矢車通り~オリジナル小説~

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稲妻お雪 弐の四

「まいないじゃよ。これだけ山吹色を見れば、いかな今川に忠誠心のあつい輩でも、転ばぬ筈はなかろう」
 三太夫は自信満々でいった。
「まあ金に転ばない人間は少ないだろうがね。それじゃやって見るか」
 お雪はそういうと砂金の袋を一つ担げて脱兎のように走り出した。
 三太夫は舌打ちをしながらその後を追った。
「あほう、行き先も聞かず跳びだしおって」
 善介も荷物をまとめてそれに従った。
 三人は草いきれのする道を歩いて行く。この頃の東海道であった。今の感覚でいえば田んぼのあぜ道を少し広くしたようなもので、馬がすれ違えるかも怪しい。  
「あれがそうじゃあないの」
 お雪が指差した方に樹木に囲まれ、こんもりとした丘が見える。
「おお、あれじゃ。さてどうやって繋ぎを付けるかのう」
 三太夫は立ち止り、腕を組んで思案している。
「今から考えていてどうするのさ。あたってくだけろさ」
 お雪は鼻を擦り上げていった。
「おいおい、くだけてしまっては困る。まだ直江様から言い付けられた仕事の半分も果たしてはおらんのだぞ」
 三太夫は怒っていった。
「何力んでるのさ。張り詰めた弓の弦は切れやすいってね。まず、あたいが様子を探って来るよ。その砂金の袋を貸しとくれ」
 お雪はけろっとした表情でいった。
「馬鹿も休み休みに申せ。そこまでお前を信用して居ると思うてか。砂金を持ち逃げせんという保障がいずれにある」
「けつの穴の小さい親方だねえ。そんな事じゃあ大物にはなれないよ。あたいに仕事を任せてごらん。十人分働いて見せるから」  
 お雪は砂金の袋を一つ担げて、さっさと陸のように見える森の中へ入ってゆく。
「おい、どうしよう」
 三太夫はうろたえて善介の顔色をうかがった。
「旦那、こうなっつたら仕方がねえ。お雪のアマに任すんだねえ。大体あのアマッ子を買って来たのは旦那ですよ。相談する相手が違うだろう」
 そういいながらも善介はお雪の後を追った。