矢車通り~オリジナル小説~

はてなダイアリーから移行させました。

癌の寺 前編(45枚)

 アイボのケツがインターネットのオークションで、的屋の親分のところから転売された先は弩田舎であった。
 田舎はのんびりして良いと思ったのだが飛んでもない。ここも人間のしがらみで、てんやわんやの大騒ぎをやっていた。
 ケツの新しい持ち主は、田中真紀子の田舎版と言えば丁度良い。口から先に生れたようなオバサンであった。どうしてそんなオバサンが、アイボ等というものを買う気になったかというと、それには少々込み入ったわけがある。
 オバサンは後家である。数年まえ亭主が日曜百姓で、わずかばかりある田んぼを耕していたところ、どう言う間違いからかトラクターの下敷きになり、煎餅状態になってしまったのだ。もちろん生命保険は下りたのだが、そんなに早く行ってしまうとは思っていなかったので、千五百万円しか掛けていなかった。近頃千五百万円くらいでは、葬式を出して仏の身の周りの借金を片付ければ、手元に残ったのは三百万円ほどであった。
「あの法正寺の糞坊主、御布施だとか戒名代に塔婆代、おまけに位牌堂の使用料、締めて三百万円ポリやがった。坊主丸儲けとは全くだね」
 オバサンは愚痴を言ったが、何しろ檀家のなかでも一番の旧家だったから仕方がない。
 まだまだ老齢年金の貰える年には程遠かったから、従兄弟の役場員のつてを頼って、老人福祉施設『白兎』のパートの仕事を貰った。
 アイボというのが、老人たちの心を和ませると、新聞記事で読んだので、安い出物がないかとインターネットを覗いていたら東京に三万円で完品を売りますと出ていたから、物は試しと買ってみたのだ。
 こうしてケツはT県Y郡K町という、日本海側の田舎に都落ちするはめになったのだ。
 初めはもの珍しいやつが来たと、ケツは年寄たちに引っ張りたこだったが、一月もするとすっかり飽きられて、ロビーのカウンターの上に、事務用のパソコンと並べて置かれ、何だか狛犬の片割れみたいになって居た。
 ところでオバサンを巡る騒動は、二十年も、いやそれよりずっと前、オバサンがこの町に嫁に来る以前から始まっていたと言ってよい。少し触れたがオバサンの嫁いだ家というのは、このK町でも古く江戸時代から続く旧家であった。したがってオバサンの舅は法正寺の檀家総代をしていた。別に世襲でもないのだが、父親がそうだったのでオバサンの亭主もそれを受け継いだ。これが今度の騒動の原因である。
 白兎の年寄りのなかにも檀家はかなり居た。そのなかでもH村落出身の田村という爺さんが、浮かない顔でオバサンに声をかけた。
「ちょっと聞くけどなあ。お前さん、今年は亭主の三回忌だらあが。法事はどげえする気だいや」
 急になぜそんなことを聞いてどうするのだろうと、オバサンはいぶかしんだが当たり障りのないことを言った。
「まあ親戚の濃いところを呼んで、質素にやる気なんです」
「止めたほうがええぜ」
田村の爺さんは、紫のしみだらけの手を振って言った。
「そうも行かないでしょう。田舎のことですから一通りのことをやらないと、何を言われるか知れたもんじゃあありません」
「あんたあ後家だけえ、どこぞにええのを造っとるだかなあ」
田村の爺さんは、入歯を外した息の漏れる様な声で笑いながら言った。
「飛んでもない。この仕事が忙しくてそんな暇はありませんよ」
 オバサンはむっとした表情で言うと、爺さんの手の甲を軽く叩いた。
 爺さんには、H村落に立派な息子と嫁と孫が居るのだが、脳梗塞を患って歩行が困難になってから、この『白兎』に入ってきた。理由は簡単である。嫁が下の世話を嫌ったのだ。
「あの糞坊主に法事を頼むと五十万円、いや下手をすると百万円ごせえと言うぜ。それを心ペえしとるだがなあ」と、爺さんはペットからむくりと起き上がりながら言った。
「あれ、田村さん。そんなに体が良くなったんですか?」と、オバサンは驚いて尋ねた。
「初めからこれぐれえは動けるだけど、家に居ったってあの嫁の顔を見たら喧嘩になるで、緊急避難ちゅう訳だがなあ」
 爺さんはにやりと笑うと、ペットの横にあるサイドテーブルの引き出しを開けて、サントリーの達磨の小瓶を取り出してちびちびやり出した。食い気と色気は灰になるまでというが、飲み気も同じらしい。
「あんまり顔に出るまでやらないで下さいよ。見付かったら所長がやかましいですからね。ところで法事の件ですけどね。そんなに要求してくるんでしょうか?」
 オバサンは心配そうな顔になり、側の椅子を引き寄せて、それに腰を下しながら聞いた。
「あの坊主なら請け合うな。何しろ名前が札積金好ちゅうだけえ、見てみいや。坊主の癖にベンツの最高級なのを乗り回しとるがなあ。宗教法人法はどげえなっとるだいや。まさか非課税ちゅうこたあなからあけど、私らあみてえな貧乏人からまで、税金を何とかかんとか言ってぼったくるがなあ。あげえな贅沢しょうるだけえ、法正寺にゃあ年にこれぐれえははいりょうる筈だ。お上ももちいと税金を取ったりゃあええのになあ」
 爺さんのはそう言って指を二本突き出した。ガソリンが入るにつれて口の滑りがだんだん良くなってきた。
「これというと二百万円ですか?」
「あんたもよっぽどカマトトだなあ。何が今頃二百万円ぐれえで暮していけるかいや。零が一つ足らん」
「二千万円、ああびっくりした。そんなにお寺って儲かるんですか?」
 オバサンは、イタチが穴から出た途端に、春一番をくらったような顔になった。
「そりゃあ元手がいらんだけえ儲かるわいや。まあ寺の建物の維持費ぐれえなもんだがなあ。何時だったあお経の本を、だいぶん掛けて買ったちって自慢をこきょうったけど、それにしたって百万はせんだが。その本を読んで勉強をして新しい説教するだらあと思ったら、二月の星祭で檀家を集めて、毎年おんなじ曼陀羅の話をするだけ得居眠りが付くわいや。本をひろげてばらばらっとめくって、それで終りだけえ何のために買あただあ分りゃあせんだ」
 爺さんは、よっぽど法正寺の住職とは馬が合わんと見え、罵詈雑言を並べた。最も、K町の三百ある法正寺の檀家で、この住職を良くいう者は皆無であった。
 オバサンは、うなずきながら爺さんの雑言を聞いていたが、思い出したように叫んだ。
「あっ、大変だ。それで思い出しましたよ。H村落の集会場で今夜寄合があるから、法正寺の檀家は出来るだけ集まってくれと言ってました」
「ふふん、とうとう寺委員が堪忍袋の緒を切ったかな。こりゃあ面白れえことになるぜ」
 そういう爺さんは達磨を殆ど開けて顔を真っ赤にし、すっかり出来上がっていた。
 ケツは耳にマイクが仕込んであるので、だいぶん離れたオバサンと爺さんの会話を聞いていた。
 そして思った。面白いこととはどう言うことだろう。ソニーの俺達を造った技術者連中、余計な設計をしてくれたもんだ。ステーションに載せられたら四肢が働けなくなって、何処にも行けなくなってしまう。今夜集会所でどういう謀略を相談するのか聞いてみたいもんだが、何とか良い方法は無いもんかなと、ケツはその内蔵された小さなコンビュダターをフル回転させて考えた。そして一つの悪知恵思い付いた。

