矢車通り~オリジナル小説~

はてなダイアリーから移行させました。

稲妻お雪 参の壱

 お雪を見て荒法師どもは怒るまいことか、善介の襟首を締め上げ、今にも縊り殺す勢いである。
「まだ子供ではないか。かような者に吾等の一物を突っ込んだら、一辺に破れて使い物にならなくなる。だいたいかような山寺に女衒が来るのが怪しい。さてはどこぞの大名に雇われた乱波と見た。それもあまり出来の良くないな。そうと分かれば遠慮はせんぞ」
 そういうと一人が長刀を振り上げた。
 お雪の体がふわっと宙を舞った。キラッと何かが光った。荒法師の一人が頭巾を朱に染めて倒れた。善介の首を絞めていた方は、何が起こったか分らぬまま、わっと悲鳴を上げて門の奥へ逃げ込んだ。
「ざまあ見やがれ。稲津お雪をおもちゃにしようんなんて、ふてえ了見をおこすから閻魔さんの所へ送ってやった」
 お雪はひらっと山門の上から飛び降り、手にした手裏剣の残りを弄びながら、そこへ転がっている法師頭巾をさも愉快げに見た。
「後先を考えてやらんと困るな。これで今迄の俺の芝居が台無しだ」
 善介が不機嫌そうにいった。
「だってさ。何時までも縛られたまんまじゃあ窮屈でいけないよ。それに一向に埒が明かないから踏ん切りをつける為にやったまでさあね」
 お雪は平然と胸を張っていらえた。
 門の奥から先程の荒法師が、仲間を連れて手に手に得物を引っ提げ、ばらばらっと二人を取り囲んだ。
「困ったな。ここで血を見たくないのだが」
 善介は恨めしそうにお雪を睨んだ。だがお雪は平気な顔でいった。
「何を今更。こうなったら二人でこの城を落として、あたい達の物にしちまおうよ。駿河の国に上杉の出城が出来れば、謙信公も天下を望むよたうになるかもね」 
 暢気な事をいいながら、それでもお雪は油断なく身構えた。