矢車通り~オリジナル小説~

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稲妻お雪 四の参

「やいっ、お前が家康か。何が東海一の弓取りだ。家臣の口のきき方の躾けも出来ねえ大将は、大将として認めねえからそう思え」
 家康はお雪の剣幕にはさすがに驚いたようだが、大久保から事情を聞いてからからと笑い出した。
「わっははは。あの頭痛の種であった今川の残党を血の一滴も流さずに片付けるとは、上杉公は油断のならぬ大将と見た。礼をいう。さっそく代官を派遣せねばならぬが誰がよかろう。おい、大久保。いっそお主が引き受けてくれぬか」
 これをを聞いていたお雪は面白くない。
「おい、家康。いい加減にしろよ。あの連中を始末したのは、謙信じゃあないよ。あたい達、乱波の働きじゃあねえか。下の者の苦労に感謝しねえ大将は長続きしないよ」
 家康はこれを聞き、お雪の器量が並々でないと悟った。そこで小姓に命じて、堺のあきんどの献上したカスティラを持ってこさせ、勧めながら問うた。
「親御はおられるのか。たしかにそなたのいう通りじゃ。大将がいくら頑張っても兵が思い通りに動かねば戦には勝てぬ」
 お雪はカスティラを怪しみもせずに口へ放り込みながらいらえた。
「親がいりゃあ、この歳で乱波なんて危ない仕事をやるもんか。旨いけどちょっと甘ったるいや。南蛮には血のような赤い酒があると聞いたよ。一杯所望したいね」
 家康は酒はあまり嗜まぬが、それでも寝酒にちびちびやっているワインを所望されて驚いた。
「いやあ、これは参った。余の寝酒を所望するとはな。これワインを持って来てつかわせ。信八郎、越後の乱波は凄腕よのう」
 家康は苦笑しながらいった。
「いかさま、童がこれでは頭の腕は服部半蔵とよい勝負かも知れませんなあ」
 信八郎も賛同して頷いた。ところがお雪は腹を抱えて笑い転げた。