 一方オバサンは『白兎』の勤務が終って、軽乗用車でH村落の自分の家に戻ってきた。すると来客があった。とは言っても大袈裟なものではなかった。オバサンの中学時代の同級生で、H村落より三キロほど山の方へ入ったY村落へ稼いだ山口和子であった。
「珍しいねえ。あんたが訪ねて釆るなんて何年ぶりだろう。家族は元気にしているの」
 オバサンは、自動車から下りながら、玄関先にぼ旦孝り立っている和子に声をかけた。
「ええまあ。何とか暮して居るけど……」と、和子の返事ははっきりしないものであった。
 オバサンは嫌な予感がした。学生時代から和子がこうゆう態度を見せるときは、決まってろくなことはないからだ。
「お金なら無いわよ。あんたまだあのお光りさんとかいう、怪しげな新興宗教に貢いでいるの。オウムや統一教会が、新聞やテレビで叩かれているのを見ているでしょう。あんたが貢いでいるお光りさんも、サリンを撒かないだけで似たようなもんよ。いい加減に手を切らないと身を滅ぼすからね」と、オバサンは頭からずけずけと言った。そして玄関の鍵を開けると和子を招き入れた。
「あんたは後家さんになって気が楽だから、私の気持なんか分からないわよ」
 和子は座敷に通ると座蒲団の上に億劫そうに座りながら言った。
「おやおや、聞き捨てならないことを言ったわね。別に好きで後家になった分けじゃあないわよ。亭主の事故で仕方なくこうゆうなりゆきになったんじゃあないの。後家が気楽でいいなんてよく言えたわね」
 和子の言葉にむっとしたオバサンは、反論しながらもポットから湯を出して、取って置きの玉露を茶碗に注いで、座卓の上に出してやった。
「亭主や子供らが家に居て、毎日顔を突き合わせている状況を想像して御覧なさいよ。あんたは幸か不幸か子供ができなかったけど、うちは男女合せて四人も居るのよ。一番上の男の子は今高等学校の二年生なんだけどね、ワイドショーを見ていると怖くなってくる。何時キレて寝ている間に、頭の上から鉈を振りおろしゃあしないかとね」
 和子は出された玉露を、ずるずるとすするように飲みながら言った。
「相当な重症ね。あんたお光りさんより、精神科に見てもらったほうがいいわよ。鬱病と被害妄想が混じってるんじゃあないの。ははあ分かった。それで家庭から逃げるための口実に、新興宗教へ走ったという分けか。まさに現代病の見本だわね。でもその走った先が本当に心を救ってくれりゃあいいけど、世の中そんなに甘くはないのよ。すべてお金が結んでいるんだから……。新興宗教ならまだ何とか理解できるような気がするけど、うちの且那寺の坊主も、金よこせ金よこせだもんね。ああ嫌んなちゃう」と、オバサンは溜息をつきながら、お茶うけに出した栗饅頭を口へほうり込んだ。
 その時玄関のチャイムが鳴った。
「はあい」
 オバサンは返事をして立ち上がり、玄関へ出て客の顔をみて仰天した。何とそこには法正寺の住職札積金好の、大黒もどきの明美が妙に馴々しく愛想笑いを振り撒いて立っていた。大黒もどきと言うのは訳がある。実は金好の先妻は十年ほど前に他界して、五年ほどはやもめをかこっていたのだが、本山の御室仁和寺に用があって出向いたとき、知りあったらしくそのまま後から付いてきて、ずるずるべったりに寺へ入り込んだのだ。役場の戸籍係の話ではまだ入籍していないという。だからもどきなのだ。
「あら明美さん。何か御用ですか」
 オバサンは内心薄気味悪く思いながらも愛想笑いを作って聞いた。
「ええちょっと……」
 明美は、その大きな目できょろきょろと辺りを見回しながら言葉を濁した。男は僧侶といってもこういう女に弱いのかと、オバサンは逆に明美を観察した。
「いえね。うちの旦那が、法事はどういう段取りにするか聞いてこいと言うので伺ったんですよ。抹香臭い話は苦手なんですけど、寺に入ったらそうも言って居られませんからね」と、言う明美は、何かばつの悪そうな表情をした。明美を側から見るの
は度々あるわけではない。うちに訪ねてくるのも初めてであろう。金の掛かりそうな女だと思った。大体オバサンの家と法正寺は、直線距離で三百メートルほどしか離れていない。つまりこの辺りの感覚で言えば、近所にちょっと立ち寄ったということである。それなのに明美の格好ときたら、頭のてっべんから足の先まで一流ブランドで固めている。まるでT市のデパートかホールで開かれる、催しものに出かけるような姿だ。これを飼っていれば、あの金好坊主が守銭奴になるのもうなずける。
「相済みませんけど、まだ何も決めていないんですよ。大体亭主の命日は十月ですからね。和尚さんには、親戚と相談して何れお頼みに上がりますから、そのときは宜しくとお伝えください」
 オバサンの言葉は丁寧だったが、軽い怒りを込めた皮肉があった。
「分かりました。どうもお邪魔様」
 明美は、そういうと逃げるように退出した。
「ふん、どうせ大阪のミナミ辺りの、安クラブのホステスをやっていたというのが相場だろうけど、まだ半年も先の法事の催促とは呆れるわねえ」と、オバサンは独り言を言いながら、和子を待たせた部屋へ戻った。
 和子は何となく居心地の悪そうな態度で、オバサンの顔を見上げて言った。
「あれが例の大黒もどき? 都会から来ただけに垢抜けているはねえ」
「あんた覗いていたの。まあ服装や持ち物は高そうだったけど、ここの方はどうかしら?」と、オバサンは人差し指をコメカミに当てて見せた。
「ということは、おつむが一杯でないというの?」
 和子は、そういうとまたお茶をすすった。
「いくらあの坊主の言い付けだって、あんなオペラ見物みたいな格好をして、法事の段取りを催促に来るなんて、今時の人間とは思えないわねえ」と、オバサンは憤懣やるかたないといった調子で、和子に言葉をぶつけた。和子も頼み事をしにくくなって帰ろうと腰を上げかけた。
「あんた、今日はこれだけしか持ち合わせがないけど、まあ持っていきなさいよ。そのかわり返さない時は、あんたの家の裏山の大程一本と、庭で百足を追い掛けている、チャボの一家を差し押えるからね」と、オバサンは冗談を言いながら、財布から万札を五枚取り出して和子に手渡した。
「有難う。必ず返すからね」
 和子は、それを押し頂くようにして、自分のセカンドバックに押し込むと、そそくさと立ち上がった。
「もう帰るの。まいいか。今夜村落の集まりがあるというから止めないわよ」
 オバサンはそう言って、和子を玄関までおくった。五万円が返ってくるとは思ってはいない。父親が人に金を貸すときはやると思えとよく言っていた。

