矢車通り~オリジナル小説~

はてなダイアリーから移行させました。

続・肝試し(1)47枚

 相変わらず宇宙船は地球の周囲を回って居た。
その中では、例のとぼけた三人の宇宙学生が、今度はどの時代でいたずらをしようかと、相談をしていた。
「おい、あの爺さんをからかってから大分経つな。 退屈になってきた。そろそろ次の目標を決めようじゃあないか」
 小太りの学生が言った。 もぐもぐと口を動かしているところを見ると、冷蔵庫から何か出してつまみ食いをしているらしい。まったく意地汚いやつだ。冷蔵庫と言っても別に白い箱がある分けではない。壁に手を突っ込んで取り出せばそれまでだ。傍目から見ると手品を使っているようである。
 この前の物語では、彼らの名前がローマ字でそっけないものであった。だから作者の罪滅ぼしに、今度はちゃんとした名前をつけておこう。
 太ったのをビヤダル、やせたのをバット、女の子をメリーとでも呼ぶ事にする。安易にすぎると彼らに怒られそうだ。
「ビヤダル、また悪い癖が出たね。 この前はあんな爺さんの、老後の付き合いを長いことさせられてくたびれたよ。まったくろくな事は考えないんだから」
 メリーはうんざりしたように言った。
 バットが賛成するようにうなずいた。
「ビヤダルの思い付く事は大体そんなもんだよ。昭和の肝試しは失敗だったから、今度は戦国時代にでも行ってくるか。何しろ我々の宇宙船は、タイムマシンでもある分けだからね」
 バットは、さも自分の考えがすばらしいものであるかのように胸を張った。
「戦国時代。やめときな。大河ドラマでもあるまいし。今更織田信長徳川家康をからかってみたって、何の意味もないよ」
 メリーがそう言いながら空中を浮遊して姿を消した。どうやらトイレらしい。
「戦国時代と言っても、応仁の乱から百年もあるんだぜ。織田信長徳川家康などと言うメジャーが出てくるのは、後半の五十年じゃあねえか。その前の五十年はまさに群雄割拠で、分けのわからない馬泥棒や、油屋が前の殿様を倒して、大名にのし上がった時代だからね。考えて見りゃあ面白い時代じゃあるめえか」
 ビヤダルは自分の勝手な理屈をのたまいながら、また冷蔵庫に手を突っ込んで何か食べる物 を探している。
「ふむ、そう言うへ理屈もあるか。で、ビヤダル。お前さん心当たりの馬泥棒は居るのかい」
 バットはその細い体をくねらせながら、半分からかうように言った。
「ないこともないがね。バット。目黒伝之助と言う名前に心当たりはないか」
 ビヤダルは冷蔵庫から乾燥バナナを引っ張り出し、口へほうり込みながら言った。
「目黒伝之助。はてな、何処かで聞いた事があるような」
 バットはその乾燥バナナを、細い体で巻き込むように、一本横取りしながら言った。
「東大の同人誌で、『月猫通り』というのを読んだ事はないのかい」
「そんな気味の悪い雑誌に興味はないね」
「じゃあ知らないわけだ。唐司郎と言う変人がいて、その雑誌に『大江戸太平記』と言う、下手な時代小説を連載しているんだがね。その中に目黒伝之助なる登場人物が居るわけだ」
「そんなもん知るかい。で、目黒伝之助は何処の馬泥棒だったんだい」
 バットは鼻を鳴らして、さも馬鹿にしたように言った。
「馬泥棒とはちょっと違うがね。まあ山名宗全の乱波だったと言うから、似たようなもんだ。そこでビヤダル。ものは相談だが、この宇宙船をタイムマシンに切り替えて、目黒伝之助が居たと言う時代の、山陰地方に行ってみようじゃあないか」
 バットは、まるでオカマのような、粘液質の気味の悪い言い方をした。
「おいおい。オスギみたいな声を出すなよ。背中がむずむずしてきた。まあ退屈していたところだから、何処へ行ってもいいがね。問題はいま用を達しているメリーだよ。女はこういう時に融通が利かないからね。どうやってその気にさせるか、お前さんに任せるよ」
 ビヤダルはなるほどと言う表情で、トイレの方を見た。バットに任せると言われては、急に自信がなくなってしまう。何しろメリーと言う女は気が強くて、男を男とも思っていない。地球探検に連れてきたボデイガードくらいにしか思っていない。山陰のしかも戦国時代に行くと言ったら、先ず九分九厘反対するだろう。
 そうなれば大学の単位にも影響する。さてどうすればよいかと、ビヤダルが腕を組んで考え込んだ。もっともこの表現は地球人に当てはめての事である。客観的に見れば、只の真っ白い空間に、横山えいじ描くところの、奇妙な生き物がふわふわ浮遊しているだけである。だがビヤダルの心配は杞憂であった。メリーはもっと怖いことを企んでいた。それはこの物語を進めていけば段々分かってくる。
