矢車通り~オリジナル小説~

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拍手の向こう側(33)

浦戸シュウ小説目次

「拍手の向こう側」目次
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         33
         
 三幕
 
 舞台は教会の内部の背景に変わっている。長い箱に黒い布をかけて、長椅子のように見せかけた物が、二つ並んで置いてある。
 りの、なりっち、だうら、なみっち、こさくの五人が、しずしずと舞台に入ってきて、五人並んで座った。あとから、角浜とまみが入ってきて、舞台の隅に立った。五人を見ながら、しきりに手をこすったり、握りしめたりしている。
 りのが口を開いた。
「どうしよう」
 なりっちが答える。
「どうしようかね」
 なみっちが問う。
「どうするの?」
 だうらが答える。
「どうしようか」
 こさくが叫ぶ。
「どうしようもないよ」
 それを合図にしたように、みんな黙ってしまう。
 やがて、りのが「どうしよう」と言い出し、同じセリフが繰り返され、だんだん速くなっていった。四番目の「どうしよう」は早口言葉のような高速で進み、拍手が湧いた。
 五度目の「どうしよう」に入ったとき、こさくが叫んだ。
「どうしよう、どうしよう、って言ってても、何もかわらないんですよ。もう、いい加減、先に進みません?」
「先って?」
「だから、みなさん、あの三人に脅迫されてるわけでしょ? 犯罪の手伝いをしないと、お前の悪事をばらすって。あきらめて、警察に行きましょう。叱られてもしかたないです。みんな悪事に手を染めたんですから。今なら説教で済みますが、宝石泥棒なんかしたら、もう牢屋行きになっちゃいますよ?」
「いや、警察は困る。俺らはせっかく稼いだ金を取られるのが悔しいだけだし、今でも十分、警察行けばお泊まりさせられるはずだ」
 だうらが反対する。
「私たちも困ります。警察に捕まったら、帰れる家などなくなってしまいます」
「ああ、でも、一人でも行くというのなら、止めないよ」
 だうらがこさくに向かって言った。
「あんたはあんたの道をゆけ。俺たちのことは内緒に頼むよ」
「ああ、いえ、どうしても警察に行きたいわけでも。僕もできれば行きたくないので、角浜神父に相談しようと思ったんです」
「だってよ。あんたの意見は?」
 だうらが立ち上がって、角浜のほうへ体を向けた。
「いえ、特にありません。あなたがたの問題ですから。私たちにできるのは、こうして、しばらく寝泊まりできる場所を提供することだけです」
「それで十分です。ありがとうございます。神父さま」
 りのが深々と頭を下げる。
「俺は、関わりついでに、あいつら、パパッとやっつけてくれないかなあと思ってるんだけど。ダメ?」
 だうらがツカツカと角浜に近寄る。角浜の体格を上から下までジロジロ見る。
「神父さま、ケンカ強いだろ?」
「いえ、私は暴力が嫌いです」
「そうかあ? じゃあ、なんかスポーツとか格闘技かな。ボクシングとか、空手とか、アメリカンフットボールとか、なんか、やってたろ?」
「いいえ、別に何も。ああ、子どものころ、父によく殴られましたから、殴られないように逃げる練習はしましたけど」
「うそだ。絶対、あんた強い」
 だうらが食い下がる。
「なんとかしていただけませんか。神父さま」
 こさくが泣きつく。
「私にはどうにも」
 角浜があとずさる。
「わかったわかった、悪かったよ。神父さまにケンカ頼もうなんて。俺が悪かった」
 だうらが肩を落とす。
「すみませんでした」
 こさくもうつむく。
「しかたありませんわ。自分たちでなんとかしないと」
 りのがこさくに向かって、そっと言った。
「してもらっていることだけ考えましょう」
 なりっちがこさくに笑いかける。
「気が弱ってるんだよ。少し休めば?」
 なみっちはだうらに話しかけた。
「そうだな。自分でなんとかしないとな。あ、そうか」
「何?」
 なみっちがだうらに尋ねる。
「あいつらが、宝石泥棒のために人を集めてることがわかったんだから、俺たちから手を引かないと、お前らの悪事をバラすぞとかなんとか言えば、もしかすると」
「ああ、それで、きいてくれるかも知れませんね」
 こさくが嬉しそうに賛成する。
「でも、それで私たちは逃げられても、また、ほかの人にちょっかいを出すだけじゃないの? それじゃ、本当に解決したとは……」
「そんなもん。俺たちの知ったことかよ。俺たちだって逃げられるかどうかわかんないんだぜ? ほかの奴のことまで心配できるか」
「逃げられなかったら?」
 なみっちが低い声で訊いてくる。
「そのときは、やるしかないだろう。お前ら、引っ越して逃げたりすんなよ」
「あなたたちは? あなたたちが一番逃げそうですけど」
「こう見えても、俺らも高校生だよ。ふらっとどっかには行けねえよ」
「えええ?」
 ほかの三人から驚愕の声が上がる。
「あ、みなさん、未成年だったのですね。じゃあ、親御さんに今夜は教会にお泊めすると、連絡入れないといけませんわね」
 まみが提案した。
「じゃあ、男のかたの家には、神父さまが。女のかたの家には、私が連絡します。そのほうがご心配も少なくなるでしょうし。ね? 神父さま」
「あ、はい。あ、すみません。聞いてませんでした」
「え?」
「この方たちが高校生とは思えませんでしたので、ちょっとびっくりして意識が飛んじゃいました」
「ええ、高校生なんです。彼ら。まだまだ、保護が必要です。そう思いません? 神父さま」
「だからといって、私は代わりにケンカをしたりはしませんよ。暴力が嫌いなんです」
「はいはい。どうしてもダメなんですね?」
「はい、どうしてもダメです」
「ああ、シスター、そのことはいいから。あきらめてっから。明日、町はずれの廃工場に交渉しに行くよ」
 だうらが声をまみに声をかける。
「でも、聞いてくれなかったら……」
「そんときは、しょうがねえ。俺ら、そうなんだろ」
「そうって?」
「だからさ。自分より弱い奴から奪い取るよう、生まれついてるんさ。自分のほうが弱ければ奪い取られる。それだけのこった」
「じゃあ、彼らが奪い取るのを止めたら、あなたも奪い取るのを止めますか?」
 まみが詰め寄る。
「それは……」
「それは?」
「あんなあ、シスター、こんな状況じゃ、そんなことはあり得ないよ。あの海って奴、ずっと、ああやって弱いもん脅して生きてきたんだろ。止めるわけない。もし、止めたら、そりゃ不思議現象だ」
「じゃあ、もし、その不思議現象が起こったら、改心してくださいます?」
「ああ、もし、起こったらな」
「約束ですよ。そちらの方も」
 まみがなみっちに目を向ける。
「あいつらから逃げられたら、真面目になるよ。マジで。あんな奴らと関わったら何されるかわからないもん」
 全員が顔を上げて、見合わせる。
「とにかく、明日だ。今夜はもう寝よう」
 全員立ち上がり、バラバラに退場していく。
 黒子が三人出てきて、背景を回し、長椅子の黒い布を剥がして引っ込む。
 別の黒子が二人出てきて、長椅子に赤い布を掛けて、退場する。