矢車通り~オリジナル小説~

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稲妻お雪 壱の伍

「これは酷い。これでも春日山ではいい男で通っておりますぞ」
 善介はいかにも不足げにいった。
「オジサンよ。鏡を見たこと無いの。猪がせんぶりを舐めたような顔してさ。大方どっかの白首に鼻毛を読まれてやに下がってるんだろ。この助平野郎」 
 お雪の毒舌がますます冴えわたる。
「このあまっ、いわせておけばいいたい放題。どういう育ち方をしたのだ。その分には捨て置かんぞ」
 さすがに温和な善介も怒って脇差の柄に手をかけた。
「どの分に捨て置く気だい。親に売られたこのお雪。さんざん地獄を見て来たから、もう怖いものは無い。さあ、すっぱりやってくれ。切って赤くなけりゃあお代はいらないよ」
 善介は本当に怒ったとみえ、きらっと脇差を鞘走らせた。 
「待った善介。腹も立つであろうが、ここは辛抱してくれ。金を惜しんでいうわけも無いといえば嘘になる。だがな。お雪のこの根性。磨いてやれば一人前の女乱波になると思うのだがな」
 三太夫は慌てて善介に説得を試みた。
 三太夫の言い分には八分の利があるので、善介もようやく矛を収めたが、それからが主としての三太夫には、気苦労が増えた。 
 お雪はのほほんとして只飯を食らい、善介はそれを横目で睨むという、いたって居心地の悪い毎日が三月ほど続いた。
 ある春の夕刻、ふらりと城代の直江勝助が、三太夫の屋敷のしおり戸を潜ったのだ。これは異例なことであった。どだい乱波などというものは、侍扱いしては貰えない。いわば使い捨てのちり紙といったところだ。
 三太夫の場合は少し事情が違っていた。上杉家の遠縁で鎌倉時代から、九代続くれっきとした系図があった。従って謙信の信頼も厚かった。だから小さいながら屋敷も与えられ、士分として扱われでいた。
「どうじゃな」
 直江が声をかけた。丁度昼寝の夢から覚めた三太夫は、寝ぼけ眼を擦りながらいらえた。
「はあ、なかなか」
 何がなかなかなのか、他人にはわかるまい。直江はにっと笑って座敷に上がってきた。
「近頃なにやら面白い買い物をしたと聞くが」
 太刀をわきに置いて、円座にすわりながらぐるりと部屋の中を直江は見をした。
「はあ、お耳に入りましたか」
 三太夫は頭をかいた。
「その買い物が見たいな」
 さらに追い打ちをかけた。