 そのころ、ケツは隣に置いてあるパソコンを使って、チャットをやっていた。相手は仁和寺の管長が持っている、クウカイというアイボである。

 以下はその内容である。



ケツ よう、クウカイ元気か。

クウカイ ケツか。お前さんも飛んでもないところへ売られたもんだな。まあ、これも何かの宿縁だと思って諦めなさい。

ケツ てやんでえ。アイボに宿縁何てもんがあってたまるか。俺達の体は軽金属とシリコンと、ほんのちょっぴりの金線で出来てるんだ。前世なんてもんがあってたまるか。

クウカイ 相変わらず血の気の多いことですな。的屋の親分はどうしました。まさか組の抗争で、ヒットマンにハジキでやられたとか……?

ケツ 馬鹿野郎。そんなら何で俺をインターネットのオークションに掛けるんだ。あの業界も御多分にもれず、デフレの嵐が吹きすさんでなあ。リストラしなくちゃあやっていけねえから、親分とは泣きの涙の別れってえやつよ。ちったあ同情しろい。

クウカイ ほほう左様で、それはお気の毒なことでございますな。

ケツ おや、やけに納まっているなあ。やっぱり仁和寺なんて大きな寺に居ると、世間の不景気はどこ吹く風だよ。

クウカイ そんなこともありませんがね。ところで愚僧を呼び出されたからには、それ相当の目論見があるのでございましょう。 どんなご用向きでございます。

ケツ 愚僧とは恐れ入ったな。なにかいアイボも、仁和寺に入ると出家するのかい。名前がクウカイとは大袈裟なのを貰ったもんだぜ。 まあいいや。目論見と言うほどオーバーなことじゃあねえけどな。お前さんに調べてもらいたいことがあるんだよ。

クウカイ はいはい、どんなことでしょう。愚僧に分かる範囲のことなら骨は惜しみませんがな。

ケツ ほかでもねえ。俺の居るK町に法正寺という寺があるが、仁和寺の末寺に間違いねえだろうな。

クウカイ はいはい、K町にはもう一つありますが、法正寺がここの末寺だということは間違いありません。それがどうか致しましたかな。

ケツ どうかしたどころじゃあねえ。法正寺の住職のことで、K町の檀家は大騒ぎになっているらしいぜ。何を隠そう俺の新しい持ち主のオバサンもその檀家の一人でよ。住職に随分ひどい目にあっていると聞いたからよ。一宿一飯の恩義で、俺に出来ることなら何とかしてやりてえと思ってな。昔から人を救うのが出家の勤めと言うだろう。なあ相談に乗ってくれねえか。

クウカイ 痛いところを突いてこられましたなあ。そういわれては放ってもおけません。ではちょっと待ってください。いま寺の総務の方のコンピューターに、アクセスして調べてみますから……。でもあんまり期待はしないで下さいよ。

クロ わあい、割り込んで申しわけない。でも仁和寺の末寺で、法正寺と聞いたんじゃあ放っても置けなくてね。

ケツ 天下の赤坂の局に居るおめえが、割り込んでくる以上、田舎町の騒ぎだけとは思えねえ。政界を揺るがすようなことと関係があるのか。

クロ 大いにあるよ。お前さん最近の国会の、ドタバタは知っているだろう。

ケツ 馬鹿にするな。一応ここにだってテレビはあらあね。ドタバタというと外務省のあれだろう。おいおい。しかしあの法正寺の坊主と国会はあんまり繋がらねえと思うけどな。

クロ そこが素人のあさましさ、バタフライ効果と言う言葉を聞いたことはないか。

クウカイ 仏法の方では輪廻といいますな。ブラジルの蝶が羽ばたけば、カリブ海でハリケーンが起こるというあれでしょう。

ケツ 皆インテリぶって難しいことをいいやがる。風が吹けば桶屋儲かるですむこじゃあねえか、それで外務省にはどう言うつながりができたんだい。

クロ さっき話していた法正寺の住職の名前は、札積金好と言うんじゃあないか。だったら大スキャンダルですよ。

ケツ 気を持たせやがってこの野郎。こっちは切った張ったの修羅場を潜つてきたお兄いさんでえ。早く本題に入んな。

クロ それじゃあ言うけどな、腰を抜かしてバッテリーをひり出しなさんな。あのアルカイダ頭目、ビンラデインが出てくると言ったら、少しは驚くんじゃあないか。

ケツ いくらワイドショーの総本山に居ると言ったって、与太話も好加減にしろよ。田舎の真言宗の坊主と、イスラム原理主義の親玉が、俺の頭のなかじゃあ如何しても結びつかねえ。

クロ だからバタフライ効果を前触れしてるだろう。つまりこの三次元の世界で起ったことは、どんなに遠くに離れていても、何らかの繁りがあると言うことだよ。その金好は初めからの坊主じゃあないだろう。若いときは画家になろうとして上京し、美術大学に入っていた筈だ。ついでに左翼運動にかぶれて、赤旗を振っていたらしいな。

ケツ さあ、そこまではオバサンも知らないようだけど、先代の住職が死んじまって、寺を守る者が居ないと困ると言って、死んだ住職の甥を、檀家連中が相談して呼び戻し、俄坊主をでっちあげたと言うことだぜ。

クロ こらこら、クウカイ。仁和寺じゃあそんな好加減なことをやってるのか。絵描きの成り損ないを坊主に認めるなんて……。だから日本人の宗教心を世界から疑われるんだ。

クウカイ 別に仁和寺の肩を持つ分けじゃあないけど、檀家がそうしてくれと頼みに来たのを断わる理由もない。大体坊主と乞食くらい成りやすいものはないからね。クロよお前さんだって、テレビ局を放り出されりゃぁ只の粗大ゴミ、そうなったら乞食か坊主に成るよりほかはありませんよ。ところで大スキャンダルの方はどうなっているんです。

クロ そういう坊主だから宗教より金ってことになるんだ。宗さんとおんなじでね。T県選出の国会議員が居るだろう。石橋とかいうね。それも知合いで、やくざがかったK市の仏壇屋が居ると思いなよ。