 やがてメリーが用を達して、さっぱりした表情で戻ってきた。
「私がトイレに行っている間に、どんな悪企みを思い付いたの」
「人聞きが悪い。悪企みとはひどいよ。次はどの時代を探検しようと相談していたんじゃあないか」
 ビヤダルが腹の内を見透かされたように、慌てて言い訳をした。
「下手な言い訳はみっともないわよ。で、何処へ行く事になったの」
 メリーが嫌にあっさり言うので、男二人は気味が悪いと顔を見合わせた。
 その時宇宙船に搭載しているコンピューターが、けたたましい警戒アラームを鳴らした。
「いけねえ。どうやら米軍の衛星に見つかってしまったようだ」
 慌ててバットが叫んだ。
「だから無駄口をたたいているんじゃあないのよ。バリヤーの点検を怠っているからこういう事になるの。こうなったら隋徳寺を決めるのよ。何処でもいいから時間を飛びなさい。ただし未来はだめよ。今よりもっと警戒がきついから」
メリーは嫌に落ち着き払って言った。
「こうなったらやけだ。ビヤダルの言う戦国時代の山陰地方へ飛ぶか」
 バットはそう言うと、宇宙船をタイムマシンに切り替える操作を始めた。
 
 ここはペンタゴンにある会議室の一つ。今しも二人の将軍が苦虫をかみつぶした表情で対峙している。胸にはべったりと、略綬をまるで蠣殻のようにつけている。軍人と言う輩は、上に行くほど見栄を張りたがる。
 一人はアメリカ陸軍のケント大将。今一人はロシア陸軍の、モロゾフ中将であった。
「どうも困ったものですな」
 そう切りだしたのはモロゾフ中将の方であった。
「さよう。あの正体不明の宇宙船には、おたがい手を焼きますな。貴国がスプートニク衛星を打ち上げられた頃から、その存在は確認していたのですが、冷戦と言う厄介な事情で、情報交換もままならず、現在まで放置していたのですが、民間の天文学者やマスコミに嗅ぎ付けられ、妙な情報を流されては、世界中がパニックになって、テロリストに利用される恐れがあります。貴国と協力して、宇宙船の正体を突き止め、できれば補足したいのですが、いかがなものでしょう」
 ケント大将は饒舌を振るった。モロゾフは、やっぱりヤンキーは軍人でも口が軽いなと腹の中で冷笑した。
「同感です。しかしあの宇宙船は特殊なバリアーを張っていて、電波を使うレーダーでは容易に発見出来ませんから、貴国のスペースシャトルを利用できぬものでしょうか 」
 モロゾフはそう言うと相手の表情を探るように見た。
 ケント大将は暫く考えていたが、やがてこう言った。
「それも一つの方法でしょうが、スペースシャトルと言うのは、案外動きの不自由なもので、行動のすばやい宇宙船を補足するのは先ず無理でしょう」
「ならば貴官におかれては、どういう方策をお考えかな」
 モロゾフは、やっぱりヤンキーはこの程度のものかと思ったが、それを顔色に表すような馬鹿ではない。静かな口調で聞き返した。
「今総力を挙げて方法を練っているとしかお答えできません。それより貴国には名案がないのですか。ソビエト時代には、超能力の研究を盛んにやられていたと承っております」
 ケント大将は皮肉混じりに言うと、テーブルの上の葉巻を取り上げ、一方の端を噛み切って火をつけた。
「超能力の研究はお互い様でしょう。貴国のCIAも、大統領や議会の目を盗んで盛んにやっておられましたな」
 モロゾフも、テーブルの上に置いてある象牙細工の葉巻入れから、断わりもせずに一本取り上げ、自慢のライターで火をつけた。
「超能力の研究は、全くの国費の無駄使いでしたよ。だから未だに宇宙船の乗組員と、テレパシーでコンタクト出来ずに、右往左往していのが現状でしょう」
 ケント大将はそう言って苦虫を噛み潰した。
「そうでもないでしょう。かなりあの宇宙船の正体を掴んでいると聞きましたよ」
 モロゾフは優越感に満足したような表情で、葉巻の煙を吐き出した。
「これはまた奇妙な事を伺いますな。我が国のどこの機関がそんなことに成功したと言うんです」
 ケント大将は驚いた表情を隠さずに聞いた。
「いや、小官も確実な事は言えませんが、我が方の情報部からの又聞きによると、NASAの一部の部門が、宇宙船を捕らえるため、似たような性能のタイムマシンを開発したらしいですよ」
 モロゾフは驚くべき事を言ってのけた。ケント大将は思わず吸っていた葉巻を床に落とした、
 この辺で彼らが話している宇宙人の動向に話を戻そう。

 彼らの宇宙船はタイムマシンモードに切り替えて、応仁の乱の時代に時空をワープしていた。もっとも宇宙船の高度から地球を見れば、先ほどの光景とあまり変わりはない。太陽の光を受けて青く光る海と白く輝く雲が眩しい。
