矢車通り~オリジナル小説~

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稲妻お雪 参の四

「越後の乱波が何用あって家康の所へ参る。我らは徳川に遺恨ある者、容易にここを通すと思うてか」
「それそれ、そこが相談のし所ともうすもの。貴公等の事情を分かりなが、危うい橋を渡って来たのじゃ。土産を用意せんで何とする」 
 そういいながら三太夫は、砂金の袋を頭分の足元へポンと放り出した。
「これでこの城、いや寺を売ってくれないか。それには条件がある。お主たちがどこぞへ立ち退いてくれなければ困る」
 お雪は三太夫の腹の内が今やっと読めた気がした。血を流さぬ方法で城を落とすのも軍略の一つと、日ごろから言っていたのはこれかと気がついたのだ。
「親分、見直したよ。なかなかの軍師だね。これが旨くまとまったら家康に土産ができるという寸法だ」
 三太夫は商人が駆け引きするような口調で、それでも油断なく身構えていった。
「成程な。我らに此処を引きはらせて、それを手土産に家康に会おう算段か。考えおったな。越後の乱波殿」
 頭は砂金の値踏みをしながらいった。
「我らは乱波ではあるが、この場面で誤魔化したりはいたさん。砂金の重みはきっかり五貫目じゃ。それだけあればこの頭数が、どこぞに仕官するまでの食い縁はあろう」
 これが忍びの仕事と割り切って、三太夫はいらえた。
「さようさ。我らはまことの武士ではない。雇われたらどこの大名の仕事でも引き受ける。だが今度の仕事はちと趣きを異にしておる。家康公はいずれ天下に号令する。そのお方に助成しよう、というのが我れらの大殿上杉信玄公じゃ。それには家康公の喉に刺さった小骨を抜いておかぬとな」
 お雪は思った。これでは喧嘩を売っているのではないかと。如何にもこの荒法師が家康の喉に刺さった小骨と言わぬばかりではないか。
「するとお主は我らを小骨というか。ちと無礼な言い草じゃな。いかに主の今川公が、にっくき信長づれに敗れたとは申せ、かように城を持っておる。まだまだ家康に一泡ふかせる事も出来る立場ということを忘れるな」
 頭は三太夫に高圧的にいった。 
「だからこそ、この砂金で城を買うといっておる。お主達にしても今川あっての城であり、武士の意地であろう。これから先何時までその意地がはり通せるかの。近隣の百姓を絞りあげ、兵糧を調達しておるようじゃが、そんな無理が何時まで続くかよおく考えて見なされ。一騎が起こるのは必定じゃ。越前の一向宗には謙信公も手を焼いておられる」
 三太夫は口をきわめて説得した。