矢車通り~オリジナル小説~

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稲妻お雪 弐の伍

 三太夫は郎党二人を見送りながら、幾許かの寂寥感におそわれていた。若いという事は無鉄砲ながら羨ましくもある。歳をとるといろいろ余計な策を弄して、けっく無駄骨におわる。
 ゆっくりと立ち上がって二人の向かった森へ入る。途端に木陰のひんやりとした空気と降るような蝉時雨が満身を包んだ。夏である。越後を出たのが春の終りであったから、この時代でも随分ゆっくりした旅であった。乱波の足なら越後から駿河まで五日もかかれば充分であった。それを時をかけたのは直江家老の指令があったからである。
 織田徳川がはっきり手を結ぶのをたしかめ、それが確実としれてから近づけとのことであった。
 
  なるほどお雪の目の前に有るのは、寺ではない城であった。堅牢な石垣の上に無骨な建物がのっている。
「うへえっ、こりゃ凄いや。ここに楠木正成みたいな軍師が立て籠もったら、なかなか落ちないだろうね。さて、ここが思案のしどころだよ」
 お雪は腕組みをして考え込んだ。三太夫にああは虚勢をはってみたものの、小娘の悲しさ、別にこれといった策があるわけではない。
 そこへ善介が息せき切って駆けつけて来た。
「どうせ旦那にあて付けての啖呵だろうとは思ったが、これからどうする気だ」
 善介は汗を手の甲で拭いながら聞いた。
「うるさいねえ。今その思案の最中だよ」
 お雪はあくまでも強気を崩さない。
「お前の性分には呆れたよ。親の顔が見たいとはお前の事だ。俺に一つ考えが有るんだがやって見るか」
 善介はお雪を焦らすように言った。
 お雪はいかにも悔しそうに唇を噛んで聞いた。
「どんな策か知らねえが、やるしかないだろう」
 お雪は不本意という顔でいった。
「まずお前が旦那から巻き上げた砂金を俺に渡せ」
 善介は強面にいって、お雪に手を差し出した。
「騙して持ち逃げするんじゃあなかろうね」
 お雪は疑わしげな表情で、それでも懐から砂金の袋を取り出した。
「ようし、それでいい。これから俺は越後の人買いに化けるからお前も調子を合わせろ」
「化けなくても人買いそのものに見えるぞ」
 お雪は善介に向かって減らず口をたたいた。
「憎まれ口ばかりきいてると、後が怖いぜ。ところで人買いに見えなきゃあいけねえ。悪いが縛らせて貰うぜ」
 善介はそういうなりお雪をぐるぐる巻きに縛り上げた。
「いてててっ、芝居だろう。そんなにきつくしなくても」
 お雪は悲鳴を上げた。
「本物に見えないと策略はうまくいかないもんだ。すこしの間だから辛抱しろ」
 善介はお雪を引っ担いで、寺の石段を上っていった。