「さて時間的にはこれでいいはずですよ。それでどこへ降りりゃあいいんです」 メリーが皮肉たっぷりに言った。
「『大江戸太平記』によれば、目黒伝之助は因幡国八上郡佐貫村の、水尾城に居たそうだから、日本列島に高度二万メートルまで降下してもらおうか」
 ビヤダルが何の苦労もないような、のほほんとした調子で言った。
「はいはい。まあこの前の爺さんをからかうより、鎧武者を相手にした方が、スリルがあるかもしれないわね」
 メリーはそうぼやきながら、宇宙船の高度を下げる操作をした。
「断わっておくけどメリー。NHKが放送するような、派手な戦国絵巻きを期待していたらがっかりするぞ。実際のこの時代の武士は、半分百姓のような暮らしぶりだったと言うからな。滅多に合戦は見られるもんじゃあないぞ」
 バットがニヒルな口調で言った。
 宇宙船が高度を下げると、空気との摩擦で明るく光った。地上で見ていた人間は、巨大な流れ星に思えたろう。それが空の一点から物凄いスピードで飛び込んで来たのだから、この時代の感覚で言えば、とんでもない天変地異が起こったと思うであろう。
 それでもその物体が、一つのときはぽかんと大口を開けて眺めて居たが、後からそれを追うようにもう一つ現れたので、百姓や猟師は大慌てであった。
「おいおい。あれは何だ」
 ビヤダルとバットも地上の人間以上に驚いた。自分達を追っ掛けてくるものがあるとは、まさか予想だにしていなかたからである。人間が二十一世紀に、そんな物を発明しているとは予想外だったからだ。
NASAの秘密兵器じゃあないの。ほかに人間の技術であんなのを開発できる所は思い付かないけどね」
 メリーがその物体を観察しながら言った。
「折角の計画が、あんなのに見張られていたんじゃあやりにくいよ。いっそ撃墜してしまおうか」
 ビヤダルは見かけによらず乱暴な提案をした。
「待て待て。こんな所でスターウォーズごっこは御免だぜ。今のところ相手からの手出しはないようだ。暫くは無視してこっちの計画を実行しようじゃないか」
 バットが冷静な状況判断をした。確かにもう一機の飛行物体は、こちらの動きを監視しているようであるが、攻撃を加える様子が見えない。
「じゃあこのまま地上へ降りるのかい」
 ビヤダルは振り上げた拳の降ろし所をさがすように言った。
「しかし、我々の格好じゃあ、この時代の人間に見つかったら、たちまち化け物扱いにされて、袋叩きにあうのが落ちだよ。何か方策を考えないとな」
 バットは腕組みをして考え込んだ。
「じゃあこうしたらどう」
「おいおい、土産にガラス玉を差しだそうなんて言うんじゃあなかろうな」 
 ビヤダルは自分の単純な頭を棚に上げて、メリーをからかうように言った。
「バカも休み休み言いなさい。そんな十九世紀のイギリスの探検家が、アフリカで使ったような古臭い手を使うもんですか。タヌキ作戦といこうじゃないの」
 メリーはあっけらかんと言ってのけた。
「タヌキ作戦、そりゃあ一体何だ」
 ビヤダルもバットも度肝を抜かれて聞き返した。
「日本では古くから、狐狸が人を化かすと言われているでしょう。あれを利用するのよ」
 メリーはそう言って宇宙船の高度をさらに下げていった。後から付いてくる正体不明の飛行物体も、同じように高度を下げた。
「おい。付いてくるぜ。何とかしなくても大丈夫かな」
 男二人は心配そうに、モニター画面を覗き込みながら言った。
 メリーはそれにはかまわず、一千メートルまで高度を下げ、それを保ったまま因幡国八上郡の上空までやって来た。
 二十一世紀とは違って、地上は緑の海であった。所々に草葺きの集落が点在している。中央にかなり大きな川が、太陽の光を受けてキラキラと輝いているのが見える。おそらくあれが千代川であろう。
「『大江戸太平記』によれば、曳田川との合流点に引野大森が在って、腓菜神社があるそうだよ。それを探してくれないか」
 ビヤダルはモニター画面を睨みながら言った。
「それより振袖山城を探した方が早いんじゃあないの。いくらこの時代の城が後世のものと違い、粗末だと言っても山の上にあるんだから、見逃す恐れは少ないと思うけどな」
 バットが自分の考えを言った。と、その時メリーが叫んだ。
「あっ、それより正法寺の名物、源氏の白旗が見えたわよ」
「それも言うなら褌と言えよ。カマトトめ」
 バットはモニターを覗きな がら言った。成る程振袖山の中腹に、かなり大規模な伽藍があり、その庭には褌が翩翻と翻っていた。
