矢車通り~オリジナル小説~

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拍手の向こう側(36)

浦戸シュウ小説目次

「拍手の向こう側」目次
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         36 拍手の向こう側
         
 幕の向こうから、拍手の音が聞こえてきた。大勢の人が力いっぱい手を叩いているようだ。
 部員たちが舞台中央に集ってきた。
「ねえ。これ、えーと、なんだっけ、カーテンコール。そう、拍手に応えて、もっぺん幕を開ける奴、するんじゃないの?」
 まみがのほほんと言い出した。
「あと三分で片づけないと失格になるよ。急げ、みんな」
 美園は声を張り上げた。全員がピリッと背筋を伸ばして持ち場に散っていく。大道具を片づけて、小道具を回収する。音響室から野川先生が下りてくる。体育館の裏口から全員が出たときは、五時ジャストだった。
 美園は腕時計を見て間に合ったことを確認する。すぐに走り出した。ちらっと後ろを振り返ると部員全員と野川先生もついてきている。
 今日は文化祭だから、体育館の出入り口は校舎への渡り廊下に出る口が一つきりだ。そこへ美園は駆け寄った。隣に部員が並んでくる。きれいに一列になった。
 場内がざわつきはじめる。やがて、最初のお客が出てきた。
「ありがとうございました」
 美園は深々と頭を下げる。
「面白かったよ」
 お客たちは口々に褒めながら、美園たちの前を通っていく。知り合いには肩を叩かれたり、「明日も来るよ」と声をかけられたりもする。
「ありがとうございました。ありがとうございました」
 とうてい追いつけないとわかっていても、お礼を言わずにいられない。お客の列が途切れるまで、美園と部員たちは頭を下げ続けた。
 人がまばらになってから、かこが出てきた。
「よくやった」
 美園をきつく抱きしめる。
「あ、ありがとうございました」
 美園も強く抱きしめ返した。
 かこが美園の肩をポンポンと叩いて、歩きさっていく。行っちゃうのかと見ていると、野川先生の隣に並んだ。部員と一緒に頭を下げて、お客を送り出している。ホッとしながら、美園は体育館の中に意識を戻した。
 名残惜しそうに残っていた、何人かのお客が帰っていった。
 部員たちが体育館の中に入っていく。今日、体育館を使う団体は演劇部が最後だ。裏に置いた荷物を片づけるのは、もう少しあとでもいい。美園は客席の間を歩いた。
 誰からともなく舞台の下に集まった。空っぽの客席に向かって立つ。
 さきほどもらった拍手が、まだ心の中で鳴り続けている。
 動作を見てお客さんが笑う。
 セリフを聞いてお客さんがうなずく。
「ねえ」
 まみが客席をぼうっとした目で見ながら話しかけてきた。
「あたしさー。こんなに何度も練習して、バカみたいーって思ってたんだけど」
「うん」
「でもでもでも、そういうバカみたいなことしたから、あんなに拍手もらえたんじゃないかなーって」
「うん」
「そんでさ。美園、文化祭の次はいつやるの?」
「来年の五月に演劇祭があるけど」
「じゃー、そのときは二話目やろうよ」
「いいね。私も、もっと原作読み込んどく」
 美園とまみは目を合わせて笑い合った。
「どうやら、成功したようだね」
 低い声がした。体育館の入り口から教頭が入ってくる。
「はい、クリアしました。教頭先生」
 海が明るく答える。
「よし。演劇部は存続だ」
「きゃほー」
 まみたちがはしゃぐ。
「じゃー、記念写真撮ろう。記念写真。成功おめでとうって」
 まみがポケットからカメラを取り出した。
「いいけど、誰がシャッター押すの?」
 美園は訊いた。
「あたしが押すよ」
 かこが名乗り出る。
「えー、そんなー、つまんないよー。鹿山先生と一緒に写りたいよー」
「じゃあ、僕が撮りましょう」
「えー、野川先生は鹿山先生の隣でしょー」
「え、え、あの、それはどういう?」
 野川先生がたちまち赤くなる。
「どういうことだか、言ったほうがいいーのー?」
 まみが意地悪げにクスクス笑った。
「あの、いえ、言わなくていい……です」
「コホン」
 教頭が腕組みしながら、声をかけてきた。
「撮ってやってもいいぞ」
「わーい。教頭先生、えらい。さすが。じゃーよろしくー」
 まみがくったくなく、カメラを教頭に渡した。
 えらい。
 美園にはわだかまりがあったが、まみを見習うことにした。
「お願いします」
 美園も頭を下げた。
 角浜とまみを中心にして、右側に美園と海とルイが、左側にかこと野川が立った。その後ろにだうら、なみっち、りの、こさく、なりっちが、椅子の上に立って並ぶ。
「はい、チーズ」
「先生ー、ふるっ」
 まみが突っ込む。
「じゃあ、なんて言うんだ?」
「一足す一は? って訊くんだよー」
「じゃあ、そういうからな。一足す一は?」
「にー」
 みんなの、口を横にいっぱい広げた笑顔が、カメラの中に納まった。
 
      終