矢車通り~オリジナル小説~

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拍手の向こう側(32)

浦戸シュウ小説目次

「拍手の向こう側」目次

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         32
         
 二幕
 
 舞台の上はコンビニエンスストアの背景になっている。上手、客席から向かって右側には、レジ台とレジスターが置いてある。下手、客席から向かって左側には、陳列棚が一つある。ほかの陳列棚と商品は絵で描かれた物だが、下手の陳列棚だけには商品が並んでいる。
 ブレザータイプの制服を着たこさくが下手から登場してくる。美園とルイと同じ柄の制服で、上は緑のブレザーで、下はチェック柄のズボンだ。入店の合図であるチャイムが鳴る。
「いらっしゃいませー」
 声だけが舞台に響く。
 こさくは少しぶらぶらしたあと、下手の陳列棚の前に立ち止まる。
 美園が登場してくる。「いらっしゃいませー」と声が響く。美園が商品を見ながらゆっくりと店内を歩き始めた。
 海が登場してくる。「いらっしゃいませー」と声が響く。海がこさくのすぐ後ろに背中合わせで立つ。雑誌を取って読み始める。
 こさくは後ろを見る。斜め上を盗み見しながら、携帯電話の充電池を手に取る。体で隠すようにして、ポケットに入れようとする。
 そこで、手が止まった。
 元の場所へ携帯電話の電池を戻すように、手を動かす。パッと手から電池がむしり取られる。こさくは目で追う。海が電池を取り上げていた。
 同時に、美園がレジに並ぶ。レジの奥から黒子の衣装を付けたりのが出てくる。顔にかかったベールには「レジ係」と書いてある。
 客席から笑い声がした。
 美園が缶コーヒーをレジに出す。「レジ係」がバーコードリーダーで情報を読み取る。「百二十円になります」と言われて、美園がお財布からお金を渡す。
 一方、海がこさくから離れ、商品に目を向けながら歩いていく。ルイと顔を合わせることなく、ルイのポケットに電池を滑り込ませる。
 ルイがポケットに手を突っ込み、レジを済ませて上手に出て行こうとしている美園の手提げ袋に電池をすばやく入れた。そのまま、美園は何事もなかったかのように上手に出て行く。
 こさくは海に「おや、久しぶり」と声をかけられた。肩を抱かれ連行されるように引きずられていく。肩をゆすって振り払おうとしたが、海の手はがっちりつかんで離さない。
「ありがとうございました」
 こさくと海が下手に進むと、コンビニエンスストアのアナウンスが流れた。
 二人は歩き続けて舞台を下りて客席のほうへ向かう。二人の後ろでは背景が教会内部に変化していっている。
「うまくいったな」
 こさくの肩を抱いたまま、海がほくそえむ。海のいないほうの肩の隣には、後ろから追いかけてきたルイが並び、一緒に歩いている。こさくの後ろには、上手から下りてきた美園が歩調を合わせて歩いている。
 客席の中央で、海たちが立ち止まった。こさくもつんのめりながら止まる。海が美園の手提げから電池を出して、こさくに渡してきた。こさくは黙って受け取る。
「これで、俺たちは仲間だよな?」
「はい」
「お、いい子じゃないか。美園たちと同じ高校?」
「そうです」
「あー、なんか、まずかったかなあ? 美園」
「いや、かまわない。先生は私が海みたいのととつきあってるなんて信じないだろうし。生徒たちは私に逆らうような無謀な真似はしない」
「え? そーなの? ルイ」
「表立って学校を仕切ってるのは私だけどね。本当に校内で一番強い奴が誰かってことは、みんな知ってるよ」
「じゃあ、ラッキーだったなあ。同じ学校で。いろいろ手間が省けて助かるわ。なあ? 仲間になるって、こんなに簡単なことなんだから、みんな、もっと気軽に仲間になってくれればいいのになあ。まあ、いいや。じゃあ、あんた、名前は?」
「こさくです」
「じゃあ。こさく。今度は宝石店で万引きしてこようか」
「は、はい」
「なんだ、気に入らないのか?」
「い、いえ、コンビニより防犯設備が良いんじゃないかと思っただけで」
「だから、仲間がたくさん要るんじゃないか」
「は、はあ、なるほど」
「まあ、そのときは連絡するから、待ってて」
「はい」
「万引きするときは、俺たちを呼べ。頼りになるってのは、今のでわかったろ?」
「はい」
「あははは。ホントに素直だなあ。いいよいいよ。じゃあ、またな」
 海たち三人は高笑いしながら、舞台に戻り下手に退場していった。
 こさくはぽつんと一人残された。
「ああああ」
 頭を抱えてうずくまる。
「神様。僕を許してください。出来心なんです。なんだか、簡単に盗れそうな気がして、やってみたくなっちゃったんです。ごめんなさい」
 こさくは十字を切って立ち上がった。
「あああ、なんてことをしてしまったんだ。僕は。それに、よりによって校内一の不良に目をつけられるなんて。宝石泥棒なんかしたら退学確定だ。どうしよう。どうすれば、あいつらから逃げられるんだろう。いっそ警察に。いや、ダメダメ、万引きだって犯罪だ。捕まっちゃう。捕まらなくても退学になっちゃう。美園んちもルイんちも金持ちだから、あいつらは滅多なことじゃクビ切られないだろうけど。僕なんか、誰も守ってくれないよ」
 こさくは立ち上がって、その場でぐるぐる回り始めた。
「はめつだはめつだはめつだはめつだはめ、つだはま、ああっ! そーだ。角浜神父に相談してみよう」
 笑い声が湧いた。
 こさくは立ち止まる。
「日曜たんびにお祈りに行ってるんだから、いいよね。相談したって。よし、行こう」
 こさくは客席の後ろに向かって、大股で走り出した。