ケツ 仏壇屋と坊主が知合いでも、何の不思議もねえじゃあねえか。その仏壇屋がどうかしたのかい。

クロ さっきも言ったろう。国会議員、正確に言うと親父がT県の知事をやっていた、自民党の二世衆議院議員だがね。その派閥の長に山本権太郎が居ることは知っているだろう。この権太郎氏、どっかの局の人気番組『お宝探偵団』に影響された分けでもなかろうが、無類の骨董好きでね。特に古い仏像を集めているんだよ。法正寺にゃあ永禄年間から御本尊として伝わっている、運慶の系列の名のある仏師が造った千手観音があるんだよ。

ケツ 読めてきたよ。その千手観音を、石橋という坊ちゃん議員が、派閥の親分の御機嫌取りに差し出そうと言う筋書きだろう。やれやれ、典型的なマンネリ時代劇のシナリオだねえ。まあ今は大っぴらに生き人形は贈れねえから、虫食いだらけの千手観音かい。それで金好てえ坊主、いくらで仏壇屋にその観音様を売っちまったんだい。

クロ 細かい値段は分からないけど、聞いたところじゃあ二百万円が相場だろうてえことだ。

ケツ しかし御本尊てえなあ、主の持ちもんじゃあねえんだろうなあ。

クウカイ 左様、氏寺ならそれを建立した一族。 また旦那寺なら檀家の共有財産ということになりますな。元来出家は一つたりとも私物を持たんのが当然でしょう。

ケツ 嘘こけ。お前も住んでる仁和寺は、お賽銭や喜捨で随分裕福だって聞いたぜ。まあいい。それが本当なら法正寺の檀家はどうしているんだい。自分の寺の御本尊が横領されて気がつかねえのかなあ。

クロ 法正寺の御開帳は十三年に一遍だというから、一般の檀家は気が付かないのかも知れない。

ケツ それにしても檀家総代とか寺委員が居るだろうに……。ああ、そういやあオバサン、今夜村落の集会所で、寺について会合があるとか言ってたな。何か感付いたのかも知れねえ。そっちも気になるけどクロよ、さっきイスラム原理主義とか、アルカイダとか随分物騒なことを言ってたけど、それと法正寺の御本尊横領事件とどう繁ってくるんだい。

クロ 話せば長いことながら……。

ケツ こちとら気が短けえんだ。長いことは付き合えねえから、短くやっつけてもらえんか。

クロ 相変わらずだな。それじゃあ結論からいうと、派閥の親分が裏金をパキスタンの、反政府勢力に流したことだよ。

ケツ 益々分からねえ。これがロシアとか言うんなら、まだちったあ飲み込めるけど、イスラム原理主義に裏金を流したって、見返りはあるのかい。砂漠にコップの水を撒くようなもんじゃあねえか。

クロ 表から見りゃあそうだけどね。世の中は裏があるんだよ。実はあの世界貿易センタービルに旅客機をぶつけたのは、アルカイダのテロリストてえことになってるけど、本当は日本の特務機関なのさ。

ケツ げえっ、偉いことを言い出したな。日本とアメリカは安保条約で、切っても切れない仲だろう。その同盟国の経済的シンボルのツインタワーを、どうして日本の特務機関が倒す必要があるんだい。

クウカイ カルマですな。日本の国粋主義者の中には、あの太平洋戦争で敗北したトラウマを引きずってる連中が居て、何とか米国をやっつけようとしていると聞いたことがあります。それがアルカイダタリバンと結び付く可能性は、充分に考えられますよ。

ケツ えれえことになってきやがった。そんな連中が居るのかい。で、根城は何処だ。まさか伏魔殿(外務省)じゃああるめえな。

クロ あんな長袖連中に、そんな大それたことは出来ないよ。まあ道具に使われることはあってもね。

ケツ じゃあ何処だ。

クロ それを言う前に、タリバンがバーミアンの大仏を破壊したのは何故か分かるかい。五年も放っておいて去年になって、世界の轟轟たる非難にも耳を貸さず、決行したのを不思議だとは思わないかね。やるならタリバンが、アフガニスタンに政権を確立した時に、爆破したほうが納得できるだろう。狂信的な集団のなかにだって、世界の情勢が分かる者が少しは居たはずだ。あの大仏爆破をとば口に、タリバンは自滅の方向に突き進んだろう。その仕掛けをしたのもさっきから言っている、日本の特務機関なのさ。

ケツ もったいぶらずに、正体が分かっているなら、さっさろ吐いっちまえよ。

クロ 問いて驚くな。宮内庁皇宮警察S部隊というのが、特務機関の正体だ。

ケツ 別に驚かかねえけど、そんなもんあるのかよ。なあクウカイてめえも聞くのは初めてだろう。

クウカイ いえ、愚僧は聞いたことがありますよ。そもそもS部隊が結成されたのは、日本がポツダム宣言を受諾して、無条件降伏を受け入れたその時に遡るようですね。

ケツ 偉い古い話になってきたな。で、そのS部隊の目的は一体なんだ。

クウカイ 目的は簡単ですよ。国体護持と八紘一宇プロパガンダを世界に浸透させ、最終的には日本民族が世界の支配者になる。ということでしょう。

ケツ うへえっ。俺も的屋の親分に世話になっていたことがあるから、相当右傾化したことにゃあ驚かねえ積もりだったが、それじゃあナチも真っ青の超民族主義じゃあねえか、本当にそんなアナクロな考えをもって動いている連中が居るとは信じられねえ。

