矢車通り~オリジナル小説~

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拍手の向こう側(25)

浦戸シュウ小説目次

「拍手の向こう側」目次
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           25
 
 たくさん人が集っているところ。
 みんなの意見を聞いてみたら、一致して「お昼休みの学食前」となった。お昼を食べに来る生徒はもちろん、パンを買いに来る生徒も、飲み物を買いに来る生徒もやってくる。おそらく、全校生徒の半分、千人程度の人間が通りかかるはずだ。
 学食につながる渡り廊下の近くで、ある程度の広さがあって、多くの生徒が足を止めても邪魔にならないところと考えていくと、昇降口にある展示スペースが最適ということになった。下駄箱が並ぶ出入り口の向いに教室二つ分の開けた場所があり、歴代校長の写真やら強化クラブに指定されている吹奏楽部や卓球部などが、さまざまな大会で取ってきた賞状やトロフィーが並べてある。展示スペースと下駄箱の間の廊下を学食に向かう生徒たちが通るのだ。
 行く途中では急いでいるだろうから帰りを狙う。
 なみっち、だうら、美園、ルイ、海は、四時間目が終わるとダッシュで部室に駆けつけた。急いで衣装に着替える。本当は本格的にメイクもしたいのだが、そこまで時間がない。ノーメイクで展示スペースに向かった。
 海が青っぽいスタジアムジャンパーのポケットに手を突っ込み、黒いTシャツを着てと黒いジーパンを穿いている。前につんのめるように歩いていく。
 後ろにはブレザータイプの制服を着た、美園とルイが続いている。二人は緑のブレザーの前を開けてだらしなく着崩している。白いブラウスのボタンを二つ開けて、ひものネクタイをゆるく結んである。緑を基調にしたチェックのスカートは膝上までしかなく、白いソックスでふくらはぎを覆っている。
 続くなみっちは、胸元の大きく開いた赤いドレスを着ている。胸元には豪華な毛皮が縫い込まれ、長いタイトスカートには深いスリットが入っていて太股まで見えている。赤いハイヒールがカツカツと高い音を響かせる。
 なみっちが腕を絡ませているだうらは、黒いスーツに身を固めている。青いシャツの襟元を立てて颯爽と歩いていく。
 一行を目にした生徒たちは、一様に驚いたような目を向けてくる。学生服とセーラー服の間に入ると、衣装は目立つ。
「演劇部です。演し物は『凍てついたパッション』です。コメディです。アクションもあります」と、美園は格好にそぐわない生真面目さで宣伝文句を並べ立てながら歩く。
 生徒はクラスやクラブの仕事があって文化祭当日は大忙しだ。当然、文化祭での自由時間は限られており、効率的に見て回るためにスケジュールを組んでいる。だから早めに宣伝して予定に入れてもらう必要があるのだ。あとから興味を持ってもらえても、もう予定を変えられないかも知れない。
 だうらがそのことに気がついて、寸劇をやろうと言い出した。一番派手なアクションのあるところがいいだろうと、みんなでだうらのシーンを選んだ。
 だうらとなみっちが美人局まがいのことをして、大人からお金をせしめ、それを海たち三人に取られるシーンだ。
 文化祭の実行委員会に打診してみたら快諾がもらえた。最初にホームルームで相談したのがよかったのか、演劇部の話はかなり大勢の生徒が知っている。教頭への反発もあって、応援してくれる生徒も多いようだ。
 ちょうど十三時に展示スペースに着いた。昼休みが終わるまで、あと十五分しかない。海を真ん中に置いて、ルイと美園は左右に分かれた。なみっちとだうらは真ん中だ。
 海が廊下に向かって一礼する。
「こんにちは。演劇部です。今年は去年とはだいぶ雰囲気の違う芝居をするので、さわりだけでも見てもらおうとやってきました」
 流れる生徒たちは止まらないが、海のほうをちらっと見ていったりする。
「そんじゃ、始めまーす」
 海がどくと、だうらがなみっちをかばって立っていた。
 だうらに海が近づいていく。
「儲けたお金、半分ちょうだいよ。全部とは言わないからさあ」
 海が役に入っていく。甘ったるいのに、うむを言わせない強さでだうらを恫喝する。
 だうらが海を睨みつける。無言だが負けないという気迫に満ちている。
「ってか。半分って言ってる間に出したほうがいいよ。あんまり時間取らせると、全部って言っちゃうよ?」
 海が言葉を強めていく。
「やかましい。てめえになんぞ、一銭だってやらねえよ。勘違いしてんじゃねえぞ。女連れてるような、軟弱な奴に俺が負けるわけねえだろ」
「軟弱?」
 海が大笑いする。
「この二人は、たぶん、あんたより強いよ?」
「んなわけねえだろ」
 だうらが腰を沈めてダッシュをかけた。海に向かって突進する。顔に拳を届かせる寸前に避けられてたたらを踏んだ。
「ちっ」
 だうらがすぐに態勢を立て直した。美園とルイが海と入れ代わる。
 だうらが美園たちと睨み合いながら、体を斜めにして腰を落とす。じりじりと動いていく美園たちを追いかけて、背中を取られないようにしているようだ。
 通りかかった生徒たちが何人か足を止めていた。美園やルイのクラスメイトの顔もちらほら見える。
 美園とルイがお客側に背中を向けるところまで移動すると、急にくるっと回ってだうらに背中を向けた。
 だうらが虚をつかれて、一瞬、手を下ろしてしまう。
 美園とルイが高く足を上げて、後ろ回し蹴りを放った。
 だうらがまともに胸に受けて、後ろに吹っ飛ぶ。
 海がだうらに駆け寄って、ふところから金を掴みだした。
「だから、半分って言ってるうちに出せって言ったろ」
 海がだうらから離れると、なみっちが駆け寄った。
「はーい。ここまででーす」
 海が宣言すると、だうらが何事もなかったように立ち上がった。五人で一列に並ぶ。
「この続きは、文化祭でごらんください。ありがとうございました」
 パラパラと拍手が鳴った。拍手にかぶさるようにチャイムが鳴る。
「やべえ。じゃあ、また」
 誰が見てくれたのか、誰が拍手をくれたのか、確かめる間もないまま、五人は部室に向かって走り出した。
 「輪乃森が悪役?」「倉崎と玉出がパンチラ?」「田浦が演劇部ー?」などなど、囁かれる言葉たちが耳をかすめていく。
 興味を持たれる方向性が違うような気がしてならないが、とりあえず、話題になってくれたのだから御の字だ。
 文化祭当日までうわさが流れ続けますように。美園は祈った。