矢車通り~オリジナル小説~

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拍手の向こう側(30)

浦戸シュウ小説目次

「拍手の向こう側」目次
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         30

一幕一場

 神父服姿の角浜と、修道服姿のまみが、柄の長いほうきを持って地面を掃いている。手を動かしながら、まみがチラチラと角浜のほうに視線を送る。やがて、決心したように拳を固めて「よし」とばかりに握りしめた。
「あの、あの、神父さま」
「はい」
「何かスポーツとかやってらっしゃいます? その体格、お祈りだけでは、できませんわよね?」
「特に何もやってはいませんが。もしかすると」
 と言いながら、角浜が背景の後ろから、身長の半分もある大きな聖書を取り出す。まみにポンッと渡すと、まみがよろけた。客席から忍び笑いが聞こえてくる。
 角浜が聖書をまみから取り上げて、片手で持って広げた。
「これをこんな風に読んでるからかも知れませんね。毎日、一日三回、二時間やってますから、少しは運動になるのかも」
「それは少しじゃないです」
「いえいえ、昔は、一日三回八時間やってましたからねえ。だいぶ、私も衰えました」
「それじゃ、寝るヒマがないじゃないですか」
「あ、バレました? いや、実は冗談です」
 と言いながら、角浜が大きな聖書を背景の後ろに投げて、代わりに本の大きさの聖書を取り出した。
「本当はこれを一日八時間、上げ下げしていただけなんですよ」
 まみが何気なく本を受け取ると、そのまま前につんのめって手が床に付いた。客席から笑いが湧く。
「ああ、鉄で出来ていますから、気をつけてください」
「そういうことは先に言ってください。これ、ほとんど鉄アレイじゃないですか」
 まみがよたよたと聖書を運び、背景の後ろに仕舞う。
「私が学んだころに、表紙を鉄で作るのが流行っただけなんですけどね」
「そんな学校聞いたことありませんよ」
 まみが中央に戻る。
 りのとなりっちが上手からヨロヨロと舞台に入っていった。レースの付いたブラウスと、柔らかいフレアースカートが、いかにも上品そうだ。二人は角浜の前でバタッと倒れた。
「た、助けて、助けてください」
 苦しい息の下から、とぎれとぎれに助けを求める。しきりに後ろを気にして、何度も振り返る。
 角浜とまみは顔を見合わせてうなずきあい、まみが二人を背景の後ろへといざなっていった。
 二人と入れ代わるように、海と美園とルイが上手から舞台に入る。
 海が舞台中央から客席を睨みつけると「おおーっ」と歓声が上がった。「ホントに悪役だ」「珍しいー」などなど、勝手な野次が飛んでくる。海の合図で美園とルイは客席に飛び下りた。客席の脇を歩いて、客席を見回したり、客席の下を覗き込んだりする。しばらく探して、首を横に振りながら舞台に戻る。
 まみが中央から舞台に戻ってくる。まみのスカートの中に海が頭を突っ込もうとした。
 客席でクスクスと声がする。
「何をなさるんですか」
 まみが蹴ろうとしたが、海はすばやく避けた。
「いや、わりぃ。人を探していたもんでね。二人連れの女なんだが」
「知りません。知っていたとしても、こんなに短いスカートの中には入れません」
「パンツが見えそうなスカートに、つい、引き寄せられちまったんだよ。許せって。そんで、誰か来なかったかなあ?」
「いえ、誰も」
「ホントー? 正直に言わないと、あとでひどいよ? あっちのあんちゃん、ガタイのわりに根性なさそーだしさあ。フツー、女にちょっかいかけられてたら、かばうとかなんとかするんでないの? なんの反応もないってのは、どういうのー?」
 海が角浜のほうへ寄っていく。
「反応というのは?」
「だからさ。女かばうとか、俺を睨むとか、なんかあるでしょ」
「いえ、別に、何もしたいことはありません」
「俺さあ。そういう、相手できないって態度、一番、むかつくんだよね。すかしてんじゃねえよ」
「海、早くしないと、逃げられちゃうよ」
 ルイが海の側に寄って、腕を引っ張った。
「こんなに、簡単に見失うはずないだろう。絶対、この人たちがかくまってる」
「じゃあ。こいつの体に聞いてみよう」
 美園がまみの腕を掴もうとして手を伸ばすと、まみはダッシュをかけて角浜の後ろに隠れた。
「どけよ」
 海に言われて、角浜は素直にどいた。
「ああああ? なんでだよ。俺の相手はしたくないってのか? そんだけの体格しといて、ケンカしたこともないって言うんじゃないだろうな」
「私は暴力が嫌いです」
「暴力が嫌いってガタイじゃないだろ」
「筋肉が付いていれば、暴力が好きだと思うのは偏見です」
「へえー。じゃあ、こいつの体に、女二人の行方を聞いていいんだな」
 海がまみに手を伸ばす。
「その二人なら」
 角浜が海を見据えた。
「その二人なら、あちらのほうへ行きました」
 角浜が舞台の下手を指さした。
「かくまってはいませんが、ちょっと時間を稼いであげました。とても怯えてらしたので。あなたたちは何者なんですか? なんのためにあの二人を探しているんですか?」
「ちっ」
 海は美園とルイに合図すると、三人で下手に向かって走っていった。まみが後を追いかけて下手の袖を覗き込む。しばらくすると、舞台中央に戻ってきた。
「大丈夫。もう、行っちゃったよ」
 りのとなりっちが背景の陰から出てきた。
「ありがとうございました」
 二人は深々と頭を下げる。
「んで、あいつら、何者?」
「そ、それは知りません」
 なりっちが答える。
「私たち姉妹なんですけど。三日前、自転車で出かける途中で、駐車してあった車に、傷をつけてしまって。でも、先を急いでいたし、誰にも見られていないし、車の持ち主を探すのも面倒だったので、そのまま逃げたのです。そしたら、今日になって、あの三人が証拠写真を持って、学校にやってきて、バラされたくなかったら、車を盗むのを手伝えと言ってきたんです」
 なりっちの声がだんだん涙声になっていく。
「嫌だって言ったら殴られて。バラされるのも嫌だし、殴られるのは怖いし、とにかく逃げてきたんです」
 りのが後を続けた。
「それは警察に相談したほうがいいです」
 まみがあっけらかんと言ってのけた。
「車に傷つけた件は、こっぴどく怒られるでしょうけど、脅されるよりはましでしょう」
「警察沙汰になったら、私たち、家から追い出されます。うちの両親、とても厳格なんです」
「うーん。どうでしょう。本当に家から追い出す親って、そうは……」
「いますよ」
 角浜が静かに言う。あっと、まみは口を押さえた。
「ええ、いますね。意に染まないことをする子どもを追い出す親」
「では、こうしましょう。家にも学校にも、彼らが来る可能性がありますから、しばらく、私の教会に居てください。相手の正体がわかったら、交渉のしようもあると思います。それまでは、ここが家だと思って居てください。私たちはちょっと正体を探ってみます」
「そこまでご迷惑をおかけするわけには」
「かまいません。厳格な親を持つ同士じゃありませんか。あなたたちに手を差し伸べるのは、かつての自分に手を差し伸べるのと同じことなのです。遠慮はいりません。もし、今度のことがうまくおさまったら、誰かが困っているときには、手を差し伸べてあげてください。もちろん、ご自分がおできになる範囲で」
「はい」
 二人は声を揃えて返事をした。
「じゃあ、行きましょう」
 四人は連れ立って、舞台中央の背景から出ていった。