「『大江戸太平記』によると、僧兵五十人を擁する、八上郡きっての大伽藍だと書いてあったけど、見ればたいしたことはないなあ」
 ビヤダルはちょっと落胆の様子で言った。
「ここは中央の足利幕府の都とは分けが違うのよ。あの程度でも大伽藍と言えるんじゃあないの。三重の塔もこの時代には珍しい青瓦で葺いてある。中央に青瓦の建物が建てられたのは、織田信長安土城が最初だったんじゃあないの。それはこの時代から八十年も後の話よ」
 メリーが知識をひけらかすように言った。
「どうせそうでしょうよ。我々落ちこぼれとは分けが違う。メリーは大学きっての秀才でござんすからねえ。それでこれからどうするんでござんす」
 ビヤダルはふてくされて言った。何時の間にかメリーに、主導権を握られているのが面白くなかったからだ。
「この宇宙船をどこに隠すかが当面の難題よ。後から変なお供も付いてきて居る事だし」
 メリーは飽くまでも現実的で冷静だ。
「どこに隠したと言ったって、我々は初めてここに来るんだから、地理は不案内だし、お前さんだけが便りなんだ。頼むぜ」
 ビヤダルは本音をさらけだした。
「じゃあ頭巾山まで足を伸ばしましょう。少し離れているけど、この宇宙船なら一っ飛びですからね」
 メリーはそう言うと、振袖山から南へ直線距離で五キロほど離れた、頭巾山まで一気に飛んだ。
 頭巾山と言うのは標高三百メートル程の独立峰で、頂上は尖っていて修験者の行場がある、この辺りの名山であった。中腹には女人堂があり、女はそこで足止めを食った。
「さて、この山に宇宙船を隠すには、少し細工をしなければ駄目ね」
 メリーはそう言うと、宇宙船の高度をその女人堂の辺りまで下げた。
「こんな大きな図体の宇宙船を、どうやって隠す気だい」
 バットが心配そうに聞いた。
「あんたたちはからっきしメカに弱いんだから。この宇宙船は孫悟空の如意棒みたいに、伸縮自在なんだから心配しなさんな」
 メリーはそう言いながら、コンソールのスイッチを調整した。やがて宇宙船は風船が縮むように機体を縮めだした。二三分すると宇宙船の大きさはラグビーボール程になった。そして女人堂の縁側にチョコンと着陸した。
「おいおい。こんなに小さくなってどうするんだ。これじゃあ外に出たら芋虫の大きさだぜ。小鳥に食われる恐れがある」
 ビヤダルが余計な心配をした。
「大丈夫よ、私たちは宇宙船と同じで、体を伸縮自在に出来る能力を持っているのを忘れたの。外に出たら人間と同じ大きさになればいいのよ。私が宇宙船をこんなに小さくしたのには、考えがあってのことよ。あの正体不明の飛行物体から隠れた方が、今後の活動に都合がいいと思ってね。さあ、外に出ましょう」
 メリーはそう言うと宇宙船のドアを開けた。外の陽光が飛び込んで来て三人の眼を射た。
「わあっ、眩しい」              
 ビヤダルとバットが悲鳴を上げた。
「あんまり日頃品行方正な生活をしていない証拠ね。太陽の光に悲鳴を上げるなんて、まるでドラキュラじゃあないの」
 メリーは男二人を、さも軽蔑したように言うと、さっさと宇宙船の外へ出ていった。
「あの女ろう。男をなんだと思っていやがる。今に吠え面をかくときがくるぞ」
 ビヤダルは負け惜しみを言いながら後を追った。バットも黙ってその後に続いた。
 メリーはもう人間の姿に変身している。むろんこの時代の百姓娘といった服装である。麻の小袖に頭は無造作に束ねていた。
「さて、この宇宙船をどこに隠しますかねえ」
 そう言ってメリーは、ラグビーボールの大きさになった宇宙船を拾い上げた。
「下手な所に隠して、この辺の腕白坊主に見つかったら偉いことだ。よっぽど考えないといけないな」
 ビヤダルより少し分別のあるバットが言った。
「じゃあ、この御堂の中に預かってもらいましょうか」
 メリーは言いながら女人堂の格子戸を開けた。そして奥まった所に安置してある、仏像の後ろに宇宙船を隠した。
 その間にも外では二人がくだらないことで言い争っていた。
「お前が侍大将だって。似合わねえこと夥しいや。せいぜい足軽の頭分がいいところだ」
 ビヤダルがバットの姿を見てこき下ろした。成る程痩せた骨皮筋衛門に、大仰な甲冑を身につけたバットは,小泉八雲の耳なし法一に出てくる平家の亡霊を思わせる。
「目糞が鼻糞を笑うとはこの事だよ。お前さん のその格好はなんだい。まるで平清盛が鴨川にはまって、土左衛門と改名したようだよ」
 宇宙船を隠して表に出て来たメリーが、その様子を見てゲラゲラ笑いながら言った。清盛の土左衛門とは言えて妙である。太っているビヤダルが、金襴の袈裟を身に付けた、その姿はほかに例えようがない。