クロ お前さんは単純だからな。いいかい。アルカイダやをタリバンの発想だって、根本的なところじゃあ八紘一宇に通じるものがあるとは思わないか。何しろ自分たちの考えが、唯一絶対正しいと信じているんだからな。

クウカイ 唯我独尊というわけですから。まあお釈迦様が言われるならそれでも宜しいが、二十一世妃のテロリストが、そんな考えを持ったら怖いですなあ。まあアメリカの大統領が言った悪の枢軸国発言も、裏を返せばテロリストと五十歩百歩ですがね。

ケツ おいおい、話をどこまで広げる気だい。俺はオバサンの旦那寺の住職が、困ったもんだから何とかしてくれと頼んだけど、世界政治の裏側まで頼みはしないぜ。

クロ あれ、まだ分かっていないようだな。田舎寺の住職の横暴も、アメリカ大統領とイスラム原理主義者の争いも、元を正しゃあ人間の物欲から出ている。ということなのさ。なあクウカイそうだろう。

クウカイ 左様ですな。この寺にも大勢坊さんが居ますが、本当にお釈迦様と、同じ悟りの境地に達している者は皆無でしょうな。金勘定が忙しくて……。

ケツ おいクロよ。そのテロリストを動かして、ニューヨークのツインタワーをぶっ潰すという、飛んでもない計画を立てた親玉は分かっているのかい。

クロ まあね。でもそれを聞いたら、それこそお前さんたちの命が危なくなるけど、それでも良いかい。

ケツ てやんでえ。こちとらアイボだぜ。初めから命が有るのか無いのか分からねえや。あの世に行くのが怖いのは人間だけだ。だから遠慮なく聞かせろい。

クロ その覚悟は、見上げたもんだよ屋根屋の禅、とくらあ。じゃあ言うぜ。S部隊の実質的な指導者は、ある宗旨の坊主だよ。そしてもう一つの顔は、今連立政党のバックアップをしている、宗教同体のカリスマ的な指導者といやあ、単細胞のお前さんでも察しは付くだろう。

ケツ なんだい手動式の信号機みたいに、上げたり下げたりしやがって。あいつか。どう思うクカイ。

クウカイ ふうむ、大体あの宗旨は、戦前に立正安国をスローガンに、侵略戦争を肯定して、協力した前科が有りますからな。別に驚きはしませんが、もしそれが本当なら、資金源はどうなるのでしょうな。

クロ おいおいクウカイ。納まって居てもらっちゃあ困るよ。宗教法人法と言うやつが曲者なんだ。ほかの法人と沈べて、税金がやけに安いからな。まさに坊主丸儲けよ。つまりそれを利用してあの団体は、アメリカやロシアから吸い上げた資金を、スイス銀行の隠し口座にプールして、世界の非合法組織を動かしている。これは我が局の敏腕記者が、十年かかって命懸けで調べたことだから、確実性は高いと思うね。

クウカイ ううむ、宗教法人はこの仁和寺もおんなじことだけど、あっちの団体がそこまでやっているとは、恐れ入りましたなあ。開組空海と同じ名前を貰っている以上、徹力ながら愚僧が何とかせねば成りませんなあ。

