矢車通り~オリジナル小説~

はてなダイアリーから移行させました。

松山への旅3日目

 3日目、快晴である。
 ホテルを出たとたん、演者たちが可哀相になった。23日も快晴、25日も快晴、なんでよりによって24日だけ雨だったのだろうか。しかもエピローグのときはかなり強かった。
 例によって、ホテルの朝食バイキングでたらふく食べた私たちは松山城に登ってみることにした。松山駅前から市電に乗って大街道に行く。思えば松山一の繁華街に来ておいて、買物などはしていない。今日もアーケードとは反対側に行き、松山城へ行くロープウェイに乗るのだ。
 大街道からロープウェイの入り口へ伸びるロープウェイ街は両側にお店が立ち並び賑わっている感じがした。今日は特別なことはしていないが、昨日は何かやっていただろう。
 地図を取り出してみると。
 演目12注文の多い料理店
(地図より抜粋)−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「注文の意味は倒錯し、主客の概念を検証する。「受動体許容誓約書に署名捺印をお願いします」「ハイ、500円の野菜炒め定食ですね。ではまず大声で笑ってください!」
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 演目14−Aハイド・アンド・シーク(球場跡地〜市内某所〜道後公園
(地図より抜粋)−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
海外公演も多い「開座」舞踏家とゴージャスハレンチな「デリシャススウィートス」による劇的セッション!「寺山修司をかくれんぼ」する正方形の蝶たちが鬼火となって松山で逢引する。
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 演目9古典劇のパロディ(ロープウェイ駅舎広場)
(地図より抜粋)−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
テーブルの上の荒野で、カードの規制による形骸化した古典劇の構造のパロディ。セリフは配られましたか? ギリシャ悲劇もシェイクスピアもカードひとつでつながっています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−(引用終わり)
 こんなことをやっていたらしい。見たかった。今度市街劇をやるときは、12時半から16時半までの内容を3日かけて繰り返して欲しい。みんな見たい。
 もうひとつ心残りなのが、演目11青猫衣装館・青空化粧館(河原学園パティシェ)である。
(地図より抜粋)−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
日常生活の衣服を脱ぎ、劇の衣裳を!それは脱日常の機会であり、自身の履歴の喪失が作り出す偶然性の始まりである。仮面劇ディオニクソス。仮面(メイク)をつけぬアルルカンは、カーニヴァルの気の抜けた仮想にすぎない。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−(引用終わり)
 たぶん、この演目に参加したのであろうと思われる観客に出会ったが、衣裳は服の上に着ているし、顔もそんなにいじられていなかった。あのくらいならやってみたかった。自分のメイクより芝居を一本でも多く観たかったので、無念のパス。準備のひとつとして、プロローグ前にやってもらえないだろうか。そしたら、喜んで顔を真っ白に塗ったのだが。
 15分ほど歩いたろうか。ロープウェイの駅舎が見えてきた。中に入ると係の人が親切に切符の買い方を教えてくれる。切符を手にエスカレーターを上がると、左はロープウェイ、右はリフトとなっていた。ロープウェイは10分待ち、リフトは順次である。
「リフト乗れるか」とKが訊く。Kは幼稚園の頃からスキーをしていたのでリフトは慣れているのだそうだ。スキーはしないので慣れてはいないが乗ったことはある。ただし、前に乗ったときは体重50キロだった。今は76キロある。少々顔を引き攣らせながら「乗れるよ」と答えた。
「はい、ここに立ってください。椅子が来たら棒を掴んでください。お荷物はひざの上にお願いします」
 係の人の指示に従いながら、よっこらせっと腰を下ろすと座席は私の体重をなんなく受け止めた。座面が広くて安定している。カメラを取り出して、あちこち撮った。後ろに乗ったKにカメラを向けたりしているうちに、つい棒を放してしまいあわてて掴む。安定していて揺れないが、足元の網は5メートルは下にある。落ちたら、やはりケガをするだろう。すぐに着くかと思ったら、案外長いことかかる。昔は登る装置はなかったのだ。鎧などを着込んで、この山道を登って行ったら、それだけで体力を使い果たしそうである。すごいところに城を建てたものだと思った。

