矢車通り~オリジナル小説~

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拍手の向こう側(9)

浦戸シュウ小説目次

「拍手の向こう側」目次
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         9
         
 翌日、演劇部の部室に全員が集合した。
 長机をロの字型に置いて、その周りを部員が取り囲んでいる。
 美園は南側の真ん中に座って、十人揃った光景に胸を詰まらせていた。
 右隣には輪乃森、左隣にはルイがいる。真っ正面にはまみと角浜が談笑している。向かって右側の二年生の男子生徒うち、一人は何か機械をいじっているし、一人は紙に向かって鉛筆を走らせている。左側には一年生の女子生徒が三人座っている。ずっと小声で話していて途切れることがない。
 これでようやく活動をはじめることができる。美園は背筋を伸ばした。
「では。始めます」
 しばらくすると、私語が止んだ。
「今年の文化祭は十月の十三日、土曜日と、十四日、日曜日です。本番の一週間前にリハーサルがありますので、それまでには準備を完了します。台本を作り、小道具と大道具を作り、照明と音響の打ち合わせをすれば、上演をするための準備は完了です。芝居の稽古は、それらの作業と平行して行います。台本を覚えるのに二カ月、台本を全部覚えてから動きをつけての稽古に二カ月くらいかかります」
「いっぺんに言われてもわかんないよー」
 まみが声を上げる。
「いろいろ意見を出してみて、どうやればいいのか決まったら、進行表にして配りますから、今は聞くだけ聞いてください」
「意見、言っていいの?」
「もちろんです。みんなでやるんですから」
「うん。わかったー」
「まずは役割分担をしましょう。演劇は舞台で演技をする役者だけではできません。裏方の作業が必要になります。大道具は必要な物が決まったら、全員で作りましょう。あまり時間がありませんので、できるだけシンプルにしたいと思っています。小道具は原則として使う人が用意することにします。衣装は……」
「それは衣装同好会にまかせて」
「そうですね。よろしくお願いします。あとは芝居に合わせて音を出す作業があるのですが、去年は野川先生がやってくださったので、今年もお願いできると思います。最後に照明なのですが。これは私とルイでスポットを担当し、舞台での照明の切り換えは海がやります」
「スポットって?」
「体育館の上のほうに細い通路がありますよね?」
「ああ。うん」
「あそこから、目立たせたい役者に照明を当てるんです」
「へえ。じゃあ、二人が舞台に出てるときは誰がやるの?」
「いや、誰もやりません。私たちは出演しないで、照明を担当します」
「なんで? そういうのやりたいの?」
「いや、別にやりたいわけじゃないんですが」
「じゃあ。役者やればいいじゃん。照明なんかいらないよ」
「でも、ずっと同じ照明だとメリハリがつかなくて、舞台で何をしているのかがわかりにくくなるんです。上からスポットを当てることで、お客さんに(今はこの人がメインなんだ)とわかってもらうんですよ」
「じゃあ。スポットは上からじゃなくて、客席の横から当てることにして、そのとき出番じゃない人が操作すればいいじゃん。それなら横移動だから間に合うでしょ? みんなで出ようよ。舞台に立つ人と立たない人がいるなんて、あたし嫌だよ。原作があるとはいっても、台本は自分たちで作るんだから、照明を順番にやれるくらいの融通はきかせられるよ。みんなで立とうよ」
「でも、衣装のまま、スポットの操作をしていたら、お客さんの気が散ります」
「もう。そんなの、頭からすっぽり黒いマントでもかぶればいいじゃん。簡単に黒子になれるような、なんか、そういう衣装用意するよ」
「ずいぶん簡単に言いますけど、本当にできるんですか?」
「できるよね。なみっち」
 まみが一年生の女子生徒のほうを横目で見た。見られたほうは、手でオッケーマークを作った。
