矢車通り~オリジナル小説~

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拍手の向こう側(2)

目次
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 美園は鉄筋コンクリート四階建てのクラブ棟に入っていく。演劇部が存在する意味がないと言われたことがショックだった。自然と足の動きも速くなる。外階段を三階まで上がり、ガラス戸を開けて、廊下の一番奥まで突進する。サッシの扉をグイッと両手で押し開けて部室に入る。
 南の隅に座っていた副部長の二人が、同時に美園に顔を向けてきた。
 輪乃森海がサッと立ち上がったものの、美園の歩くスピードに押されるように、また座ってしまった。
 玉出ルイが組んだ足を平行にしたまま、体をひねって首をかしげ美園のほうをジッと見ている。
 美園は二人の側に近づくとパイプ椅子を広げて座った。
「どうした?」
 輪乃森が軽くビブラートのかかったテノールの声で聞いてくる。いつもなら声を聞いただけで気持ちが落ち着いてしまうのだが、今日ばかりは怒りがおさまらない。
「教頭が演劇部を廃部にするとおっしゃって……」
 美園は二人に事の次第を説明した。
「野川先生は? なんて?」
「え?
 美園は頭に無かったことを聞かれて、一瞬、何を言われているのかわからなくなった。
「クラブの存続の話なんだから、当然、野川先生も一緒に聞いたんだろ? 名前だけだけど顧問なんだし。先生も条件、呑んだの? 観客百人なんて」
「いえ、いらっしゃらなかった。野川先生」
「なるほど」
 ルイがけだるげな低い声で口を挟んでくる。
「先生、今日は出張だとおっしゃってた。いない間にこそっと美園を呼んで話を決めてしまったのよ。教頭のやりそうなことよ。なんでか知らないけど、生徒を目の敵にしてて、何かっていうといちゃもんつけてくるんだから。チア・リーダー部は体育館の使用を一カ月も禁止されたし、ラグビー部は筋力トレーニング室の出入りを二週間も禁止されたし、さ。今度はうちってわけね」
 美園は唇を噛んだ。
「私、うまくのせられたのね。部員数はともかく、観客百人なんて呑むことなかったんだ。もう一度、教頭と話してくる」
「無駄無駄。もう決めたからって却下されるのがオチよ」
「でも」
「ここで条件をクリアすれば、その実績を背景に、もう口出しをさせないようにもできる。前向きに考えようよ」
 輪乃森が目を見て、うなずいてくる。美園も首を縦に振った。
「とにかく部員を集めないと」
「それは僕が名前だけ集めてくるよ」
「輪乃森くん。その人たちはお客さんを呼んでくれるの?」
 ルイが目を半ば閉じたまま聞く。
「いや。そこまでは」
「やっぱり、チラシを配ったり、体験入部をしてもらったり、地道に集めるしかないと思うの」
 美園は力強く主張した。今までと同じ、いつもと同じ、というのが、結局、一番強い。一番いいやり方だから、ずっと変わらなかったのだと美園は信じていた。
「去年は年間通じて、そういうことしたでしょ? でも、入ったのは私たちだけだったじゃない。もっと根本的にやり方を変える必要があるのよ。今までとはまったく違いますって打ち出さないと、新しい部員なんか集まらないわよ」
 ルイが強硬に反対してくる。
「でも、クラブの記録によれば、毎年、三人くらいでしょう。入ってくるの。三年、二年、一年と、各学年三人いて、あと、一人二人幽霊部員がいて。ようやく十人になるのが普通だったわけでしょ」
「その三年と一年がいないくらい、今の演劇部は面白くないのよ」
 現にいない。その事実は重かった。
「じゃあ、どうやって集めればいいと思う?」
「そうねえ」
 ルイが自信ありげに腕を組んだ。
 美園と輪乃森は身を乗りだす。
「まずは、クラスで演劇部の窮状を訴えましょう。それで演劇部がどんなことをしているクラブなら入る気になるのか聞いてみるのよ」
「うん。まずは意識調査からだね」
「そして、調査の結果、みんなが喜んでくれそうなことに近いことをしている人を探すの。それも舞台度胸がある人を探しましょう。舞台に立てない人を育てるのはたいへん過ぎるから」
「待ってよ。舞台ってそういうものじゃないでしょ? まず、見せたいものがあって、それを練習するんじゃないの? 見るほうが喜ぶことって、つまり、媚びるってことじゃないの?」
「じゃあ、聞くけど。美園」
「なに?」
「あなたの中に何か見せたいものがあって、公演をしているとして」
「ええ」
「誰も見ているひとがいなかったら、それ、単なる自己満足でしょ」
「お客が見たがってるからって、見せたくもないものを形だけ真似したってしょうがないでしょ」
「まあまあまあ。どちらも大事だよ。片方だけじゃ、お客だってつまらないんじゃないかな。見せたいものと見たいものが一致してこそ舞台じゃない?」
 美園とルイはうなずいた。
「まあ、まずはクラスでアンケートだ。そして、舞台に乗りたがりそうな生徒を探そう」
「それはまかせて。心当たりあるから」
 ルイが親指を立てる。
「じゃ、さっそく、明日のホームルームで」
 美園は声を張り上げた。三人は右手を握って前に出し、拳を合わせあう。気持ちが切り替わったところで練習になだれこむ。
「それでは、基礎練いきます。発声から」
「おう」
「はい」
 美園はキリッと動きはじめた。