「だって、お前さ んのようにこの時代に詳しくないんだ。どう言う格好をすればいいんだよ」
 ビヤダルは不満そうに言った。
「普通の百姓の格好でいいんだよ。それが一番目立たないんだから。そんな変な格好していると、狸が化けたかと間違えられて追いかけられるからね」
 メリーはそう言うと、先ずビヤダルを田吾作に変身させた。それからバットの番であるが、バットは注文をつけた。
「ビヤダルの同類の田吾作はいやだよ。黒沢明の映画に出てくる用心棒ぐらいな格好はさせてもらいたいね。メリーはそんな別品に化けてるんだから不公平だ」
 ビヤダルはそれを聞いて、思わずバットに殴り掛かった。
「お二人さん。今はそんな喧嘩をしている場合じゃあないだろう。怪しまれないうちに山を下りて、部落へ紛れ込まないともうすぐ日が暮れるよ。それに後をつけて来た謎の飛行物体も気になるしね」
 メリーはそう言って二人の間に割って入った。成る程着陸したときより太陽が西に傾いて来た。
 と、その時三人よりほかの声が、女人堂の後ろから響いて来た。
「おい。手前ら何者だい」
 その声は甲高く子供の声と知れた。
「出たあー」
 ビヤダルが大袈裟な悲鳴を上げた。確かにこんな山奥のお堂に、子供が居ると言うのも変だ。でも大の男が悲鳴を上げるのも情けない。
「しっかりしてよ。今からそんなことじゃあ、目黒騒動に首を突っ込んでも、大した収穫は上げられないわよ」
 メリーは情けなそうにそう言うと、子供の声がしたお堂の裏を恐る恐る覗き込んだ。
 ごそごそ這い出して来たのは、まるでボロ雑巾のような着物を纏った、年の頃八つぐらいの子供であった。
「おいおい。汚ねえのが出て来たな。雄か雌かわかりゃあしねえ。幾らなんでも普通の百姓の餓鬼じゃあねえな。きっとお薦さんの落とし胤だね」
 ビヤダルが鼻をつまみながら勝手なことを言った。
「よくもあたいのことを、そんなに悪く言ってくれたね。あん達こそどこの化け物だい。まだ化け物が出るのは時刻が早いのじゃあない。おっちょこちょいの化け物ね 」
 その子は三人を怖がりもせずに、きっと睨み返しながら言った。
「口は災いの元。余計なことを言うから、とうとう化け物にされてしまったよ。まあこの時代の常識からいえば、あたしたちは化け物のほかの何者でもない分だ。お嬢さんと知れたんだから、二人ともあやまりなよ」
 メリーはげらげら笑いながら言った。
「やれやれ。こんな汚い小娘に謝れとは、メリーも酔狂が過ぎるよ。一応謝っておくか。御免な」
 ビヤダルとバットは膨れっ面らをしながら、ぺこりと頭を下げた。
「まあ悪気がないようだから赦してやるよ。ところでオジサンとオバサンは何者で何処からきたんだい」
 その子は三人を品定めしながら聞いた。
「その説明はちょっと難しいねえ。まあ時を超えて未来から来たとでも言っておこうか」
 メリーはそう言っては見たものの、その子が納得するかいささか心配だった。
「ふうん。それじゃあ千足の鬼みたいなもんか。何が目的で出て来たんだい」
 以外にこの時代の人間は。鬼とか天狗とか、二十一世紀の感覚で言うと、科学的でないものでも信じるようだ。それだけ素朴で純粋なのかもしれないが、簡単に受け入れられては拍子抜けしてしまう。
「まだ名前を聞いていなかったね。何というの」
 メリーがその子に尋ねた。
「人の名前を聞くときは、先ず自分が名乗るのが礼儀だろう」
 もっともである。しかし地球を研究に来た宇宙人の大学性だと言っても、この子には何のことやらわからないであろう。したがって嘘も方便と釈迦ものたまっている。
「わたしたちは、天子様にお仕えする陰陽師でね。この因幡国八上郡に良くない事を企んでいる悪人が居るから、征伐してこいとの御命令でやって来たの」
 ビヤダルとバットは、メリーのでまかせの口実に感心しながらも、女は怖いと改めて肝に銘じた。
「悪人と言うのは、水尾城の目黒伝之助の事だろう。さもありなん」
 その子はいともあっさり納得してこくりとうなずいた。
「そんなに目黒伝之助と言うのは悪い奴かい」
 ビヤダルが間抜けた質問をした。
「オジサン、言っちゃあ悪いけど、相当お目出度いね。天子様が、悪い奴だから退治てこいと、御命令になったから来たんだろう。それを今更あたいに聞いてどうしようというの。目黒伝之助はあたいにとっちゃあ両親の敵だ。陰陽師の神通力で敵を討っておくれ」
