矢車通り~オリジナル小説~

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稲妻お雪 伍の弐

「何者っ」
 オリンは叫ぶと屋の飛んできた方角へ脱兎のように走り出した。  
 オリンは雑踏をかき分け敵を追った。安土まで潜入してお市を狙うとは何者か。いづれにしても乱波であろう。そんな事を頭の隅で思いながら、オリンの隼のように鋭い目は敵を見逃せない。人々の間に見え隠れする饅頭の僧の姿であった。手にはそれらしく金剛杖をついている。
 そやつは疾風のように市を抜け町の外へ抜け出し、オリンをまこうと懸命だった。しかし、オリンはその上を行く健脚である。次第にその距離を縮め、今少しで捉える所まで来た。
 オリンは走りながら考える。この雑踏の中で切り合いはまずい。どこぞ人気のないところで決着をつけるのが賢明だと。
「おい、オリン」
 急に横合から声をかけられた。見れば羽柴秀吉が彼特有の呑気そうな声音だが、事情は察していると見え、額に汗を浮かべオリンと並んで走ってる。この時代の武士は健脚でないと務まらない。
「あ奴は何者じゃ」
 それが分かっておればこういうバカバカしい鬼ごっこなどやってはおらぬとオリンは苦笑交じりにいらえた。
 しばらく追ううちにその怪しげな僧は街の外へ出た。青田が広がる畦道を追跡するオリンと秀吉に、手裏剣が飛んできた。それをかわしたオリンはお返しとばかりに僧の足を狙って手裏剣を飛ばした。狙いは正確で僧のももに深々と突き刺さる。
「ギャッ」と悲鳴を上げて僧は青田に転がり落ちた。
 オリンより早く秀吉が、青田の中でもがいている怪しい僧を取り押さえ,刀の下げ緒で戒めた。
「相変わらず人を出し抜くことは上手いですね。猿殿は」
 駆け付けたオリンは皮肉交じりの苦笑を浮かべていった。
「おおさ。これでなければ城持ちにはなれぬわい」
 秀吉の笑いはオリンの神経を逆なでした。どうもこの成り上がりの小男の笑い方は下品である。たしかに長浜に城を持つくらいだからやり手には違いない。だが小細工が過ぎて好きになれない。
「とにかくそ奴を城に引き立て吟味しなければなりますまい。しかし私はお市様がし心配です。ご足労でも曲者の護送は秀吉殿にお願い致します」
 オリンはそういうとと一礼してさっさと踵を返した。