矢車通り~オリジナル小説~

はてなダイアリーから移行させました。

稲妻お雪 四の弐

 質素ながら堅牢な城である。もちろんまだ天守は無い。安土に信長が城を築くのは、これから後四、五年待たなければならい。お雪には専門的な縄張りはわからないが、守りの固いことだけは分かる。
「どうじゃな。そなた我がお館様の城作りの思いが」
 武士が少し自慢げに聞いた。
「まあねえ。春日山のお城と同じくらいか。でもあっちは山城、こっちは平山城。比べる方が無理だよ」
「いかさまのう。そなたのいうとうりじゃな。ほら、あれに見えるのがお館様の住まいじゃ」
 武士が指差した方を見ると、当時流行った復古調の庭の樹木に囲まれ、豪壮な甍が望まれる。
「あれかい。随分贅沢なお屋敷みたいだけど、金は大丈夫だろうね」
「他人の家の懐を心配いいたすな。それより身共は大久保信八郎ともうす。そなたは何ともうす」
「いけねえ。これは失礼いたしやした。あたいは上杉家の乱波のはしくれで、稲津のお雪ともうしやす。今後よろしくお引き回し願いやす」「お雪ちゃんともうすか。二つ名をもつような歳には見えんが、幾つになるのじゃ」
 大久保はお雪の姿があまりに幼く見えたので迂闊にきいた。
「女に歳を聞くなんてあんた相当な野暮天だねえ」 
 すぐに大人びた反撃が返ってきた。
「これはあいすまん。なにせ身共は徳川家きっての野暮天で通っておる男じゃで」
 大久保は謙遜のつもりでいったのだが、お雪には嫌味に聞こえたとみえ、強烈な皮肉を飛ばした。 
「そうかねえ。あたいにはそれだけのご面そうなら、城下の女子衆に持てて身が持たないのかと思ったけどね」
 そうこういっている内に家康の住まっている屋敷に着いた。三河を納める大名の住まいは意外に質素であった。

 家康は庭で弓を引いていた。日に三百本欠かさず引くのが日課であった。年頃は三十路を少し得たというところであろうか、いずれにしても男盛りには違いない。美男ではないが、かといって鬼瓦でもない、ごく普通の壮年武士である。ただ眼光は鋭い。
「おお、大久保か。しばらく無沙汰しておったが、今日は何か用か」
 弓を小姓に預け自らは汗を拭いながらきいた。
「ははっ、さして用があってという訳ではござらぬが、今日身共が城門の前を通りかかったところ、門番の小者といさかいをしておる珍なる小娘がおりました故、お館様の退屈凌ぎに連れてまいりました」
 大久保のいい方がお雪の気に入らなかったと見え、家康に向って凄い啖呵をきった。