矢車通り~オリジナル小説~

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拍手の向こう側(21)

浦戸シュウ小説目次

「拍手の向こう側」目次
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          21
          
 彼らをみくびっていた。
 美園は舞台中央に歩み寄りながら、今の舞台を反芻していた。細かいことを言い出せば、言いたいことは山ほどあるけれど、とにかく最後まで集中して演じきったのだ。ほんの四カ月前までは舞台に立つことなど考えてもいなかった人たちが。とくになんの経験もなくて心配だった角浜さえも、最後まで神父のままでいた。
 それにアクションにキレがある。格闘シーンや決めポーズなどは、コスプレ会場で演じることもあるそうで、さすがに年季が入っている。女子は色っぽいポーズをとるのをためらわないし、男子はやられ役もきれいにこなす。
 さらに驚いたのは、いつもの稽古のときよりも、ずっと緊張感が高くて、前に出てくる感じがしたことだ。男子バレー部から見えるところで演じていたので、もしかすると、上がってしまうのではないかと心配していた。結果は逆で、見られているからこそ、気持ちを込めて演じられたようだ。
 出のタイミングやセリフの間や、まだ練習を重ねないといけないところはあるにせよ、リハーサルは大成功。これなら、宣伝次第で百人集めるのも無理ではない。
 美園はニコニコと笑いながら、舞台中央にやってきた。ほかのみんなの顔も紅潮し、満足そうだ。
 かこが緞帳の脇から舞台に上がってきた。みんなの視線がかこを追う。かこが舞台の真ん中で立ち止まる。片手に持った台本を上げた。
「まずは、よくやった。だいたいいいと思う。まだ直したほうがいいところがあるけど、あと一カ月半もあるから。大丈夫。じゃあ、まず、全体的なことからいこうか。えーと、時間なんだけど五十五分かかってる。十分つめないといけない」
「えーーー?」
 まみが不満げに声を漏らした。
「だって、全部、稽古通りにやったじゃんよ。稽古場でも時間は計ってるけど、いつも短すぎるくらいで、長すぎたことなんかないじゃん」
「幕よ」
 ルイが静かに答えた。
「いつもは幕の開け閉めなんかしないでしょう? あれ、けっこう時間をくうのよね。五回もあるし。本当は一幕ものでやりたいところなんだけど、そういう話じゃないし。幕を閉めずに場面転換するなら照明を消して暗転にするしかないわけで。でも、照明のオペレーターがいないのに暗転を入れるのは冒険すぎるし」
「まあまあまあ、ルイ、一人で走っていかないで」
 海がルイの肩を叩いて止める。
「最初の僕のセリフが遅すぎたのも原因の一つだと思う。なんでか知らないけど、その日の舞台って、最初の掛け合いのテンポを元にして、そのあとの掛け合いも全部同じテンポになっちゃうんだよね。まあ、それは最初に掛け合いをする僕と角浜が、メトロノームでも持ってきて練習すれば解決すると思うよ」
「美園」
 かこが台本に目を落としたまま、呼んできた。
「はい」
「文化祭って、時間オーバーするとどうなる?」
「五分以内なら許容してくれますが。十分以上遅れると、ほかの団体の妨げになるということで、翌日の公演を中止させられたり、来年の公演をやらせてもらえなかったりすることになっています」
「セッティングも含めて、一時間なんだよな?」
「とはいっても、大道具は前日に運び込めますし、終わったあとも袖に片づけておけばいいのでたいして手間はかかりません。照明は今回、演劇部の希望通りで、ほかのクラブも納得してくれましたので前日にセッティングできます。音響は野川先生が五分で使用できるようにしてくださいますし。手早くやれば、事前に五分、事後に五分くらいで、やれると思います」
「それでも、正味五十分だな。よし、台本削ろう」
「はい?」
 ほとんど悲鳴のような声が、部員全員から上がった。夏休みの間中、一日一回、日によっては二回繰り返してきた台本だ。どのセリフにもそれなりの愛着がある。何より、変更したからといって、すぐ内容を変えて演じられるわけがない。
 みんなも同じ気持ちのはずと確信して、美園は口を開いた。
「待ってください。いまさら変更されても」
「海のギャグとか。ちょっと遊んでる部分を削るだけだよ」
 それは役者が工夫してきたところです、簡単に削るなどと言われては困ります、と言おうとした。でも、かこが全体を見た上で指図しようとしていることだ。ここで反抗するような口出しをして、全体が崩れたら困る。演出の言うことは絶対だと言ったのは美園だ。
 ちょっと周りを見回してみた。部員たちは口を無理に閉じているようにキュッと結んでいるけれど、かこの顔を見て次の言葉を待っている。みんな不満そうではあるけれど、特に反抗したいとは考えていないようだ。
 美園は言葉を呑み込んだ。

 打ち合わせが終わって、体育館から部室に引き上げていくとき、野川がかこに近寄って、耳元に口を近づけていた。かこの横顔が赤く染まっている。
 今日は二人きりになるチャンスがあったから、また親しくなったのかなと、美園は微笑みながら眺めていた。