稲妻お雪 壱の壱
応仁の乱からが戦国とすると、もう随分経っている。
信長は本願寺に手を焼いて、鉄張りの軍船を建造していると風の便りに聞こえて来る。
遠く離れた越後では、上杉の殿が管領職に責任を感じて、武田の入道と、川中島で小競り合いを繰り返している。
そんな時代の話である。
謙信の使っている乱波に三太夫という男が居る。この男、よほど謙信に気に入られているとみえ、乱波にしては破格の与力並みの禄を貰っている。
お雪というのは三太夫の下のくの一である。
三太夫はお雪を春日山城下の市でひろった。勿論道に落ちていたわけではない。
人買いの手から金十匁を払って買った。そんな気まぐれを何故起こしたのか、自分にも定かではない。
泥人形のような、しかも十にもみたない幼女を性の捌け口に使う程、変態ではない事を彼の名誉のために言っておこう。
幼い日に亡くした妹の事がふと脳裏を過ったのだ
三太夫は妹の面影だけでお雪を買ったわけではない。将来女乱波として使えるという打算もあった。
乱波は目立ち過ぎてはやりにくい。敵対する国に潜入しなければならない。その為には何にでも姿を変える必要がある。百姓・武士・はては僧侶か傀儡子にいたるまで、千差万別である。問題は男には絶対化けられないものが有ることだ。
いつの世にも男色はある。戦国武将の中で男色出ない者を探すのが困難なほどであった。
織田信長がその典型であろう。
しかし乱波の場合遊女に化け、敵の中核へ潜入する事がある。
さすがに男ではこの芸当は出来ない。
くノ一とはそういうものと、割り切っていた。