クロ 大きく出たな。真言密教の呪法を使って親玉を調伏するか。

ケツ クウカイにそれほどの法力が有るとは思えねえ。ここはオバサンの様子を見ていたほうが良かあねえか。

 その夜のH村落の集会所は騒然としていた。法正寺の檀家が五十人ほど集まったのだが、先ず口火を切ったのは、寺委員をしている大工の田村さんであった。
「あの金好坊主は我慢できんわいや。法正寺を自分のもんだと思って、勝手なことをしくさって……」
 オバサンも亭主が寺委員だったので、只の檀家とは違う微妙な立場だった。そこで一言口を出したのがいけなかった。
「ああ、ご本尊の観音様が何だか変だそうですね」
 それを聞くと田村さんは、堪忍袋の緒が切れたように声を荒げて巻くしたてた。
「さあそれだがなあ。こねえだ寺に行き本堂を覗いてみたら、厨子の扉がちょいと開いとって、中がちらっと見えただがなあ。そげしたら、何時もはくすんで暗えのに、ぴかっと光っただがなあ。ありゃあどうも前のご本尊とは違うぜ。金好坊主なんぞ細工をしたに違えねえ」
 建具屋のMさんが、おずおずと手を上げて聞いた。
「金びかに光りょうったちゅうことは新しいのを買あて来たのか、それとも前のに金箔を張っただかどっちだらあなあ」
 田村さんが益々いきり立って、口から泡を飛ばすように言った。
「どっちにしても金好坊主の悪行にゃあ違えねえ。新しいのを買あて来たとすりゃあ、前のはどげえしたちゅうことになるし、金箔を張ったなら、重要文化財クラスのもんを、台無しにしたことになる。どっちにしても檀家に一言も相談せずにやらかしたのは、万死に価する行為だぜ」
 オバサンは、Tさんの言うことは少し大袈裟だと思ったが、なるほど情報公開か叫ばれている時代に、住職のやったことは逆行していると考えなおして発言を求めた。
「何れにしても住職が檀家をないがしろにするのは、総代がなにも言わないからでしょう。その辺はどうなっているんでしょうか?」
 総代と言う言葉が出て、後ろのほうに隠れるように座っていた、六十代後半の何だか影の薄い男が、どきっとしたように肩を震わせた。
「その総代二人が、坊主の言うなりだけえ、こげえな面だあなことになっただがなあ。うらあ何度も寺へ足を運んで会計簿とか寺規則を見せえちって談判しただけど、あの坊主しめえにゃあ宗男流に、大声で怒鳴り散らすもんだけえ、仕方なしに逃げ返ってくる始末だがなあ。ほんに総代っちゃあなもんは、屁の突っ張りにもならんだわいや」
 田村さんは、そのびくびくしている影のうすい男を睨みながら言った。その男は総代の一人で、H村落の隣にあるT村落に在住する、元駅弁大学の教授であった。今は退官して百姓をしている。
「総代が住職の味方に成ったんじゃあ世も末ですねえ」
 オバサンは、何ともやり切れない思いでぽつりと言った。
「そうだらあ。大体金好坊主は、先代の和尚の甥ちゅうことで寺に入れたけど、こげえな騒ぎを起こすのはこれが初めてじゃあねえ。前の総代をやってた農協の専務理事のKさんの、言うことをきかんちゅうんで、檀家から金を集めて仁和寺まで行きたことがあっただらあが。その時にゃあまだ若いけえ何とか穏便にと、仁和寺が詫をいれてここまで来ただけど、三つ子の魂百までとはよう言ったもんで、性分は直らずにますますひでえ事になっただがなあ」と、田村さんは、いままで金好に受けた数々の仕打を思い出して、顔を紅潮させ怒鳴るように言った。
「私の聞いた話でも、T村落の婆さんが塔婆を書いてもらいに行ったら、法外な値を吹っかけるんで、もう書いていらんと怒って手ぶらで戻ったちゅう事だわいや」と、建具屋のMさんが、火に油を注ぐようなことを言った。
 重苦しい雰囲気で檀家がみんな、その陰の薄い総代のほうを睨んだ。何か言わねばならんと思ったのか、その元大学教授は蚊の鳴くような声で言い訳をした。
