矢車通り~オリジナル小説~

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稲妻お雪 弐の壱

 ここまで来たかと三太夫は深編笠を持ち上げて、辺りを睥睨した。
「富士山はやっぱり大きいねえ」
 お雪も側で溜息をついた。だが善介は担がされた荷駄の重みにそれどころではない。
「ちっ、駿河の国で富士が見えるのは当たり前さあね」 
 善介の愚痴をしり目に、二人は緑の草原に聳え立つ、富士の神々しい姿を何時までも眺めていた。
「ところでお雪、今川の大将は今どうなっていると思う」
 三太夫は、お雪を試すように問うた。
桶狭間の戦い織田信長に首を取られ、滅びたんじゃあないの」
 お雪は何をいまさらというように、不思議そうな表情で三太夫を見上げた。
 三太夫はニヤッと笑った。
「今は家康が駿河を支配して居ると思えばさにあらず。今川の支配下なのじゃ。尤も一部ではあるがの」
 お雪は疑わしいといった顔で、富士を仰ぎながらいった。
「いくらあたいが田舎者でも、そんなヨタは止しとくれ。あの根切りの得意な信長が、今川の残党を生かしておく筈は無いだろう」
「お前がそう思うのも無理からぬ事じゃ。かくいうみどもとて、直江様から聞くまで知らなんだのじゃからな」 
 三太夫は草原に腰を下ろし、弁当を開きながらいった。
 お雪と善介は仕方ないと、三太夫の側に腰を下ろし各々の弁当を広げた。