矢車通り~オリジナル小説~

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モテた理由5(鹿山かこ)

※長編のキャラクターをつかむために、キャラクターの過去のエピソードを書いてみています。キャラクターの人となりがわかるエピソードにすることが目的です。物語にはならないかも知れません。

 今日の授業が終わったことを知らせるチャイムが鳴り響いた。
 かこは帰り支度を整えて、マンガ研究会の部室へ向かった。上履きのまま校舎を出て渡り廊下を進んで別棟に入る。外階段を登っていると男子生徒の足が目に入った。上履きに『後藤』と書いてあるのに気づいて、上げかけたあごを引いた。視線を右下に逃がしたまま、どうしたらいいのかわからず、ただじっとしていた。
 やがて、上履きが動き足が階段を三段下りてきた。視界の中に後藤の顔が入ってくる。後藤がまっすぐ目を見てきた。
「30分ほど時間をくれ。上で話そう」
 こんなシチュエーションは初めてで、どう判断したものかわからない。ぐずぐずと返事をしないでいると、クラブ活動に向かう生徒たちが横を抜けていく。何人かはわざわざ振り向いて、クスクスと何事か囁きあったりする。
 (いよいよ告白?)とかなんとか言われているんだろうなと、いつものくせで考えてしまった。うわさのネタになるのは好きだけれど、やはり内容によっては傷つくこともある。どんな内容の話が出回ってもショックを受けないよう、先回り先回りして考えてしまうようになったのだ。
 後藤についていくかどうか決められない自分。何が起こるのかを予想して自分を守ろうとする自分。意外な自分にとまどって、返事もできずに立ち続ける。
 後藤はと見ると、かこに微笑を向けていた。階段の壁にもたれて、何時間でも待とうとでもいうような、リラックスした姿勢でいる。
 いつもの後藤の笑顔に接して、ようやくかこは唇を動かした。
「ん。わかった」
 後藤の背中を追いかけながら、かこは自分の気持ちを言葉にまとめた。
 屋上は立ち入り禁止になっているので、扉の前に並んで腰かけた。座ると壁が風除けになって、日差しの暖かさだけが届いてくる。
「まず、これ」
「ああ、ありがと」
 後藤が差し出してきた箱は、高級菓子店の包装紙に包まれていた。かこが渡したのは10円チョコ一つなのに。これだけでも気合いの入れ方が違うということがわかる。
「ええと、それで、あの」
「待った。待った。みなまで言うな」
「わかってる?」
 後藤がホッとしたように大きなため息をついてくる。言わずに済むなら言いたくないと、その態度が言っている。
「ああ、いや。あたしは、その、なんだ、後藤みたいな気持ちになったことない、というか、後藤がどんな気持ちなんだか、ちょっと見当がつかない。ぜんぜん経験なくて」
「ぜんぜん?」
「ああ、ぜんぜん」
「幼稚園バスで隣になった子が気になったとか、小学校で嫌がらせばかりしてくる男の子に出会ったりとか、居ると目で追っちゃう男の子がいたりとか、そういうの、しなかった?」
「マンガの中の男なら、行く末の気になる男はいっぱいいるけど。現実ではまったく。だから、ごめん。後藤の気持ち、わかりそうにない」
「いや。いいんだ。ただ、僕がその鹿山のこと好きなんだってことだけ、わかってもらえれば」
「いや、だから、その『好き』ってのがわからないんだって。だいたい、なんで洋平はあたしなんかに目をつけたわけ?」
 後藤が目をぱちくりさせて、次に大声で笑いだした。
「何よ」
「いや。だって『あたしなんか』って。いつも断定的な口調で、きっぱりすっきりモノを言うから、自信家だなあって思ってたのに。意外なところに自信ないんだなと思ったら、なんか笑いたくなった」
「じゃあ、あたしのいいとこ10箇所挙げよ」
「顔がかわいい、下級生にやさしい、上級生にたてつく度胸がある、愛嬌のあるバカ、天然ボケで笑える、面倒見がいい、誰とでも気軽に話す、何をしでかすかわからないビックリ箱、意外と恥ずかしがり屋。そして、ラスト、一番重要なこと。いつも前向きでかっこいい」
 いいところと思えない項目もいくつかあったが、たて続けに出てくる褒め言葉を聞いて、かこの頭はクラクラした。ポーッとした頭で聞き返す。
「かっこいい?」
「そうだよ。かこはかっこいい。だから好き。できるだけ一緒にいたい。顔を見て、声を聞いて、一緒に歩いていたい」
「ああ、それならわかるよ。あたしも洋平と一緒にいると楽だ」
 後藤が首を傾げてうなりだした。「ちょっと違うような気がする」とさんざん騒いだあと、ぽつりと「それでいいや」とつぶやいた。
「じゃ、つきあってください」
 後藤が立ち上がって頭を下げてきた。
「つきあうって何するの?」
 後藤が顔を上げて、追い詰められたように目をぐるぐるさせた。
「そ、それは。何って。だから、えーと。一緒に帰ったり、一緒に登校したり、たまには電話しておしゃべりしたり、試合の応援に行ったり、滞ってる作業を手伝ったり……」
「今までとあんまり変わらないような気がするんだけど?」
「そうか? じゃあ。今までと同じということで」
「うそ。そんなはずない。洋平は告白したんだろ? そんで、あたしは承諾したんだから、なんか変わるはずだ」
「じゃあ、前から、恋人同士みたいなつきあいかたをしていたんだろ」
「あたしは、あと9人、そんな風につきあってる男がいるぞ」
「そんな風につきあってる女は?」
「30人くらいかなあ」
「それは友達が多いだけだよ」
「だから、そういう連中と洋平がどう違うのか知りたいんだよ」
「どうって」
 なぜか後藤が真っ赤になった。
 友達同士ではしないけれど、恋人同士ならすること。
 かこが答えを手に入れたのは半年後だった。
 
                終