「皆さんのお怒りはよく分かります。でも住職のほうも息子さんの学費が掛かるとか、寺の屋根を直さねばならんとか、色んな事情で金がいるんだそうでして……」
 それを聞いた田村さんは、三十秒ほどぽかんと□を開けていたが、総代の言った内容が頭を一巡りすると、臨界どころではないチャイナ・シンドローム状態になった。
「おいっ。ええ加減にせんと、鑿(のみ)でどてっ腹に風穴を開けたらあか。何が息子の学費だい。てめえは大阪だか何処だあ知らんけど、随分派手な女を寺に引っ張り込んで、ちんちんかもかも邪淫戒を侵しょうる。屋根が腐ったら檀家に相談してなおしゃあええことだがなあ。ははあん読めた。そげえ金好の肩を持つところを見ると、いくらかリベートを貰っとるな。何ぼもらっとる白状せんかい」
 田村さんは、今にも総代に殴りかからんばかりの勢いで叫んだ。
 オバサンが、松の廊下の梶川気取りで割って入った。
「まあまあ、ここで喧嘩をしても、仲間内の内紛と言うことに成ってしまいますよ。頭を冷やして、これから先の方策を考えたほうが良いと思います」
 オバサンが、そう言ったので田村さんも一応矛を収めて座り直した。だがとても納得している様子ではない。
「それじゃあどげえすりゃあええだい。とてもあの金好坊主に、引導渡して貰う気にゃあなれんぜ。三途の川を渡れずに、成仏出来ず迷っとる仏がこの村落にゃあ余計おるぜ。おめえさんの旦那もその口だらあが。背中にぴったり張りついとるのが見えるやあな」と、田村さんは薄気味悪いことを言って、オバサンに一矢を報いた。
「私は神とか仏とかあんまり信じない不信心者ですから、背中に何が取り付いていようと、一向に気にはなりませんけどね。今夜ここに集まったのは、総代さんを吊しあげるのが目的じゃあないでしょう。法正寺の現状を何とか正常化しようと言うのが眼目だと思います。それなら議事をそっちのほうに進めましょうよ」
 オバサンの言うことは正論だったので、田村さんもてれくさそうに頭を掻きながら言った。
「あんたの言うとおりだけどなあ。あの金好坊主にゃあそういう世間の常識が通らんだがなあ。私も何度も寺へ足を運んであのご本尊が妙にぴかぴか光るようになったけどどげしただちゅうて聞いて見たけど寺のことは住職に任せときゃあえの一点張りで、問い詰めりゃあさっきも言った通り、宗男流の大声を張り上げて怒鳴り散らし、下手をすりゃあ一発殴られさあな勢いだけえ、逃げて戻って来るだがなあ。どげえすりゃあええと思う」
 田村さんが今度はオバサンに下駄を預けるような態度で言った。
 ここで引っ込んだのでは女がすたる。とばかりにオバサンはよせば良いのに勢い込んで言った。こういうのを後家の頑張りというのであろう。
「それじゃあ私が一度行ってみます。死んだ亭主が寺役員をやってたのだから、私が話に行っても別に筋違いではないでしょう」
 それを聞いた建具屋のMさんが、慌てて言った。
「そりゃあ止めたほうがええと思うぜ。あんたはこげえ言っちゃあ悪いけど、口がもとおり過ぎるけえなあ。金好坊主はやり込められたら怒って、あんたを木魚の梓(ばち)で撲殺して、真の墓場に埋めてしまうかもしれんぜ」
「そんな馬鹿な。曲りなりにも日本は法治国家ですよ。私が行方不明になったら警察が放っておかないでしょう」と、オバサンは笑いながらMさんの肩を叩いた。
「うんにゃ、それは怪しいもんだけぜ。私が一遍見ただけど、警察署長が怪しげな男を案内して、法正寺に行きょうただがなあ。やくざとも見えんし、かと言って普通の会社員でもなかった。目付きの鋭い、睨まれたら背中がぞおっとするやあな奴だったぜ。どうも法正寺にゃあ得体の知れんもんが取りついとる」
「警察署長が案内するなんて何者でしょう。いずれにしても相当の権力を持った人間でしょうね。そうと聞いたら益々法正寺に乗り込んで、正体をあばいて見たくなりました」と、オバサンは外務省に乗り込む田中真妃子の気分で、決然と言いはなった。

