矢車通り~オリジナル小説~

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拍手の向こう側(3)

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 美園はホームルームを始めた。今日の議題について司会をする。話し合いは順調に進み、ほどなくすべての用件が終わった。
「連絡事項は以上です。ほかに何か連絡のあるかたはいらっしゃいますか?」
 美園は席に着いている生徒の一人ひとりと目を合わせた。話したそうにしている人はいない。ホームルームの進行表を置いて、改めて顔を上げた。
「それでは、四、五分お時間をください」
 もう一人の学級委員に目配せすると、手のひらでどうぞとうながしてきた。
「ありがとうございます。私の所属する演劇部のことです。昨日教頭先生から廃部にするとお達しがありました。部員が十人に満たないからです」
「そんな、いきなり?」
 前のほうに座っている女子生徒が、腰を浮かせて声を出した。たしか、彼女が所属する文芸部も十人には足りていない。他人ごととは思えなかったのだろう。
「ええ、いきなりです。それで、交渉しまして、文化祭まで時間をもらいました。文化祭までに部員を十人揃えることと、観客動員数を百人確保すること、というのが存続の条件です」
「百人? なんで?」
「部員も観客もいないのなら、演劇部が存在する意味はないだろうと、教頭先生にご指摘されたものですから、つい、頭にきまして。五十人集めると申し上げたのです。教頭先生は百人集めたら存在する意味を認めようとおっしゃいました」
 真ん中の列の女子生徒が手を上げた。
「高校のクラブ活動なんですから、お客さんの数は問題にならないと思います。やる気のある生徒がいる限り意味はあります。今からでも、教頭先生に『横暴だ』と訴えてもいいんじゃないでしょうか」
 美園は頬を赤らめた。
「提案ありがとうございます。でも、すみません。私が観客動員数で演劇部の人気をはかりたいと思ったのです。というのも、ほかに私たちの芝居を客観的に評価する基準が無かったからです。私たちは自己満足で終わりたくはありません。人に見せるためにもやりたいのです。ですが、気持ちだけあっても、お客さんは呼べないと思いました。今までと同じでは、やはり、今までと同じ人数を集めるのが精一杯だと思います。そこで」
 美園はいったん言葉を切って、もう一度クラスを見回した。クラスメイトたちは、あまり興味もなさそうだが、嫌がっているふうでもない。
「どんな芝居なら、やりたいと思うか、また、見に行きたいと思うか、教えていただきたいのです。どうでしょう? どんな芝居なら見たいと思いますか?」
「って言われても」
 文芸部の女子生徒が言いかけながら手を上げた。そのまま話を続ける。
「あたしたちじゃ、どんな芝居があるのかもわからないんだから、そう聞かれてもなんて言っていいかわからないよ」
「そうですね。ごくごく簡単でいいんですけど。たとえば、喜劇がいいとか悲劇がいいとか、パフォーマンスに近くていいとか、ミュージカル仕立てがいいとか」
 後ろのほうの男子生徒が手を上げた。
「去年、文化祭のとき、見ようかなと思って行ったんだけどさ。なんか司会の人がしゃべってたけどさ。役者は十分経っても二十分経っても丸まってるだけでぜんぜん動かなくてつまらなかった」
「あれは『石』を表現していたんです」
「いや、それはわかるけどさ。石がそこにあって、だからなに?って感じなんだよ。いや、司会が、なぜその石がそこにあるのかを説明していたのはわかってるよ。わかってるけど、あまりにも、なんていうのか、言葉に頼りすぎで。人が居るのに人が居る気配がしなくて。つまらなかった。ああいうのじゃないのをやればいいと思うよ」
「生き生きとした人間が出てくる芝居ですか?」
「う、うん」
「ストリップでもやればあ?」
 最後尾から男子生徒の甲高い声が聞こえてきた。クラスの雰囲気が一気にゆるみ、クスクスという小さな笑い声があちこちで上がった。
「ストリップの、どこがどう、面白いのですか?」
 美園の声は平静そのものだ。明らかにからかわれているのに、怒りもせず恥ずかしがりもしない。それどころか、未知の知識を教わろうと真剣なまなざしで男子生徒を見据えている。
「そりゃあ。きれいな女の子が出てくるからさ」
「きれいな女の子と、面白いが、どう結びつくのか、今ひとつわからないのですが。女の子によってどんな気持ちになるんですか?」
「倉崎さん。ちょっと待って」
 学級委員が止めに入った。
「今の彼の発言は、冗談なんだから、冗談として受け流してよ」
「あ……」
「その、なんでも真面目に受け取って、ゆるみがないところ。同じ学級委員としては、とっても頼りになるんだけどさ。はっきり言って芸能方面では、ゆとりが無くて、こう、なんていうか。冗談言い合って軽く笑うってのができないんじゃ、こう、まあ、ええ、はっきり言えば、重い」
 クラスメイトに全員一致でうなずかれる。
「その倉崎さんが部長になるクラブなんだから、やっぱり真面目一辺倒でつまらないんだろうなと思う」
 またしても、クラスメイト全員にうなずかれた。
「五分に一回は笑いが起こるような、楽しそうなクラブにしたら、きっと、すぐに十人くらい集まると思うよ。それで、この話は締めていい?」
「あ、いいです」
 美園はクラスメイトのほうに体ごと向き直り、最敬礼した。
「ありがとうございました」
「ほら、ここで、ジョークの一つも言うんだ」
 学級委員が促してくる。
「え? え?」
 美園は何も思いつかず、立ち尽くした。クラスメイトたちは静かに見守っている。
 しばらくすると学級委員がポンッと肩を叩いてきた。
「もう、いいから。終りにしよ」
「あ、ええ。では、これでホームルームを終わります。起立」
 美園のきれいなアルトの声を聞いて、クラスの全員がすっと立ち上がる。
「礼」
 全員の頭が下がる中、さっき「ストリップ」と声をかけた男子生徒だけが立ったままだった。美園のほうへ、まっすぐに視線を向けていた。