矢車通り~オリジナル小説~

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拍手の向こう側(27)

浦戸シュウ小説目次

「拍手の向こう側」目次
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         27
         
 前日のリハーサルは、二時間繰り上げて行われた。吹奏楽部、モダンダンス部、合唱部、日本舞踊部、フラダンス部、チア・リーダー部と続き、最後に演劇部となる。五時間かけてのリハーサルだが、どのクラブも滞りなく進んだ。
 演劇部のリハーサルも無事に終わった。心配していた幕の上げ下ろしや、背景の移動も、頭で考えていたときよりスムーズにできた。客席の真ん中をあらかじめ空けておいてもらえることになったので、客席に下りてする芝居も準備なしでスムーズにできることになった。
 セリフの掛け合いが少し遅れてきている。あと一回通す時間がある。テンポに注意しながら、もう一度演じれば、きっとできるようになる。
 美園は部室に向かいながら、片手に持った台本に最後のチェックを書き込んでいく。途中で角浜が「マン研をのぞく」と言い置いて離れていった。
 こんなにギリギリまで。
 角浜が助っ人だということはよくわかっているのだが、あからさまに演劇部は二番目という態度を取られると不満が頭に浮かぶ。世話になっているのに悪く思うなんてわがままだなと自分でも思う。頭を振って美園は台本に没頭していった。
 部室に戻ると、まず衣装を脱いでメイクを落とした。四時半を回ったので、先に帰り支度をする。一回通して、終わったら、すぐ帰るのだ。門を出るのが六時半より一分でも遅れるとクラブは活動停止になってしまう。これは、どの部でもどんなタイミングでも同じ、学校の鉄則となっている。
 外でバタバタと人が走るような音がした。
 角浜がバタンッと大きな音を立てて、ドアを開いた。頭を深く下げてくる。
「すまん。間に合わない。手伝ってくれ」
「おう」
 海がすぐさま答えて立ち上がる。
「行くのはいいけど、角浜くん、衣装脱いでよ」
 なみっちが角浜をビシッと指さした。まみが角浜の手を握って引っ張ってくる。小柄なまみが大きな角浜を引きずってくると、まるでマンガのワンシーンのようだ。まみとなみっちが神父の衣装をはぎとり、りのとなりっちが角浜のメイクを落とす。
 海とだうらとこさくとルイはカバンを持った。
「ほら、美園」
 ルイに促されて、美園の頭に血が上った。本番は明日だ。
「ま、待ってよ。練習しなくちゃ。会話のテンポが遅れてる。本番で遅れたら時間オーバーして失格になる。公演中止なんか食らったら、廃部決定じゃない。冗談じゃ……」
 パチンッと、高い音が響いた。頬が熱い。徐々に痛みがやってきた。
 目の前に、ルイがいた。美園を睨みつけている。
「いこ。みんな」
 ルイが視線をはずして出て行った。角浜が何か言いたそうに振り返ったが、まみとなみっちに押されて出て行った。りのとなりっちが腕を組んで出て行く。だうらとこさくが足早に美園の前を通りすぎた。
 海が出入り口のところで立ち止まった。
「頭冷やせ」
 それだけ言って出て行った。
 美園は呆然と座り込んだ。
 本当に演劇部の存続の心配をしているのは、美園ただ一人だったというわけだ。いや、そんなことは最初からわかっている。だから、いい加減な態度に我慢してきたのだ。でも、肝心なところで我慢しきれなかった。
 三人どころか、今は、一人だ。
 バタンッと大きな音を立てて、扉が開いた。
 海だ。
 海が大股で近づいてきた。
「手が足りないんだ。早くおいで」
 怒って、出て行ったんじゃなかったの? どうして、いつもと同じ穏やかな声なんだろう。美園の胸のつかえが取れた。
「角浜くん。こんなギリギリになって言ってくるなんて。マン研、計画ミスなんじゃないの? 今日やっても間に合わなかったら? 明日もやるの? 本番にも間に合わなかったら、どうなるの? 嫌がらせとしか思えないよ」
 自分でもひどいことを言っていると思う。でも正直な気持ちだ。美園は嗚咽した。
 海が腰を落としてしゃがみこみ、美園を下から見上げてくる。
「マン研ね。印刷機の調子が悪くて、ずっと困っていたらしい。でも、角浜は美園の焦りがわかるから、ギリギリまで言い出せなかったんだ。美園に知らせずに自分たちで済ませられるのなら、そうしたかったんだよ。美園だって同じじゃないか。美園が一人で処理できることなら、みんなには言わずに済ませたいだろ? 今回は、どうしても、間に合わないから。しかたなかったんだ。角浜は美園に悪いことしたって言ってたよ」
 角浜くん、お人好し。
 いいか悪いかと言い出したら、美園のほうが悪いに決まっている。マン研を優先してかまわないから参加して欲しいと口説いたのは、こちらのほうだ。それに大道具に時間を取らせたのはこちらだ。マン研のほうで何かあったら手伝うと約束していたのに、いざ、緊急事態になったら時間が惜しくなって拒絶したのだ。
「僕は美園が悪いと思ってるけどね。さっさとみんなのとこ行って謝ろうよ。時間が経てば経つほど、やりにくくなるんだ。謝罪って」
 スパッと『悪い』と言われて、返って、気持ちが軽くなった。
「許して、くれるかな、みんな」
「さあ。ルイは一発殴ってすっきりしたんだか、もう、あんまり言ってないけど。まみなんか、ひどく怒ってたし」
「そう」
「さあ」
 海が立ち上がった。美園のカバンを押しつけてくる。
 美園はカバンを受け取ると走り出した。いったん足を止めると、もう前に進めなくなるような気がする。
 まみ、と、つぶやくたびに美園は足を早めた。