 その子は真剣な表情で言った。となると歴史に対する介入になるが、一応三人は大学から、宇宙空間のエントロピーの、ある程度の変革をする許可を受けている。だから地球の歴史が変わって、毛沢東文化大革命を押し進め、アメリカに赤旗が翻っても、こっちは痛くも痒くもない分けではあるが、それでも出来るだけ歴史の変革は避けたいのが本音だ。
「親の敵と言うと、お前の両親は武士階級だったのかい。それとも百姓で無礼討ちにでもなったのかい」
 メリーは同情して、しゃがみこみながら、その子の雀の巣のような頭を撫でて聞いた。ビヤダルとバットは虱でも移りはしないかと、露骨にいやな表情をして眺めている。
「侍といやあこの辺の皆は侍だけどさ。あたいの父ちゃんは、大熊清兵衛と言って振袖山城の源藤鼎公の足軽だったんだけど、水尾城の近くに五反ばかり,田畑があった。それが災いの元なのさ」
 その子はメリーの優しい態度に、心を赦したのか理由を話しはじめた。
「大体察しはついたよ。その五反の田畑を目黒伝之助が横取りしたんだろう。戦国時代じゃあよくある話さ。しかし、皆黙って見ていたのかい。七人の侍じゃあないけど、用心棒を雇うとか、その源藤鼎とかいう殿様に加勢を頼むとか、知恵が出せなかったもんかね」
 メリーはいかにも歯がゆそうに言った。
 その子は、また不服そうな表情になって反論した。
「其の場にいないから呑気なことが言えるんだ。目黒の手勢は明け方押し寄せて来て、あっと言うまに、七戸六十人居た村人を皆殺しにして、風のように逃げちまったんだ。加勢を頼みに行く暇なんてあるもんか」
「そんな事情なら無理もないねえ。しかし、それが本当なら目黒伝之助と言う奴は、いくら無法がまかり通るこの時代でも、やることがえげつない。盗賊と変わりないんじゃあないの。とても一城の主とは言えないねえ」
 メリーは憤怒の形相になって言い放った。
 男二人はお互いの顔を見合わせて、複雑な表情で言った。
「おいおい、お前さんがそういう般若のような顔になると、ろくなことはないと決まってるんだ。ここは冷静になってくれよ。何しろこっちも突き合わされるんだからな」
「本当にあんたたちはオチンチン持っているの。この子の話を聞いて腹が立たないのは、石原慎太郎じゃあないけど宦官にも劣るよ」
 メリーが怒髪天をつく勢いで怒鳴った。
「宦官とはひどいなあ。これでも江戸時代に行ったとき、越後屋の若旦那に化けて、吉原にあがって結構持てたんだぜ」
 ビヤダルが見当はずれの抗議をした。
「詰まらないことで自慢するんじゃあないよ。吉原と言うのは海鼠でも金さえありゃあ持てるんだ。大方木の葉を小判に替えてごまかしたんだろう。この狸野郎」
 メリーの怒りは収まらない。益々火に油を注ぐ結果となった。
「こうしていても仕様がない。いよいよ狸作戦を始めるよ。各々がた、出陣の法螺貝を吹き鳴らせ」
 メリーの甲高い号令が尖布山に響き渡った。
「やれやれ、本気でやるのかい」
 ビヤダルとバットは、どうも乗り気になれない様子でぼやいた。

 其の夜、水尾城の城下である佐貫村に、四人の奇妙な一団が密かに忍び込んだ。
むろんその連中は、いわずと知れたメリーとビヤダルとバットに、例の小娘だった。
 この時代の部落の夜中といえば、明かり一つないしんの闇である。江戸時代には植物性の油があったので、常夜燈と言うものが部落に一つくらいは設けられていたのだが、まだそんな余裕はなかった。
「さて、この村にお前さんの味方をしてくれる人はいるのかい」
 メリーが小娘に聞いた。
「うん。心当たりが一人だけいるよ。高瀬舟の船頭で、あたいの母さんの弟にあたる権太郎と言う、少しお目出度いのがね」
 其の小娘はませた口を利いた。小娘の名前はおまさと言うらしい。後年香典のおまさと二つ名を奉られるとは、この時誰も気がつかない。
「船頭かい。それじゃあ城のことにはあんまり詳しくないだろう。役に立たないねえ」
 メリーが落胆したように言った。
「所がそうでもないんだよ。城には不浄口と言って、落とし物を運び出す水路が通じているんだよ。権太郎兄いは十日に一度、落とし物を貰いに行く約束をしてるんだ」
 おまさが得意そうに言うので、ビヤダルとバットは鼻をつまんだ。
「嫌な予感がして来たよきたよ。まさか其の肥船で城に忍び込もうなんていう、不潔な考えは起こさないだろうな」
 ビヤダルが先手を打ったつもりで言ったのが裏目に出た。メリーは其のアイデアを気に入ったらしく、目を輝かせて言った 。
「ビヤダルもたまにはいいことを言うねえ。其のアイデアは頂だよ。忍びの者らしくて格好いいじゃないか」
「おいおい。市川雷蔵を気取ったら困るよ。あれは映画だから匂わないけど、本物は強烈に匂うぜ。野壷にはまったら三年は匂うそうだ。だから名前を変えると言う風習があるんだ。俺は名前を変えたくないぞ」