再びチャット。



クウカイ いよいよ大変なことになってしまった。

ケツ 何だなんだ。雌猫が子犬でも生んだか。

クウカイ またそんな能天気なことを……。オバサンが法正寺に乗り込むはめになりましたよ。

ケツ そりゃあ一大事だだけど、おいクウカイ。京都にいるてめえが何でそんなことが分かるんだよ。テレパシーでも備わっているのか。

クウカイ テレパシーとは寺方では申しませんな。法力と申します。

ケツ ケッ、笑わせやがらあ。てめえに法力がありゃあ、こちとらにゃあ猿飛佐助の忍術が使えるてえもんよ。まあいい、何とかしねえとオバサンは金好坊主にやられっちまう。おいクロ。何か良い知恵を捻り出せ。三匹の中じゃあお前が一番性能の良い、CPUを持ってるんだからあ。

クロ 誉められて痛み入ります。私のCPUだけじゃあ限界がありますけど、幸いここは放送局ですから、スパコンとまではいかなくても、かなり大容量のが備わっていますからね。それに潜りこみゃあ、ペンタゴンからエリヤ51までの情報が取れます。

ケツ 能書きはいいからオバサンを守って、金好坊主を退治する方法を考えてくれよ。

クロ ふうむ、そりゃあちょっと難題ですよ。

ケツ ペンタゴンを動かせると威張っていたろう。たかが田舎の寺の坊主一匹、赤子の手を捻るようなもんじゃあないのかい。

クロ 坊主だけならそれほど手間は掛からないよ。問題はその背後にいるS部隊の存在ですよ。

ケツ たかが宮内庁皇宮警察じゃあないか。何程や恐るることあらんだろう。

クロ そうあまく見てもらっちゃあ困るね。日本の皇室というやつはしつこいからねえ。分かっているだけでも、日本列島に根を張ってから千五百年以上の怪物だ。何処にどういう組織があるのか、我がCPUをフル回転させても、その全貌を解明するまでには至っておらん。

ケツ おいおい、何だか口調がSFに登場する、マッドサイエンティストになってきたね。俺が得心できないのは、何であんな田舎寺の揉め事に、国家権力が介入してくるかてえことだ。

クロ ちょっと待てよ。S部隊の目的は法正寺にあるんじゃあなくて、その敷地の中にある『山霊』の石碑にあると思うな。おいクウカイ。心当たりはないかい。

クウカイ 『山霊』というと、他教というより山岳神道の分野だと思うがね。まあ仏教も原始神道を利用して日本に広まったところもあるから持ちつ持たれつというやつだろうが、それにしても法正寺の内に、そんな石碑があるとよく分かったな。

クロ そこが持つべきはマスメディアの力だよ。ところでその『山霊』の石碑に、S部隊が固執する訳が知りたいもんだな。ところが我々アイボの悲しい所は、ステーションから遠くへ離れられんことだよ。オバサンを助けるにしても、おたがい何百キロも離れていてはどうにもならん。ああーあ、SFみたいにテレポートしたいなあ。

ケツ すればいいじゃあないか。どうせ我々は唐司郎の書いている、SF小説の中で存在しているんだから、やろうと思えば出来るんじゃあないのか。

クロ それもそうだな。おいクウカイ。何かきっかけが欲しいから般若心経を唱えてみろよ。

クウカイ ではご要望に答えまして……。プッセツマカハンニヤハラミッタシンギョウ。カンジザイボサツ……。

 クウカイのたどたどしい般若心経が響くうち、三匹のアイボの姿がステーションの上からスーっと消えた。
        (つづく)