矢車通り~オリジナル小説~

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拍手の向こう側(6)

浦戸シュウ小説目次

「拍手の向こう側」目次
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         6

 演劇部は学校創立当時から存在し六十年の歴史がある。大勢の部員で活発な活動をしていた時期があったこともあり、稽古場にも衣装部屋にも使える広い部室をあてがわれている。
 窓のある南側は長机とパイプ椅子を置いて会議に使っている。机と椅子はたくさんあるが、今は畳まれて隅に積み上げられている。入り口のある北側は今まで、公演のたびに作ったり買ったりした衣装を吊るしてある。その一角にカーテンをかけロッカーを置いて更衣室として使っている。芝居の練習が本格化してくると身体訓練が多くなる。制服が汚れてしまうので、ジャージに着替えるようになるのだ。
 美園は部室に入ると、更衣室のほうに顔を向けた。
 着替えて、柔軟体操をしたり、発声練習をしたり、台本を読んだり、短い芝居をしたりしたい。今はまだ演劇部の方向性も定まっていない状態だから、それどころではないけれど。とりあえず人数が集って、文化祭に向けての活動が始まれば、普段の練習も再開できるのに。
 衣装部屋のほうへ顔を残したまま、会議室部分へと足を進めた。
「あたしもやりたいよ」
 ルイが両手のひじを長机につき、顔を両手のひらの上に乗せたポーズで待っていた。
「僕も」
 輪乃森が背中を向けたまま相槌を打つ。
「うん。早く再開できるようにがんばろ。で、どうだった?」
 美園はルイの隣に座った。それぞれがクラスの様子や提案を報告し合う。美園は腕時計に目をやった。
「約束?」
 ルイが不思議そうに聞いてくる。部活の時間に約束があるはずないからだ。
「ううん。五分経ったなと思って。五分に一回笑うようなクラブなら、人が集まるはずだって言われたから、どのくらいの頻度なんだろと思って」
 ルイと輪乃森が目配せし合って笑いだした。
「僕たちは美園を見ているだけでけっこう楽しいけどね」
 美園は真っ赤になった。
「褒められてるんでしょうか。からかわれてるんでしょうか」
「からかってるに決まってるじゃん」
 ルイが明るくまぜっかえす。
「ルイー」
 美園はますます赤くなる。
 そのとき、扉が開いて野川先生が入ってきた。
 三人はサッと立ち上がる。
 野川先生が丸っこい顔に丸っこい顔のパーツを乗せて、ニコニコと笑いながら近づいてくる。手の平を下に向けて振り(まあ、いいから座りなさい)と合図している。野川先生のお得意は音楽関係なのに、同じお客さんの前でやることだからという無茶な理由で顧問に任命された先生だ。
「教頭先生にいきさつを聞いてね」
 エコーがかかったような甘い声で聞いてくる。輪乃森と同じ癒し系のゆったりしたしゃべり方だ。
「どう?」
 野川先生がパイプ椅子を一つ出して席に着いた。声は美園たちを気づかっているようだ。
「ホームルームで議題にしてもらって、いろいろ意見をもらいました。芝居の内容は、誰でも知っているような話で、誰でもわかるようなやり方の芝居で、できれば喜劇方向でと考えています」
 美園はすらすらと答えた。
「ただ、部員のあてが。名前だけなら入ってもいいと言ってくださったかたはたくさんいるんですが、実際に活動をするとなるとむずかしいらしいんです」
「じゃあさ。文化祭の時だけちょこちょこっと手伝ってくれる人を探してみたらどうだろう? 名前だけの人と文化祭だけの人で体裁は繕えるでしょ?」
 野川先生が美園の目をのぞきこむ。
 美園はゆったりとした動作で首を横に振った。
「そんな風に誤魔化しても、演劇部の活性化にはつながりません」
 ルイと輪乃森が美園に少し体を寄せる。
「わかったわかった。じゃあ、どうやって部員を探す?」
「ええと。前から考えてたんですけど」
 ルイが口を挟んできた。
「同好会を丸ごと抱え込んだらどうかなと」
 ほかの三人は目を丸くしてルイを見た。
「クラブになればいろいろ活動の幅が広がるし、何より生徒会から予算がもらえるでしょ? クラブになりたがってる同好会も多いと思うの。七人くらいの同好会を狙って、うちと合併すればクラブになれますよってやれば、話に乗ってくれるんじゃないかな」
「演劇と関係ないことをしているところじゃどうしようもないし、芝居関係の同好会なんて無いでしょ?」
 美園はルイに詰め寄った。
「いや、だから、ストーリー作りに情熱を燃やしているマンガ研究会とか。音響に協力してくれそうなロックバンドとか。小道具作りをやってくれそうな裁縫研究会とか」
「こっちは良くても、向こうは協力するメリットがないでしょう。そのあたりは。どれも演劇には必要なものだけど、マンガやロックや裁縫をするのに演劇はいらないじゃない」
 ルイが天井を仰いだ。そのまま椅子にもたれて手をぶらぶらさせる。しばらくすると、ガバッと向き直った。
「うん。思い出した。衣装同好会ならいいかもしんない」
「衣装同好会?」
「マンガに出てくる服を作って着る会なんだって。同じクラスの西宮さんが代表なんだ。西宮さんってホームルームのときに『オリジナルじゃないのやれば?』って言ってたひと。そうだそうだ。そろそろただ着るだけじゃなくて、ストーリー性のあるまとまったものにしたいようなこと言ってた」
「ホント? 疑うわけじゃないけど、ルイ、ときどき、整理しきれてないこと言うから、どこまでホントかなあと思っちゃうんだけど」
 輪乃森が珍しく半眼でルイを見る。
「ホントホント。なんなら今から行ってみる?」
「そうだね。早いほうがいいね」
 話がまとまったとたん、野川先生が立ち上がった。
「じゃ、これで」
 急にそそくさと行ってしまった先生を三人は見送った。
「もっとなんか言ってくれると思ったんだけど。頼りになるんだかならないんだか」
 ルイがため息をつきながらつぶやいた。
「まあまあまあ。先生がいなかったら、僕ら活動できないんだし。顧問っていっても、ぜんぜんクラブに顔を出さない先生だっているんだから、関心持ってくれるだけいい先生じゃない。感謝しようよ」
「そっか。とにかく行こ」
 三人は立ち上がった。