矢車通り~オリジナル小説~

はてなダイアリーから移行させました。

離れない(仮)1(後半)

 とりわけでかい男がずいと身を乗り出してきた。顔を見て、よく彼女と一緒に居る男だと思い出す。この男もきっと彼女が好きなんだろう。射殺しそうな目で僕を見ている。僕だって彼女のことに関しては本気だ。負けちゃいられない。
「す、ストー? なんのこと?」
「ずっと彼女をつけ回して、郵便物を調べたり、隠し撮りしたり、無言電話をかけたりしただろう?」
「なんだか、嫌な言い方だな。それこそ、認識が違う。僕は彼女のボディガードをしているだけだ。大事な人だから」
「恋人でもない男につけまわされて、彼女がどれほど怖い思いをしたか、お前にはわからないのか」
 男はほとんど胸ぐらをつかまんばかりの勢いだ。
「やめて」
 彼女が男の腕につかまりながら、僕のほうへ顔を向けた。彼女の胸が男の二の腕に当たっている。なのに、彼女も男も気にする様子がない。それで当たり前みたいに平気な顔をして立っている。前に、僕の手が偶然彼女の腕に当たったときは悲鳴を上げたのに。
 この男が、彼女の恋人なのだ。
 では、僕は何?
「あなたに悪気がなかったのはわかってる。あなたって、ホントにウブで他人の言うこと鵜呑みにする純粋な人だってことはわかってる。あなたと話していて楽しかったのはホントよ。広い知識があるし、物の見方が変わってるし、何より、あなたが私のこと好きだってことは、ホントによくわかってる」
 そんなこと言うから。『わかってる』なんて言うから。誰にも言われたことのないこと言うから。
「だから、あなたもわかって。私はクラスメイトと接するように接しただけで、ほかにはなんにも無い。あなたの生活を犠牲にして、私のためにあれこれされても、私は応えることはできないの」
 彼女は、そこで止まった。男が背中をさする。
「言おうか?」
「いえ、自分で言うわ」
 短く打ち合わせて、彼女は僕の目を捉えた。
「こういう言い方が、あなたにとって、きついだろうということはわかってる。でも、聞いて。私にこれ以上つきまとわないで。尾行したりはもちろん、もう電話もかけないで。今度、私の視界の中にあなたが入ってきたら、今度は警察にストーカー行為で訴える。あなたにはピンと来なかったようだから言っとくけど。ストーカー行為っていうのは、こちらが嫌がってるのに、側に寄ってくることを言うの。わかった?」
 僕の喉の奥から、嗚咽が出てきた。みっともないが止まらない。
「な、なんでだよ。僕、落第までして」
「それは、お前の勝手だろう」
 男が落雷のような声で吼えた。
 恫喝するつもりだったのかも知れないが、それで逆に度胸が据わった。
「勝手ってなんだよ。俺は彼女のためを思って」
「彼女は望んでない。それを勝手という」
「望んでない」
 僕はぼんやりと繰り返した。望んでないからいらない。そうか、この人たちは「望んだものを手に入れる」星回りに生まれてるんだ。僕のように、得られるものならなんでも得たいとか、望まなくても得られれば幸せ、なんて考えないんだ。
 僕は何を望んでいるんだろうと考えてみた。
 彼女の笑顔を見ることだった。
 彼女が男の横で笑っていられるのなら、それは、僕の望んだことが得られたということなのかも知れない。
「なあ。お前、彼女のこと好き?」
 僕はやっとのことで声を絞り出し、男に尋ねた。
「好きだ」
 即答だった。
 こんなところで言ってしまって、彼女はどう思うだろうとか、人前でそんなことを言うのは恥ずかしいとか、そういうウジウジした考えは、この男には無いらしい。重ねて訊ねる。
「彼女が笑ってるの、好き?」
「もちろんだ」
「そう、彼と居ると楽しいの」
 彼女が赤ん坊をあやすようなやさしい声で答えた。
「わかった。もう、会わない。電話もしない」
 彼女が僕の言葉を聞いて踵を返した。男とその仲間も歩きさっていった。