矢車通り~オリジナル小説~

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拍手の向こう側(24)

浦戸シュウ小説目次

「拍手の向こう側」目次
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          24

 文化祭まであと三週間となった。学校全体がお祭り騒ぎに向かって進んでいく。廊下や昇降口には、クラスで使うパネルが置かれ、足の踏み場を探さなくてはならない状態になっている。そろそろ使う物を使う場所の近くに運ぶ時期だ。
 体育館の舞台袖に大道具を運び込む許可が下りた。二十枚のパネルと、背もたれのない長椅子を二つ、コンビニエンスストアのレジに見立てる台と、陳列棚に見立てる本棚を一つ、一時間かけて移動させる。
 十分オーバーしていた上演時間は、海の努力とみんなの協力で、五分オーバーまでに縮まっていた。五分なら許容範囲だから、このままでもいいのだが、ほんのちょっとしたアクシデントであっさりオーバーしてしまう可能性もある。美園はあと五分をできれば縮めておきたいと思っていた。
 大道具が壊れていないか確かめようと角浜がパネルを組み立て始めた。
 二枚の円盤を組み合わせて回るようにしてある土台に、つなぎ合わせた四枚のパネルを立てる。パネルにはそれぞれ「外」「コンビニエンスストア」「教会内部」「アジト」の背景が角浜によって描かれている。くるっと回して背景を客席側に向けるようになっている。舞台に角柱を五つ置いて、役者は角柱の間を抜けて出入りすることになっている。
 あとは、長い椅子に黒い布をかければ教会の椅子だし、赤い布をかければアジトのソファとなる。本棚を白く塗ったコンビニエンスストアの棚には、こさくが作った動かしても落ちない小物の数々が載っている。発泡スチロールで作ったレジスターは長机に白い布をかけただけのレジ台にちんまりと載っている。
 使える状態であることを確かめると、角浜が手際よくまとめはじめた。本番さながらのリハーサルはあと一回しかない。裏方の仕事もきっちり分担表を作り台本に張り付けてある。それぞれがそれぞれの役割をきちんと果たせば舞台が滞りなく進むよう、すべての準備が整った。
「みんな。集って」
 美園は袖の入り口に部員を集めた。
「これで大道具の準備は終了。このあと、部室に戻ってプチ打ち上げをしよう。あ、それから、これからの予定。十月の十二日、文化祭一日目と同じ時間にリハーサルです。四時からですから、えーと、衣装をつけてお化粧して小道具を揃えるのに、二時間かかるとして。二時には集合してください。文化祭当日、十三日も二時です。十四日は十時からですから八時です。この三日間は、この時間以外はフリーです。それぞれに忙しいと思うんで。事前に練習したりしません。誰一人欠けても、この舞台は成立しませんから、決して、欠席しないでくださいね」
「来なかったらどうするんだよ?」
 だうらがからかってくる。
「何か事情ができて、一人でも来れない人が出たら、公演は中止です。誰の代わりもいません」
 美園はだうらの目を見て静かに言った。
「わあったわあった。冗談だって」
 中止になれば、そのまま廃部。とまでは、美園は言えなかった。それは自分だけが意識していればいい。みんなには楽しく芝居をやってほしい。
「えーと、それで、十月の十日、十一日なんですが。水木なんですけど、練習を入れてもいいでしょうか?」
「あ、俺、困る。水木はマンガ研究会の大詰めだ。その日、休みだと思ってたから、俺からその日にやってくれって頼みこんじゃってる」
「わかりました。じゃあ。休みで」
「角浜は最初からそういう約束だし」
 がっかりした気持ちが表に出てしまったのか、海がすかさずフォローしてくる。
「ああ、いえ、不満なわけじゃないです。そんなにギリギリになって焦って練習したってしかたないんです。もう、だいたい出来てるんですから。あとは、本番でどれだけ力を出し切れるか。それだけです。私は休みだとそわそわしそうだから、練習にしてくれないかなあと思っただけで。まみとも水木は休みにするって約束してますし」
 まみなら何か場が明るくなるようなことを言ってくれると期待して話を振る。顔を向けるとまみが台本に目を落としていた。
「まみ?」
「ねー。この幕前の部分ってさー。どうしても幕閉めてやらないとダメー?」
「え?」
「今、セッティングしてて思ったんだけどー。背景変えるのってワンタッチじゃん。お客さんも見てて楽しいと思うんだよね。どうせ、客席から側面は見えちゃって、回してるのはわかるわけだしさ。この際、場面転換見せちゃったらどうかなー?」
「いや、背景を変えるのは見せてもいいけど、そしたら、そっちに気を取られて、幕前の芝居を見てもらえないんじゃない?」
 美園は反論する。
「そのさー、幕前の部分、客席のど真ん中でやったらどうかなー?」
「はい?」
 幕前で演じることになっている役者が、一斉に声を上げた。
「よくあるじゃーん。役者が舞台を下りてきて、客席でやるの。あれ、身近に感じて楽しいし。やってるほうも、お客さんの顔がよく見えて、楽しいと思うんだー」
「お客さんの顔がよく見えたら、普通上がっちゃうから嫌なもんなんだけど。まみは楽しいんだね」
 ルイが苦笑する。
「私も好きです。反応がよく見えて。じゃあ、客席の真ん中に舞台を作って、そこまで出て行くことにしましょうか」
「うん。それそれ。でも、高くなくていいと思う。客席と同じ高さで。どうせ声はマイクを通じてスピーカーから出るんだから、客席に向かって言わなくても充分聞こえるはずだし」
「そうですね。えーと。じゃあ。最初と最後の幕だけ残して……」
 美園は台本をチェックした。
「五分までいかないかも知れませんが、三分くらいは詰められる、かな。やってみましょう」
「こんなすごい大道具、見せつけなくっちゃ、ね? 角浜くん」
 角浜が急に話を振られて、黙ったまま赤くなった。
 まみが角浜くんの話ばかりする理由が、ちょっぴりわかっような気がした。