 ビヤダルは往生際の悪い事夥しい。
「ここまで来て何言ってんのよ。もう野壷に半分はまってんの。潜って中を掃除するくらいの覇気がないとどうするの」
 メリーはそう言ってビヤダルの背中をどやし付けた。
「お姉ちゃんは強いねえ。これなら目黒伝之助の首をとってくれそうだ」
 おまさはそういって手を打ち喜んだ。
 とやかく言ううちに四人は佐貫村をぬけ、千代川のほとりまでやってきた。季節が旧暦の五月だったので、千代川の水量は多くて、水音も闇の中で轟々と響いていた。
 おまさは獣のように夜目が利くらしく、河原の掘っ建て小屋に近づき、中に呼びかけた。
「権太郎叔父さん。起きとるかい」
 小屋の中から何だかまぬけた声が返ってきた。
「うおうい。今ごろ誰だ。人が折角いい夢を見ているのに起こしやがって。さては尖布山の古狸が悪さをしにでてきやがったか。まだ鮎の季節には少し早いぞ。捕まえて汁にするから待ってろ」
 権太郎はそう叫ぶなり、汚い下帯一本の姿で小屋から飛び出してきた。
「相変わらずおっちょこちょいだねえ。あたいの声を忘れたのかい。だいたい尖布山の古狸が叔父さんを化かして、どういう得があると言うの。鮎も満足に取れないと言うのに。変な夢を見てたんでしょう。渡りの遊郭白拍子を抱いてるなんてね」
「生意気言いやがって。手前の母親はどういう仕付けをしたんだい。まあいいや。そこの妙な三人は何者だい。まさか播磨国山名宗全の間者じゃああるめえな」
 権太郎は三人に近づいて、胡散臭そうにねめ回しながら言った。
「やっぱり叔父さんは馬鹿だよ。山名の手先の目黒伝之助に、両親を殺されたあたいが、なんで憎い敵を連れてくるもんかい。この人達はね。遠い未来から不思議な乗り物に乗って飛んできて、あたいの敵を討ってやろうと言う奇特な人たちだよ」
 おまさは権太郎を完全に呑んでそう言った。
「お前がそう言うならそう言うことにしておこう。ところでこんな夜中にたたき起こした用件は一体なんだ」
 権太郎は、口ではおまさに叶わないことは先刻承知なので、用件を聞き出そうと尋ねた。
「そうだ。叔父さんは今度は何時水尾城の汲み取りに行くんだい」
 おまさが真剣な表情で聞いた。
「ははあ読めた。俺が汲み取りに行く船に紛れ込んで、水尾城に忍び込もうと言う魂胆だろう。悪いことは言わねえ。其の企てはよしにしておきな。命がいくつあっても足りねえぞ」
 権太郎は顔をしかめて、手を振りながら言った。
今まで黙って聞いていたメリーが口を挟んだ。
「そんなに水尾城の防備は堅いんですか」
「まあな。目黒伝之助が主の水尾且典を殺して城を乗っ取ってから、備前国の野伏を雇い入れ、振袖山の源藤鼎公の軍勢に備えているからな。城の中には命知らずの荒くれが、二百人以上はとぐろを巻いているだろうよ」
「そうですか。でもなぜ目黒伝之助は主を殺したんでしょう」
 メリーは言わずもがなの質問をした。
「まあな。分けは詰まらねえことよ。伝之助の馬鹿野郎が、主の側室に手を出して、それを怒った且典が、よせばいいのに手打ちにすると、刀を抜いたものだから、反対に返り討ちにあったと言うお粗末よ」
 権太郎はいくら夏と言っても、下帯一本では寒さを覚え、体をさすりながら言った。
「何時の時代でも男女のもつれは命懸けですねえ。ところで目黒伝之助を、この辺りの別当源藤鼎が、どうして放って置くのでしょう。いくら足利将軍の威勢が
弱まっていると言っても。警察権は別当にあるでしょうに」
 メリーは納得できないといった表情で言った。
「それも不思議に思うのが当たり前だがな。源藤鼎公には、いま目黒伝之助を征伐出来ねえ事情があるんだよ」
 権太郎はいかにも訳知り顔に言った。
「叔父さん。講釈はいいから何か引っ掛けておいでよ。いくら馬鹿は風邪を引かないと言ったって、万が一と言うことがあるよ。あたいにゃあたった一人の身内だからね」
 おまさが注意した。
「何だか喜んでいいのか、怒らなきゃあいけねえのか、分からなくなったよ。ハックション。半纏を引っ掛けてくるから待ってろ」
 権太郎は慌てて、自分の掘っ建て小屋に飛び込んだ。
「世話が焼ける叔父さんだ。さっきの事情をあたいが代わりに話そうか」
 おまさが、あきれて権太郎を見送りながら言った。
「どうやらあの叔父さんより、あんたに聞いた方が確実みたいだね。それで源藤鼎とかいう別当が、目黒伝之助みたいな悪党をどうして放って置くの」
 メリーがおまさを抱き寄せて聞いた。ビヤダルとバットは衛生上、そんなに気持ちの悪いことがよく出来るもんだと、半ばあきれながら見ている。人間と言う動物ほど不潔なものは、この宇宙ひろしといえども、そうたんとはいないであろう。
