矢車通り~オリジナル小説~

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拍手の向こう側(31)

浦戸シュウ小説目次

「拍手の向こう側」目次
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           31
           
 一幕二場、三場
  
 赤、青、緑と点いていた照明が、青だけになる。
 下手から赤いドレスを着たなみっちと、黒いスーツを着ただうらが入ってきた。薄暗い明かりの中でスポットライトが二人を照らしている。だうらはお札をたくさん手に持って、ビラビラと振っている。
「あははは。バカなおっさん。こんな足に引っ掛かっちゃって」
 なみっちが片足を前に出して立ち、胸を突き出した。スカートのスリットから自然と太股がのぞく。
「しょうがないだろ、理性飛んじゃうよ。そんなの見たら」
 だうらがクククと笑いながら、なみっちの腰を抱く。
「ああ、素敵よ。おじさま。一晩中可愛がってくださる?」
 なみっちがだうらの胸に頬を寄せる。一瞬の沈黙のあと、二人とも笑いだした。
「そのまんま、ファッションホテルに直行だなんて、がっつくがっつく」
 なみっちがそのときのことを思い出したように、ほくそえんだ。
「俺が入り口の前で立ちはだかってやったら、ビビってたよなあ」
「ビビってたあ。おっかしー」
「まあ、そんでも、がんばったよ。あのおっさんも。金出させるのに、三発要ったからな」
「悪いひと」
 まんざらでもなさそうに、ニヤリと笑うと、だうらはお札を胸ポケットに仕舞った。舞台の三方から、海と美園とルイが現われる。
「ずいぶん、景気が良さそうじゃないか?」
 海が中央から現れて、だうらの近くに寄っていく。
「半分、ちょうだい。全部とは言わないからさあ」
 だうらに絡みつくような粘っこい視線を送っている。
 だうらがなみっちを背中にかばった。海を睨み返す。摺り足で前に出る。
「ってか。半分って言ってる間に出したほうがいいよ。あんまり時間取らせると、全部って言っちゃうよ?」
 海も負けてはいない。言葉を強めていく。
「勘違いしてんじゃねえぞ。女に頼るような軟弱な奴に俺が負けるわけねえだろ」
「軟弱?」
 海がものすごく面白いものを見たように大笑いする。
「この二人は、あんたより強いよ?」
「んなわけねえだろ」
 だうらが腰を沈めてダッシュをかけた。海に向かって突進する。顔に拳を届かせる寸前に避けられてたたらを踏んだ。
「ちっ」
 だうらが踏みとどまって、体を起こした。
 美園とルイが海と入れ代わる。
 だうらが美園たちと睨み合いながら、体を斜めにして腰を落とす。じりじりと動いていく美園たちを追いかけて、背中を取られない位置に移動する。
 美園とルイが客席に背中を向けるところまで移動すると、急にくるっと回って客席と向き合った。
 だうらのほうへ、背中を向けている。
 だうらは呆気に取られて、一瞬、手を下ろした。
 美園とルイが高く足を上げて、スカートを翻す。そのまま回転して後ろ回し蹴りを放った。
「待ってましたあっ!」
 客席から野次が飛ぶ。
 だうらがまともに胸に受けて、後ろに転がっていく。
 海がだうらに駆け寄って、ふところから金を掴みだした。
「だーら、半分って言ってるうちに出せって言ったろ」
 海がだうらから離れると、なみっちが駆け寄った。抱き起こして胸に抱える。
「大丈夫?」
「だ、だいじょ」
 だうらがみぞおちを押さえて起き上がろうとするが、半ばまで体を起こすと力尽きてしまう。
「いいか、これからは、俺たちに半分だ。勝手に稼ぎを全部使っちまったり、寄越さなかったりしたら、この程度じゃ済まねえからな」
「半分ったって、あんたたち、誰だよ。どこに持って行けっていうのさ」
 なみっちが気丈に言い返す。
「町外れの廃工場に居るよ。たいがいな。誰って言われても困るなあ。俺は海、三カ月前、越してきたんだが。この町はいいなあ。丹念に探したんだが、俺より強い奴、いないんだよ。だから、俺の勝手にしていいんだ」
「そ、そんな」
「いや、俺だって、弱みはあるよ? 警察とか、学校とか。でも、あんたたちも苦手だよなあ。そういうの。大人から金を巻き上げたりしてるくらいだもんなあ」
 なみっちは唇をかみしめて、悔しそうに海を見上げている。
「俺より強い奴ってのも、嫌だなあ。俺、強い奴には従うことにしてんのよ。逆らっても面倒なだけだからね。俺の次に強い奴は、こうして仲間になってくれちゃったし」
 海があごで美園とルイを示す。
「あんた、ほかに心当たりある?」
 海の挑発的な言葉にだうらが拳を地面に叩きつけるが、まだ起き上がれない。
「じゃあ、金、よろしく。いいなあ、この町、楽に暮らせそうだよ。じゃあな」
 海と美園とルイは、下手に退場する。
 だうらがようやく立ち上がって、なみっちの肩を借りて客席に下りていく。客席の真ん中を歩いている。だうらとなみっちの後ろでは舞台装置が動いてコンビニエンスストアに変わっていく。
 客席のほうからまみがやってくる。
「つかぬことをうかがいますが」
 まみがだうらとなみっちに声をかけた。
「この三人の情報を求めています」
 まみが手に持ったプラカードを立てると、本物の特徴はあるものの、本物より凶悪な顔の似顔絵が、三人分描かれていた。まみがプラカードを回して、似顔絵を客席に披露すると「似てるー」という合いの手がかかった。
「あー。この三人は」
 だうらとなみっちが、声を揃えて驚いた。
「実はかくかくしかじかで」
「え? そんなことが?」
 しらじらしく話をつなげると、客席が笑いで揺れた。「かくかくしかじかで済ませた」と腹を抱えて笑ってしまう客もいる。
「そういうことならいかがでしょう。しばらく教会に来ませんか? 同じ三人から被害を受けている人もいるし、今後のことをみんなで考えてみましょうよ」
「いこう、だうら。とにかく、休む場所が必要だし」
「ああ、しかたなさそうだな。連れてってくれるか?」
「ええ、どうぞ」
 まみに伴われて、だうらとなみっちは客席の後ろに退場していった。