矢車通り~オリジナル小説~

はてなダイアリーから移行させました。

長編

離れない(仮)16

16 九時を回っても純子が帰って来ない。 一緒に暮らし始めてから、こんなことはなかった。僕は胸騒ぎがして何も手につかない。電話機を見つめながら連絡を待つ。こちらからは何度も掛けたが、電源が切られているか電波が届かないところにいるとアナウンス…

離れない(仮)15

15 仕事を探した。 純子はもう学校には行かせず、二人で一緒に行動した。アルバイトの情報誌を探しては、載っている夫婦住込みの仕事に片っ端から応募した。たいがいのところは僕たちの年齢を聞くと断ってきた。特に純子が未成年というのがまずいらしい。…

離れない(仮)14

14 純子を連れて、実家の玄関に入った。正面に腕組みをして仁王立ちした親父がいる。おふくろが隠れるように、親父の後ろで控えていた。 「この、大馬鹿もんが」 開口一番、怒鳴りつけてきた。僕は首を縮めて、目をつぶった。純子が僕の後ろに張りつくのを…

離れない(仮)13

13 それは二月の半ばのことだった。 朝のトーストとコーヒーを食べていると、突然、純子がトイレに駆け込んだ。後ろから声をかけると、ものすごい勢いで戻していた。僕まで気分が悪くなりそうだった。 それが最初で、純子の吐き気は、二日経っても三日経っ…

離れない(仮)12

12 十二月に入った。 僕は重要な誤算に気がついた。卒業論文が間に合わないのだ。冬休みに入る直前が提出期限だというのに、まだ、半分も終っていなかった。準備自体は三年生の終りから始まっている。ここに来て間に合わないのは、単純に作業量を甘くみて…

離れない(仮)11

11 アパートには定員というものがある。 僕が住んでいるワンルームは、定員一名になっていた。無理やり荷物を運び込んでしまうという手もあったが、せっかくの新生活をケチのつけられるものにしたくなかった。不動産屋さんに頼んで物件を探した。今とたい…

離れない(仮)10

10 次の日曜日、僕は就職活動のために用意したスーツを着て、純子の家を訪ねた。父親との面会の約束は承諾が取れている。あとは、うまく話を進めて、純子とのことを認めてもらえばいい。 二年ぶりにインターフォンを押した。純子が応対に出てきた。ドアが…

離れない(仮)9

9 純子を一人にしておけない。 就職活動と、この命題を、両方同時にこなすのは、とうてい無理だということがわかった。 ずっとイヤフォンマイクを付けっぱなしなので、話している相手から聞かれる。最初は補聴器ですと偽っていたが、純子の声と相手の声が重…

離れない(仮)8

8 生徒の愚痴を聞くときのように、心をまっさらにする。批判めいたことを言う必要はない。言いたいことを言い切ってしまえば、問題点をどう解決すればいいのかは相手の心の中から出てくる。 僕は純子の手のひらに自分の手のひらを重ねた。指を一本ずつ相手…

離れない(仮)7

7「抱きしめてくれる人が欲しかったの」 僕は純子の右手に左手を絡ませた。しっかりと握りしめる。 「抱きしめるのは僕だけでいいだろう?」 「先生、忙しいから」 何か話が噛み合っていなかった。 「確かに、ここのところ、忙しくて会ってなかったね。どう…

離れない(仮)6

6 公園の木々は新緑に色づいている。 池にはボートが浮かび、優雅に進んでいる。池の回りには散策するカップルや親子連れがいてにぎわっていた。 日常的でおだやかな光景を眺めながら、最愛の人と手を組んで歩いていると、僕の心は次第に落ち着いてきた。も…

離れない(仮)5

5 大学四年生の四月に入ってからは、就職活動が忙しく、なかなか純子と会う時間が取れなくなった。昼間は求人票読み、企業や業界を研究し、自己分析をする。一年遅れている分、やることが山積みになっていた。 たいがいの同級生は三年生のうちに内々定をも…

離れない(仮)4

4 翌年、二月の末、純子が高校に合格した。 僕のためならと、純子は猛勉強をして成績を上げていった。本来なら、もうワンランク上を狙ってもいいくらいだったが、とにかく授業料の安い公立に確実に入れたいというのが母親のたっての希望で、純子の実力にし…

離れない(仮)3

3 大学が忙しいところだとは知らなかった。 今度は絶対に単位を落とせないので、真面目に授業に出席した。課題をこなしレポートを書く。どんなアクシデントで単位を落とすかわからないので、多めに授業を取ったこともあって、ほとんど毎日6時間大学に拘束…

離れない(仮)2

2 幸いなことに泣いているヒマはなかった。 奨学金の代わりに、親が仕送りしてくれることになったが、月七万円が限界と申し渡された。今までの額の三分の二だ。ギリギリの生活費だったのだから、なんとかして埋めなければならない。割りのいい仕事というの…

離れない(仮)1(後半)

とりわけでかい男がずいと身を乗り出してきた。顔を見て、よく彼女と一緒に居る男だと思い出す。この男もきっと彼女が好きなんだろう。射殺しそうな目で僕を見ている。僕だって彼女のことに関しては本気だ。負けちゃいられない。 「す、ストー? なんのこと…

離れない(仮)1(前半)

1 僕は途方に暮れていた。 目の前には愛しい彼女、その後ろには彼女のボーイフレンド多数。大学の食堂の真ん中で、彼女は仁王立ちになって腕を組み、僕を憎々しげに見上げている。 「つきまとわないで」 どうやら、少し束縛しすぎたらしい。いくら恋人でも…

拍手の向こう側(36)

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拍手の向こう側 (35)

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拍手の向こう側(34)

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拍手の向こう側(33)

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拍手の向こう側(32)

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拍手の向こう側(30)

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拍手の向こう側(29)

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拍手の向こう側(24)

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