矢車通り~オリジナル小説~

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稲妻お雪 壱の七

「どうやら大殿は信長を覗く布石を打つお考えかと推察いたしましたが?」
 直江は黙って頷いた。   
 その時戸をあけてお雪が入って来た。長い髪を無造作に束ね、小袖を着て、たっつけ袴をはき、腰には短めの刀を差して、もう一端の女侍を気取っている。
「ほう、これが例の買い物か。なるほど聞かぬ気をしておるわい。善介では荷が重かろうな」
 直江はお雪の顔をまじまじと眺めていった。
「あれっ、随分と失礼な爺だな。まず名乗るのが礼儀だろ」
 お雪は臆することなく言った。  
 三太夫は冷汗の思いでお雪を叱った。
「これっ、無礼があってはならぬ。こちらのお方は御家老さまじゃ」 
「ふうん。そのしわくちゃがねえ。でもさ、オジサン。話の順所が違うんじゃあないの。いくらオジサンの上役でも、あたいにとっちやあ只の爺さあね」
 お雪は平然としていった。
「わはははっ、たしかにのう。その肝の据わり方が気にいった。これ娘。その方、三太夫の供で三河へ行って見ぬか」
 直江はお雪の豪胆さが頼もしいとおおいに気に入ったらしく、豪傑笑いしながら問うた。
三河というと家康の狸の所だね。首を打ち取って狸汁にして食うのかい」 
 お雪はけろりといってのけた。
「いや、こ度はお前を引き出物に贈って和議を結ぶつもりじゃ」
 直江はいたって真面目な表情に戻っていった。