矢車通り~オリジナル小説~

はてなダイアリーから移行させました。

稲妻お雪 四の四

「よしておくれよ。あたいのお頭を買い被るのは。そこらに転がっている蜂の頭なんだからさ」
「はははっ、蜂の頭とは、ちと言い過ぎではないか。余の頭痛の種を取り除いてくれたなかなかの頭ではないか」
 家康はお雪の顔を覗き込んでいった。どうも其処らの土民の娘にしては気品があるとにらんだ。
「だめだめ、それが証拠にあたいみたいな屑娘を人買いから買い込んでさ。乱波にしようなんて、どう見ても大した男じゃないね。もう一杯」
 お雪は杯を差し出した。
「おいおい、大丈夫か。そのように飲んで。物惜しみするわけではないが、飲みなれぬ物を過ごして、身体にさわるぞ」
 家康は心配そうにいった。
「大丈夫。あたいのもう一つの名を聞いて驚くな。うわばみのお雪ってんだ。こんな甘ったるい酒で正体を無くすほどヤワにゃあ出来ていないから安心しておくれ」
 家康は気がついた。お雪の強がりの裏にある孤独の影に。自分も子供のころから今川の人質生活で、今の忍耐力を身につけたのだ。この娘は何かしら生まれに秘密があるのだ。
 お雪はどんな生まれかまだこの時点では分からない。そうしないとこの物語の面白さが半減する。
「とにかく大久保の倅に代官を任せる事にしよう」
 家康はそう言って自分も盃を干した。お雪はこの時節にずいぶんのんきな大将だな。あの荒くれどもを追い出して辺りを平定するには、こんな若造では心もとないと、隣で同じく盃を重ねている信三郎を見ながら思った。
「大丈夫かい。こんな優男に代官が務まるかねえ」
 お雪は心配そうにいった。
「懸念はいらぬ。こんな若衆のように見えるが、徳川家の四天王に数えてもよいと余は思っておる」
 家康はどんと胸をたたいていった。
「大将がそういうなら一応信じることにするけど、まさかこっちじやあるまいね」
 お雪は右の手の甲を自分の手のひらへあて、意味ありげににやっと笑った。