矢車通り~オリジナル小説~

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拍手の向こう側(4)

目次
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 玉出ルイは作ってきたメモを、ホームルーム中、何度も読み直していた。ふいに周りがシンと静まったので顔を上げると、壇上の学級委員二人がクラスを見回しているところだった。
「連絡事項は以上です。ほかに何かクラスで、はかりたいことがありますか?」
「はいはいはいはい」
 ルイは勢いよく立ち上がった。メモが手から離れてどこかへ行ってしまう。急に心細くなる。頭が熱くなったような感じになる。
玉出さん。どうぞ」
 何を言うんだったっけ? すっかり内容が飛んでしまった頭で必死になって考える。
 そう、とにかく。
「演劇部が文化祭でどんな芝居を上演したらいいのか考えてもらいたいんですが」
「それはクラブで相談してください」
 学級委員の男子に即答されて、ルイはますます舞い上がった。
「クラブでは相談して。じゃなくて、えーと。人気がなくて。だから教頭が、そういうわけで、みんなの意見を聞いて、ええ、見たいと思う舞台を作りたいから。クラスで聞いてみようと」
 クラス中の注目が集まる。見たこともない物を見るような冷たい視線を受けて、ルイの頭はさらに混乱を増した。何か言おうとする。
「これ、ルイのでしょ」
 三つ先の席の女子生徒が駆け寄ってきてメモを渡してくれた。
「ありがとう。あ、すみません。やり直します」
 ルイはメモを片手に持って、チラチラと見た。
「昨日、教頭先生から演劇部を廃部にすると言われました。交渉の結果、部員を十人集めて、文化祭でお客さんを百人呼べたら、続けていいと言われました。それで、今の演劇部では人気がなくて、とても百人なんて呼べないと思うんで。それで、演劇部が文化祭でどんな芝居を上演したら、みんなが見に来てくれるかなと思って。よかったら、みんなの意見を聞かせてもらえないかと」
「ああ。それならわかります。よかった。玉出さんに宇宙人か何かが憑依したのかと思ったよ」
 学級委員の言葉を受けて、クラス中に笑い声が起こった。
「大丈夫です。憑き物は落ちました」
「そう。じゃ、誰か何か意見ありませんか?」
「はい」
 さきほどメモを拾ってくれた女子生徒が手を上げた。
「演劇部って自分たちのオリジナルばかりをやってるんでしょ?」
「えーと」
 ルイはここ何年かの演目を思い返してみた。
「記録によればここ十年くらいはオリジナルですね」
「オリジナルだと、誰も内容を知らないわけでしょ? そもそも興味の持ちようがないと思うんだ。誰でも知ってるような、何か、有名な戯曲でもやったらいいんじゃないかな」
「有名な戯曲ですね」
 ルイはしっかりメモを取った。
「なんかこう、文化祭を盛り上げてくれるような明るい奴がいいなあ」
 意見が出て言いやすくなったのか、クラスメイトがしゃべりだした。
「明るい奴、と」
 ルイは言われたそばからメモをする。
 ほかに「美人が出てくる奴」「美男子が出てくる奴」「面白い奴が出てくる奴」「漫才みたいなの」「とにかく軽い感じの」「感動的なの」などの意見が集まった。
 間があいたのを見計らって、ルイはもう一度見回した。
「それで、あの、演劇部に入ってもいいという人はいませんか?」
 とたんにクラスメイトの視線がはずれていく。
「うーん。玉出さん。このクラスは全員、どこかのクラブか同好会に入ってるから、そう簡単には」
「あ、そうですね。すみません。兼部でも幽霊でもなんでもかまいませんので、もし、入部してもいいと思われたら声をかけてください。よろしくお願いします」
 ルイは深く頭を下げた。