矢車通り~オリジナル小説~

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稲妻お雪 壱の参

 善介はお雪の身体を布で拭いてやりながらいった。
「御家老様だって本当の事をいうとはかぎるまい」
 三太夫はこれを聞いて、煙に噎せた
「おいおい、貴様は何故そう頑固なんだ。小野小町確かに色々な書物にあるのは確かだ。小埜家とうのも古代から続く名門だ。でもその中に小町という女がおった確たる証拠はないのだ」
「ならば何でおりもせぬ女が絶世の美女に化けたんだ」
 善介はなおもすっぼんの様に食い下がる。
「もう勘弁しろよ。女は若い時は綺麗だが、歳をを取れば醜くなる。それをよおく承知で買えという古人の戒めじゃろう」 
 三太夫はややくさっていった。
「おじさん達、何を下らねえ事を喋ってるんだい。折角高いおあしをは払って、あたいを買ったたんだろう。寒いよ。あたいが風邪をひいてくたばったら、それこそ大損だよ。何とかしておくれよ」
 お雪が絹を裂くように叫んだ。  
 三太夫はその声に慌てて、市でお雪と一緒に買って来た包を善助に放って命じた。
「その中に着物がある。着せてやれ」
 なるほど、包をといてみると赤い小袖が出てきた。
 善介はそれを見て思わず噴き出していった。
「旦那、そりゃどっかの女郎から貰って来た小袖ですか。この子には大き過ぎますよ」
「おいおい、善介。子供は時期に育つものだ。古着を買うなんて無駄はしないのがわしの流儀。これで包んでおけば風邪はひかんであろう」
 三太夫は納得のしかねる屁理屈をこねた。
「そんなものでございますか。おい小娘。諦めてこれを着なさい」
 善介はそういってまだ娘というには程遠い、平べったい子の胸を包んでやりりながらいった。
「悪いけど仕方がないか。買われた身だもんね。野垂れ死にするよりはねえ」
 そういうのを聞いて主従は、あんぐり口をあけて顔を見合わせた。 
 その言い草があまりに大人びて、生意気に聞こえたからだ。さらに悪口は続く。
「どうせもう二三年もたたちゃあ、霏々親父とおねんねだろ。小町の姐さんにゃあかなわねえだろうが、あたいも顔にゃあ自信があるんでね」
 善介は三太夫に近づき、脇を突いて行った。
「旦那、とんでもない買い物をなさったねえ。わしはこんな阿婆擦れを飼うつもりはないからな」 
 三太夫も聊か驚いたが、弱みを見せたら寝首を掻かれかねないのが乱世の習いである。
「主の命は絶対じゃ。貴様がこの娘を飼うのが嫌というなら仕方がない。そのそっ首を落とすからこれへ出せ」
 三太夫は太刀の柄に手をかけた。