 リフトの降り口から、さらに上がって行くと、城の入り口にたどり着いた。
「なんでしたら、お荷物お置きになっては。有料ですがコインロッカーがありますよ」と係の人に差し示された。私は背中を覆うほどのリュック。Kは赤ん坊でも入りそうなほどのカバンを持っていたのだ。衣類がほとんどなので見かけほど重くはない。お礼を言って荷物は預けずに登っていった。
 順路通りに進んでいくと、城の入り口にたどり着いた。中に入るには靴を脱いでスリッパに履き替えなくてはならないのだ。そして、示された階段はえらく急だった。斜度55度だそうである。45度あれば上からはまっさかさまに落ちそうに見えるというのに55度とは。中に入って順路をたどっていくと、最初ほどではないにしろ、急な階段を登ったり降りたり登ったり降りたりする。移動に困りはしなかったが荷物が邪魔だ。最初に荷物を置いていくよう勧められるはずだ。人の、特に松山の人の言うことは素直に聞こうと思いつつ、天守閣に登って松山の街を見下ろす。
 昨日、エピローグが行われた会場が、すぐ下にあった。

 松山城を降りて、ロープウェイ駅舎のところまで戻ってきた。
「昨日のホットドッグが食べたい」とKが言う。
 じゃあと、大街道とは反対のほうへ歩き出した。市内地図によると単軌道に入ってすぐの駅に出るので、そこから市電に乗ればいい。地図で見た限りではかなり歩くようだったが、10分ほどで着いた。一昨日乗ったときは夜だったので、昼間の景色を見ていない。やってきた市電に乗ったKは「家が近い。面白い」とはしゃぎ回る。ほかのお客さんはぽつぽつと乗ってきては、またぽつぽつと降りていく。生活の足として市電が定着している感じがした。
 松山駅まで戻ってきたところで市電を降りた。駅舎2階のレストランへ行く。ホットドッグを注文した。とたんにKがそわそわし始めた。
「どうしたの?」
「昨日はバカうまと思ったけど、最初の感動があっただけに、きっと今食べても、そうでもないなあと思うんじゃないかと思ってさ」
「あー、まー、初物ってのは、良く感じるものね」
 などとしゃべっているうちに現物が登場した。
 一昨日食べた物と外見は同じである。当たり前か。
 Kが一口食べて「うまー」と言った。
 ご飯を終え、適当に時間を潰した。あとは飛行機に乗って東京に帰るだけだ。東京にあまり遅くについても疲れるだろうと夕方の便にしたのだ。バス乗り場に行ってみると、ちょうどリムジンバスが発車するところだった。飛行機の時間には30分ほど早かったが、行って待っていたほうが気分的に楽なので乗り込む。空港まで10分である。
 バスを降りて搭乗ゲートを探していると、昨日見た顔とすれ違った。
「あれ?」
 Kと顔を見合わせる。
 そっとあたりをうかがうと、昨日見た顔がちらほら目についた。たぶん東京組の演者たちだ。帰るところなのだろう。私たちの便の前に1本羽田行きがある。たぶん、それに乗るのだろう。
「ねえねえねえ、お面つけたら喜んでくれるかなあ?」
「たぶんね」
 Kとそんな話をしたものの、今は劇的な時間ではない。遠慮することにした。見ていると話しかけたくなるので、Kを展望台に誘って飛行機を眺めた。羽田では展望台から飛行機までが遠くて、まるでおもちゃを見ているようだったが、松山は飛行機が近い。飛行機の大きさを実感した。
 搭乗手続が始まった。出発ロビーに入ると、やはり、昨日見たがいっぱい居る。……同じ飛行機だった。話しかけたいのをググッとこらえて機内に入る。中央通路側の座席だ。
 演者たちは座席番号が後ろらしい。Kの脇を次々と、昨日街のあちこちで見かけた人たちが通っていった。
 11月25日、夕方、松山空港を飛び立った。

 しばらくして、この日記を書くために、地図をよーく読み直した。
 左下の注意書きに「合い言葉は黒く塗れ Paint it Black」です。と書いてあった。は、ははははは。
 間抜けな客でごめんなさい。面白かったです。今度はどこでやるんでしょうか? 次も行きます。

        終