矢車通り~オリジナル小説~

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拍手の向こう側(19)

浦戸シュウ小説目次

「拍手の向こう側」目次
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          19

 八月二十一日火曜日、今日は体育館のステージ部分を一日使える。文化祭の本番直前に実行委員会からリハーサルの時間をもらえるのだが、今回は初めて体育館の裏側を見るという部員も多いので、演劇部独自でリハーサル時間を取ることにしたのだ。ほかのクラブと交渉して、練習場所を交換してもらい、なんとか一日だけ使わせてもらえることになった。
 今日はかこも朝から来ていて、野川と一緒に音響室に入り、スタンバイしてくれている。照明のスイッチはどのシーンのときにどんな状態になっていればいいのか、図解にして照明の操作盤に貼ることになった。気がついた人が気がついたときに操作する。専門の操作員を置かないのだから、多少のズレはしかたないと妥協することにした。スポットはそのシーンで出番のない部員が黒子の衣装を着て操作することになっている。今日は客席にあたる部分で男子バレー部が練習しているので使えない。舞台の端っこに立って、スポットに付いたことを示すことにした。
 朝から体育館に衣装や小道具、化粧道具などを運び込んだ。みんなを集めてスポットの使い方を説明し、照明の操作盤の使い方を説明し、舞台袖に物を並べる順番を説明した。
 緞帳を閉じてステージ部分だけが、体育館から切り離された空間になるようにした。
 大道具はまだ出来ていないので、代わりに大きなパネルを五枚並べた。ステージ中央奥に一枚置いて、手前に重ならないように広げて二枚、さらに手前に広げて二枚置いた。小道具は上手と下手の舞台袖に長机を置いて、その上に使う順番通りに並べた。
 ここまでで、十一時を回ったので、かこと野川にも下りてきてもらい、早めのお昼にした。十二時には衣装を付けてメイクを始める。かこが舞台化粧を面白がって、みんなの顔を描いて回った。眉や目尻や口元がマンガそっくりに描かれる。鏡をのぞいたみんなの顔が、花開いたように緩んで輝いた。
 全員の支度が出来た。
 舞台の中央に全員並んでもらう。
 かこと、美園と、まみが、前に出て、部員と対するように立った。
 かこが口を開く。
「じゃあ、一回、本番と同じようにやってみましょう。何があっても途中では止めません。四十五分で全て終わります。何か問題があったら、全部見てから解決法を考えます」
「はあい」
 心なしか、楽しそうなみんなの返事が聞こえてくる。
「では、注意事項を言います」
 美園は進み出た。
「今日は、バレー部の邪魔になるので、スピーカーは使いません。マイクで拾った声は鹿山先生が付けてらっしゃるイヤホンに届きます。たぶん、回りがうるさいので声が聞こえたかどうか不安になるんじゃないかと思いますが、聞こえることは確認済みですから心配しないで芝居をしてください。スポット係の人は、自分の番が来たら、外に白いテープで○を描いてあるところに立ってください。戻ってくるのも忘れずに。音響はステージ部分にだけ流れるようにセットしてあります。音が小さいのですが、キューが入っているわけですから、聞き逃さないように気をつけてください。以上です」
「起立っ、礼っ、とか言いたくなるけど、いらんよね。なんか質問あるー?」
 まみが美園のあとを引き受ける。
「いらんいらん。やってみないとわからん」
 だうらが手を横に振った。
「じゃあ、始めます。みんな位置について」
 出番に合わせて、上手と下手にサッと分かれた。
 中央に角浜とまみが立つ。美園は緞帳の操作盤に駆け寄った。
「スタートっ!」
 緞帳が左右に開きはじめる。かこが舞台から飛び下りていった。体育館の一番舞台から遠いところに行って、そこから見るてはずになっている。
 角浜とまみがほうきを持って、そこらへんを掃きだした。
 リハーサルが始まった。