矢車通り~オリジナル小説~

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仙台旅行

 
 去年もうかがった講座にお邪魔してきました。
 荒蝦夷さまの東北芸術工科大学〈東北ルネサンスプロジェクトin仙台〉の「小説家・ライター講座」にお邪魔しました。
 ★文体をきたえるテクニック分析 中条省平(ちゅうじょうしょうへい)さま(文芸評論家)
 で、あります。
 『小説家になる! 芥川賞・直木賞だって狙える12講』を書かれた方です。
 去年の日記に「来年もあるようなら、ぜひ、中条先生に読んでいただきたいと思えるような作品を書いてお送りしたいと思います。」と書きました。
 送りました。
 短いので全文掲載です。
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妻が出て行く日

 障子を開けてみると雪が積もっていた。
「おい、麻子」
 返事がない。舌打ちをしながら外に出る。門の手前に雪の塊があった。関東の春の雪とはいえ、埋まったままでは凍死の可能性がある。玄関から踏み出そうとしたら、サンダルの先に雪が付いた。それだけで身が震える。
 声をかけずに背を向けた。
 半透明の男が立っていて険しい目を向けてきた。麻子の昔の恋人で駆け落ちの約束をしていたという男は、この世のものではなくなったのに未練がましく現れた。何も出来ないとわかったので無視することにした。麻子だって、急死の知らせで動転しているだけだ。すがる手が無くなったのに出て行くわけがない。寒さに耐えきれなくなったら家に入るに決まっている。
 あいにくだったな。
 男に向かって口笛を吹くと男が深くため息をついたように見えた。脇をすり抜けて麻子の隣に座り雪の上から肩を抱いた。雪にはなんの跡もつかない。
 きびすを返して玄関の戸を閉めた。急いで茶の間に戻りコタツにあたる。足の先からじんわりと血が巡り始める。テレビを点けた。最近流行りのお笑いをやっている。テレビの中の観客と一緒に笑った。
「おい、お茶」
 返事がない。時計を見上げると二時間経っていた。二十年前は抱き上げることも出来たが、今はどうだろう。「面倒な」とつぶやきながら玄関を出た。二人はさっきと同じ格好のまま座っていた。
 ふと半透明の男がみじろぎをした。麻子の肩を抱いた格好のまま立ち上がった。隣に半透明の麻子が現れた。
「やめろ、やめるんだ」
 とっさに突進した。
 二人は振り返った。笑顔で頭を下げてきた。手をつないで門のほうへ向かう。
「ダメだ、ダメだ」
 麻子の体から雪を振り払い抱え上げた。玄関先に寝かせて冷たくなった頬をこする。半透明の麻子は体に付いてきた。
「湯たんぽはどこだ?」
 毛布を掛けて、湯たんぽをあてて、いや、使い捨てカイロだ。アイデアは浮かぶが、それらの品物がどこにあるのか知っているのは麻子だけだ。お茶の間に戻ってコタツのプラグを抜き、台の上の物を全部たたき落としてコタツを玄関に運んだ。麻子の上にやぐらをかけて、コタツ布団をかぶせる。
「病院だ。救急車だ」
 電話を掛けようとお茶の間に戻ると麻子が立っていた。受話器を取ろうとすると首を横に振った。かまわず電話機に近寄ると手を広げて通せん坊をしてきた。半透明な体の思いがけない肉感に気おされて手が伸ばせない。
「どいてくれ。放っておいたら死んでしまう」
 麻子は真顔になって頷いた。
「家族の世話をすることしか知らないお前が、甲斐性のない男と連れ立って出ていって、どうしようというんだ。野垂れ死ぬだけだぞ」
「独りぼっちで放っておかれたら死んでしまいます。もう子供たちは独立したし、あなたは私に関心を持たない。出ていったら、どんな苦労が待っているのかは想像がつきます。もうすぐ、私たち五十なんですよ? でも、そんな苦労、あなたに片思いし続ける苦しさに比べたら、なんでもないんです」
「さっぱり、わからん。所帯を持ったのに、何が片思いだ?」
 麻子は目を見開き、荷物を持った。
「もう、諦めました。行きます」
 こんな言い合いをしているときに、麻子の携帯電話が鳴り、男の死が告げられ、半透明の男が麻子の隣に寄り添ったのだった。
 このまま死ぬのが、出て行くと決めた麻子の望みか。
 麻子の顔を見る。お互いの顔に同じように刻まれた皺が目尻にある。
 首を横に振る。手を伸ばして麻子のみぞおちのあたりに入れた。受話器を取る。まるで心臓を引き抜いたような気がした。
 百十九番を押した。
 受話器に向かって話しているうちに半透明の麻子と男は消えた。
 最後に二人がどんな表情をしたのかは見ていない。
            終
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 講座の内容をお話するのは、モラルに反しますので致しません。
 ただ、ひと言。
 「ま、負けるもんかああああ!」
 来年は、今年のご指摘をちゃんとクリアした作品を送ります。
 え?
 いや、断言できちゃうんです。中条先生には「小説とはこういうものだ」 という 明確な意識がお有りで、とても具体的な指摘をしてくださるのです。もちろん、どういう根拠かも示してくださいます。ですから、根拠を理解し、筋を通して、一語一語基準と照らし合わせて書けばクリア出来るのです。
 私は越えられない壁は見えないと思っています。
 通常、指摘をいただいたときに自分にクリアするだけの力が無ければ、そこに壁があることすらわからず「何を言われているのかわからないから、相手が言っていることが間違ってるんだろう」と断定します。なぜなら、自分が間違ってると思いたくないからです。その罠は知っていますので「自分が間違っていたら、素直に受け入れること」と自分を戒めておりました。
 今年の中条先生のお言葉は理解できましたので、クリア出来ると言えます。来年は次の課題が見えるといいなと思います。

 一度、仙台にいらしてみてはいかがですか。楽しいですよ。特に作品がテキストとして採用されていると。