸いくぼみから受話器をはずす軽い音がした。 「いらない!…