矢車通り~オリジナル小説~

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離れない(仮)12

     12

 十二月に入った。
 僕は重要な誤算に気がついた。卒業論文が間に合わないのだ。冬休みに入る直前が提出期限だというのに、まだ、半分も終っていなかった。準備自体は三年生の終りから始まっている。ここに来て間に合わないのは、単純に作業量を甘くみていたせいだった。テーマは決まっている。資料は集めてある。レジュメも書いてある。あとはそのレジュメに従って本文を書くだけだ。ここまで書くのに一カ月かけている。あと二週間で残り半分を書き切るには倍のスピードを出す必要がある。僕はアルバイトも授業も休み、論文に専念することにした。ほとんどの単位は取得済みだ。ここで論文の提出が遅れて卒業見送りなどということになったら目も当てられない。出来などどうでもいいから、とにかく間に合わせないと。
 僕は起きている間は論文を書いた。集中力が保てなくなると眠った。
 肩をトントンと叩かれて振り返ると、純子が心配そうな顔をして僕の目を覗き込んでいた。
「どうした?」
 寂しくなってしまったのだろうか? 何があろうと純子が最優先だ。僕は穏やかに問いかけた。
「ごはん、食べて。もう二日も水しか飲んでない」
 純子の肩ごしにテーブルを見ると、コーヒーとトーストが載っていた。純子が用意してくれたのが嬉しくて、いそいそと立ち上がる。純子が僕の腕にしがみついてきた。純子をぶら下げたまま、テーブルにつく。右手だけで食事を始める。
「あんまり眠ってもいないよね。いつまでに書くの?」
「冬休みの前まで。あと、十日だな」
「間に合いそう?」
「なんとかね」
「よかった。じゃ、あたしも期末の勉強しようっと」
「うん。それがいい」
 食べ終わるとすぐに論文に向かった。後ろのテーブルでは純子が教書を開く音がする。
 このあと、ずっと僕は生活時間が目茶苦茶で、夜中に起きていたこともあるし、明け方に起き出したこともあった。夕方から泥のように眠ることもあった。純子のほうは僕にかまわず、自分の生活時間を守って暮らしているようだった。一緒にいる時間もあれば、いない時間もあった。
 ずっと純子は僕の邪魔をしないよう控えめに暮らしていた。純子がどんな生活をしているのか、僕はほとんど気に止めなかった。
 無事に論文の提出が間に合うと、今度は正月がやってきた。純子は家を出てきたときから、ただの一度も帰っていない。僕は毎年帰っていたが、今年は純子を一人残して帰省する気にはなれなかった。かといって、連れて行くのも早いような気がして、結局、スーパーでありあわせのおせちを用意して正月を祝うことにした。おふくろは不審がったが、卒業のために正月も残っていることにしたと理由をつけたら、わりとあっさり引き下がった。
 大晦日の夜、二人でテレビを見た。十二時を回ったところで、お互いに正座して向かい合い、あけましておめでとうございますと言い合った。
 今年があなたにとって良い年でありますように。
 僕たちは手を握り合って、お互いの幸福を祈った。