矢車通り~オリジナル小説~

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稲妻お雪 壱の四

 善介は驚いて叫んだ。
「まった。旦那は気が短くていけないよ。それでよく乱波が務まるねえ。分かったよ。首が飛ぶのは嫌だから、この娘は預かるよ。その代わりこっちにも条件がある」
 江戸時代の主従ではない。利害が合わなければ、何時でもはいさよならである。
「なんじゃ。条件とは」
 三太夫は気味が悪いといった顔できいた。
「この娘が育って小町の半分でもよい。美女に育ったらわしの嫁にくれ」 
 善介は本気のようであった。
 三太夫は呆れていたが、太刀を膝にしばし考え込んだ。
「ふうむ、善介。お前幾つになった」
「旦那と二つ違いだ」 
「すると二十五というところか。わしが三だからな。あと十年たっても三十路半ば、しかしそれまで待てるのか」 
 善介は真面目な顔でこたえた。
「待つよ。旦那がどれ程出世なさるか知らないが、大殿様がて天下をとりなされば、旦那もたとえ小さくとも城持ち大名だ。そうなった時晴れてわしも士分になって、この娘と祝言じゃ。はははっ」
 善介は白い歯を見せ豪快に笑った。
 三太夫は善介の暢気な性格を羨ましいと思う一方、そう簡単に事が運べば、我ら乱波の仕事はいらぬと複雑な気もであった。そもそも大殿は天下を取ろうという野心が無い、といえば言い過ぎかも知らぬが淡泊であった。 何時までも管領職に拘って、甲斐の蛸入道と川中島で小競り合いをつづけている。尾張の小童は本願寺のクソ坊主退治に、鉄張りの軍船で頑張っているのにと、家臣の血の気の多い若侍は切歯扼腕している。
「オジサン、あたいを嫁にするって。笑わせちゃいけないよ」 
 お雪がいつの間にか大きな小袖を何とか身体に巻き付け、まるで鬼灯の化け物のような格好でいった。
「ほう、お前はこの善介では亭主に不足なのか」
 三太夫は太刀を腰に戻しながら聞いた。
「ああ厭だね。こんな狒狒親父」
「おい善介。とうとう霏々親父に出世したらしいぞ。目出度いな。」
 さっき善介に笑われたのを、これで少しは溜飲が下りたとばかり、三太夫は大笑いしていった。