矢車通り~オリジナル小説~

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モテた理由3(鹿山かこ)

※長編のキャラクターをつかむために、キャラクターの過去のエピソードを書いてみています。キャラクターの人となりがわかるエピソードにすることが目的です。物語にはならないかも知れません。

 3月6日。明日の卒業式の前日に『3年生を送る会』が催された。1、2年生による感謝の言葉や歌や漫才やコントのあと、3年生のための告白タイムが用意された。卒業してしまえば、もう自然と顔を合わせる機会はない。最後のチャンスとして、全校生徒の前で好きな人の名前を言う時間があるのだ。その後のことはその場の参加者にはわからない。ただ、何組かのカップルが誕生したらしいといううわさはまことしやかに流れていた。
 『3年生を送る会』が無事に終了し、かこたち2年生は片づけをはじめている。椅子を体育館の舞台の下に収納し、飾りなどを回収するのだ。4時間かかった飾りつけもはずして回るとなると簡単だ。30分くらいで終わってしまいそうだった。
 かこはガシャガシャと手際よくパイプ椅子を集め、片手に2つずつぶら下げて椅子を収納する大きな台車に向かった。早く終わらせたい一心だったが、周りから男子の手が伸びてきて椅子を4つとも持っていかれてしまった。
「無理すんなよ」
 同じクラスになったことの無い男子だった。40人クラスが15組もあるせいか、同学年の半数以上はかこの実体を知らない(実体どころか存在すら知らないかもしれない)。かこは身長が150センチしかないせいか、力が無さそうに思われるが、パイプ椅子を6ついっぺんに運べるのだ。でもせっかくの親切を無駄にしてはいけない。素直にお礼を言った。
「ありがとう」
「任せとけ」
 成り行きで椅子を運ぶわけにもいかなくなった。何か仕事はないかとあたりを見回した。
 舞台の上で洋平がマイクスタンドに手をかけたまま止まっているのが見えた。洋平に向かってダッシュをかけ、三段の階段を駆け上った。
「んー? なんかトラブル?」
 洋平が顔を上げた。マイクに口を寄せる。
「す、す、好きだ」
 マイクの電源はとうに切られている。声はかこにだけ届いた。
「バカ。先輩のモノマネなんかしてるんじゃないよ。かわいそうじゃん。あんなに真剣だったのに」
「え?」
「だから、サッカー部の先輩のモノマネでしょ? さっき壇上に上がった。やっぱ全校生徒の前で告白ってすっごく緊張すると思うんだよね。確かにどもってたけど。それをだ。ネタにするのは……」
「ち、ち、違う」
「違う? サッカー部じゃなかったっけ? いや、洋平サッカーだよね? ラグビーだっけ?」
「いや、違う違う。そっちは合ってる」
「じゃあ。えーと、ああ、ネタじゃないのか」
「そうそう」
「あ、そっか悪かったな。そうだな。洋平がからかったりするわけないな」
「そうだよ」
「ネタじゃなければ……」
 かこは洋平が何を違うと言っているのか考えようとした。
「後藤。マイク片づけるのに何分かかってるんだ。とっととやれよ」
 『三年生を送る会』の実行委員会のメンバーから罵声が飛んできた。
「わあ。すぐやるよ。鹿山、続きはあとで」
「オッケー。手伝うよ」
 スタンドを畳みコードを巻きマイクを所定の位置に戻しに行くと、もうクラスに戻る時間になっていた。軽くホームルームを終えると、それぞれがクラブ活動に散っていった。
 帰宅する時間になってから、かこはそう言えば洋平の話はどうなったのだろうと思い出した。どんな話なのかはわかっていたが、どうしても信じることができない。洋平とはずっといい友達だった。これからもそうだと思っていた。ほかの関係になるなんて考えられない。
 「あとで」と言われただけで、具体的な時間も場所もなかったのをいいことに、かこはさっさと帰宅した。