矢車通り~オリジナル小説~

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拍手の向こう側(14)

浦戸シュウ小説目次

「拍手の向こう側」目次
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          14
          
 一週間後の火曜日、かこは台本をたずさえて学校に向かった。門にたどり着くと野川先生が待っていた。二人で校内に歩きだす。
「倉崎たちがわがままを言ってすみません」
 野川が八の字の眉根を寄せると、顔が「済まない」と言っているような、情けない雰囲気がかもしだされる。
 うーん。かわいい。
 かこは胸のあたりがこそばゆくなるような感覚を味わいながら、一番かっこいい答えを考えた。
「いえ。わがままだなんて。そんな。私が申し出たことですから、気にしないでください」
 軽く口角を上げて微笑んで、野川先生からキリッと見えるよう気を配る。本当は成り行きに流されたとか思っていても、口にはしないのがナイスガイなのだ。
 女性にとってナイスガイであることが、はたして良いことなのかどうかは別にして、かこは自分のアピールポイントは「いつも前向きでかっこいいことである」と思い込んでいた。もう十二年も前に初めての恋人に刷り込まれた情報なのだが、かこ自身はそんなことはすっかり忘れ果てている。理由を意識したことはないが、とにかく、自分はかっこいいがウリなのだと信じて疑わない。
「そう言っていただけると助かります。あの、不躾で申し訳ないのですが、鹿山先生にはいつまで演劇部に関わっていただけるのでしょうか? あの、お仕事がお忙しいのではないですか?」
「ええ、まあ。普段はもっと忙しいんですけど。今、充電期間でして。仕事を減らしているんです。あと半年は、こうして、出かけたりすることを優先するつもりです。ですから、もし、ご迷惑でなかったら、文化祭までつきあわせていただきたいのですが」
「ああ、そうなんですか」
 野川先生の顔がパッとほころんだ。
「迷惑だなんてとんでもない。ぜひ、お願いします」
「と言っても、週に一度くらいしか来られませんけど」
「それじゃ、毎週、鹿山先生にお会いできるんですね」
 心なしか、野川先生の声が嬉しそうに聞こえる。
「ええ、あの、それで、よかったら、ちょっと台本をチェックしていただけませんか?」
「いえいえ、問題などあるわけありませんよ」
「いいえ。一人で書いていると、どうしてもひとりよがりな部分というのが混じってしまうものなんです。先週の様子から考えると、美園たちに指摘させるのは無理っぽいですし。ぜひ、野川先生に目を通していただきたいんですが」
 野川先生がはにかんだように微笑んで、足を杉の大木のほうへ向けた。かこも同じポーズで方向転換する。
「常に自分がしていることを点検しているんですか?」
「自信がないんですよ。何度読み直しても自分では自信がもてなくて、ほかの人に『面白いよ』と言われて、はじめて(ああ、面白いんだ。よかった)と思うんです」
「自信たっぷりなように見えましたが。倉崎たちの前では」
「あんまり緊張してくれるもんだから、なんだか、自分がすっごい大物になったような気がしちゃったんですよ。見栄を張ったんです」
「見栄ですか」
「美園たちには内緒にしといてくださいね」
 かこは唇に人指し指を当てた。
「ええ、もちろん」
 野川が目を見てうなずいてくる。
 見つめ合う二人、という状態を続けていたかったが、ムードを出している場合ではない。石のベンチに腰掛けるとカバンからレポート用紙にまとめた台本を出した。
 隣に座った野川が受け取って読みはじめる。
 先週より、ちょっと、座る位置が近いような気がする。
 かこは両手を両脇に置いて、ベンチの冷たい感触を楽しみながら、野川の体温を右肩でほのかに感じていた。