「できるってさ。彼女、裁縫の天才だから」
「いや。そんな」
 持ち上げられたのが恥ずかしいのか、なみっちが体の前で手を立てて横に振る。
「そうなんですか。じゃあ。お願いします。それで、全体の演出なんですが、私と、それから、西宮さんにやってもらいたいんですけど」
「あたし?」
「ええ。私はその『凍てついたパッション』に詳しくないので、西宮さんに参加してもらわないと、肝心な部分がわからないと思うんです」
「何をするの?」
「とりあえず、台本を書いて配役を決めて誰がどうセリフを言えば全体が揃うかとか、どう動いたら場のバランスがよくなるか見るとか、そういうことをするんです」
「うーん。あたしがやりたいって言ったマンガだから、一応演出もするけど。あんまり期待しないでね」
「相談しながら進めましょう。じゃあ、台本を……」
「あ、あたし、昨日、作ってみたんだけど」
「え?」
「これこれ」
 まみが立ち上がって、女子生徒たちの後ろを回り、美園の隣にやってきた。差し出してきたレポート用紙をめくる。そこには時間も場所も書いていない、セリフだけの羅列があった。
「えっ、と」
 どう感想を言えばいいのかわからず、美園は天を仰いで言葉を探した。
「とりあえず、回してみんなで見よう」
 ルイがレポート用紙をひったくり、パラッとめくって隣に渡した。全員がちらっと見ただけで次に回してしまい、あっと言う間に全員見終わった。
「マンガのまんまやればいいと思ったから、セリフだけ抜き出してきたんだけど」
「いつ、どこで、誰が、どのように、何をしたか、を書かないと、台本にはなりません。それにマンガなら好きな背景を描けるから、教会から校舎裏まで一コマで飛べますが、舞台ではそんなに簡単に背景を変えるわけにはいかないんで、舞台ではどんな風に演出するか、よく考えないと」
「うーん。むずかしいなあ。そのまんまじゃだめなの?」
「そのままできれば、それに越したことないですが、無理でしょう。じゃあ。ちょっと考えてきます。台本は、六月の六日までに作ればいいので、まだ一カ月近くあります。よく相談しましょう。あ、そうそう。この作品の作者の、鹿山かこさん、でしたっけ?」
「うん」
「鹿山さんに上演許可をいただきましょう。でないと著作権侵害になりますから」
 衣装同好会の間で、忍び笑いが起こった。
「あのね。倉崎さん。そんなの必要ないよ」
 まみが小さい子どもに言い聞かせるような、ゆっくりした口調で話しかけてきた。
「入場料取って、劇場借りてやる、とか、そういうのならともかく。学校の文化祭でやるくらい、目くじら立ててきたりしないって。それに、なんか上演権の侵害だとかなんだとか問題になるようだったら、逆に知らせないほうがいいよ。知らないことはどうしようもないけど、知ってて止めなかったら責任問題になるもん。知らせたら、相手に迷惑だよ」
「向こうは大人なんですから、問題があれば止めてくるでしょう。止められたら、あきらめるしかないです。こちらから申し出ないと、向こうからは知りようがないのですから、知らせるのは義務です。返事がなけれは、それはそれでしかたありませんが。知らせないでおいて、あとで、どこかから聞きつけられたりしたら、責任を持ちきれません」
「十中八九、返事はないか、どうぞ、だと思うけど。まあ、いいや。倉崎さんの気が済むようにしてよ。演劇部の部長は倉崎さんなんだから、責任持つひとが好きにしていいや」
「譲ってくれてありがとう。じゃあ、許可願を出します。認めてくれる可能性のほうが高いんですよね?」
「うん」
「じゃあ、この作品をやるということで進めましょう。私と西宮さんは、台本の完成を第一にして動きます。ほかのかたは、まず、身体訓練の基礎を覚えてください。ルイと海が指導しますから」
 全員がうなずいた。
「今日はジャージを持ってきてくれましたか? じゃあ、着替えて始めましょう」
 美園は立ち上がった。
 男子生徒のほうから、舌打ちのような音がかすかにしたが、美園は気がつかなかった。