「実はね。源藤鼎の殿様には本当のお子さんが無いんだよ」
「おやおや、この時代の侍にしちゃあ珍しい存在だよ。で、跡継ぎはどうなったんだい」
「まあそこは何とかなるもんで、御家老の大江様から一匹男の子を貰って、跡継ぎになおしたんだけどさ。其の男の子が問題なのさ」
 おまさは事情に詳しいらしく、自信たっぷりに言った。
「わかった。よくある放蕩息子で、遊びが過ぎると言う寸法かい」
「それならまだ始末がいいんだけどね。気が弱くてとてもこの辺りの仕置きを任せられないと、藤鼎の殿様は頭を抱えているのさ」
 メリーは意外だった。そんなに気の弱い跡継ぎはさっさと放逐して、もっと勇猛果敢な若侍を据えれば問題はないではないか。
「それが出来ないのが、人情のしがらみの面倒なところなのさ。 大江家老にゃあ藤鼎の殿様は借りがあってね。そう簡単にお前の息子は能無しだから、暇を出すと言えないのが辛いところだよ」
 おまさは鼻をこすりあげながら、訳知り顔に言った。
「その藤鼎の殿様が、養子に貰った若様は何と言う名前なんだい」
 メリーはこの際あまり関係ないと思われる質問をした。
「うん。藤の一字を貰って藤春と言うんだけどね。これはまた京都のお公家さんの娘を嫁に貰って、尻に敷かれていると言うお粗末さ」
 おまさの饒舌は益々冴え渡って、千代川で鳴く河鹿蛙よりかしましかった。
「田舎侍によくあるパターンだね。公家の権威で箔をつけようと言うやつか。それにしても、そのお公家さんの名前は何と言うんだい」
「日野大納言勝海卿とか、ご大層な名乗りを上げていたね。引野廓に屋敷を貰って、呑気な暮らしをしているよ。近在の子供らを集めて学問を教えるんだけど。あたいも一度覗いたことがあるけどさ。四書五経とか何とか、ちんぷんかんぷんで、通うのをやちゃったよ」
 おまさがそうさえずっている所へ、権太郎が半纏を引っ掛けて出てきた。
「さあ、お三人さん。こっちも船頭でおまんまを頂いているんだから、お代さえもらやあ何処へなりと行きますけど、さっきそちらの姉さんが言っていた、水尾城に汲み取り船で忍び込む計略は、ちょっと無理ですぜ。水尾城と言うなあよくよく考えて見たら、山城でござんすからねえ。いくら船頭が多くたって、あそこに船を持ち上げるなあ至難のわざでござんすよ」
 ビヤダルとバットはあきれて物も言えない。メリーのおっちょこちょい。地形をよく調べてから作戦を立てるものだ。 何が狸作戦だいと罵倒してやりたい気分である。
「大丈夫ですよ。山に登れる船を持ってますから」
 メリーは落ち着き払って言った。
 ビヤダルとバットは背筋に冷たいものが走った。もっとも宇宙人にそんなものがあればであるが。

ここは振袖山城の郭内にある、源藤鼎の屋敷。とは言っても江戸時代の大名屋敷を想像してもらっては困る。広さはかなりある。しかし屋根は板葺きであったし、馬小屋と一緒で庭も枯れ山水のものが 申し訳程度にある。典型的な地方豪族の屋敷だ。
 今しも其の屋敷の廊下をどたどたと踏みならして、一人の海坊主のような僧が血相かえて、藤鼎のいる部屋へまかり通った。
「大殿は居られるか」
 海坊主は百雷が落ちたような大声で怒鳴った。
「これは一休坊か。朝っぱらから賑やかなご入来よな。ちょうど朝餉を取っていたところじゃ。よかったら一緒にどうじゃ」
 板張りの部屋に薄縁をひいて、前には簡単な箱膳を置き、一汁二菜の食餌をおいて、一人の老武士が座っている。どう見ても八上郡を束ねる別当とは写らない。
「頂いても宜しいが、ちと生臭い話をせねばなりませんぞ」
 海坊主は其の前に衣のすそを捲り、藻くず蟹のような毛だらけの脛を覗かせ、どっかと座った。
「ほほう。坊主が生臭い話とは困った首尾でござるな。どのような事でござる」
 藤鼎は落ち着き払って、侍女に白湯を注がせながら言った。
「大体坊主は生臭と相場が決まっておる。あのおまさの二親が殺されたとき、正法寺の坊主は香典を要求したそうだね。まさに末法の世じゃわい。しかし、それを頑として撥ね付けたおまさもたいしたものじゃ。おっと、話が横道にそれた。実はな.今朝愚僧が引野の庵で目を覚まし、雨戸を開けたら靴脱ぎの上に妙な包みが置いてあった。それがここに持ってきたこれじゃ」
 一休はそう言うと、抱えていた麻の布袋にいれた相当重そうな物を、藤鼎の前へどしんと放り出すように置いた。
「ほほう。これが砂金なら、播磨の山名宗全を征伐する軍資金になるのじゃが、そう問屋が卸すまい」
 藤鼎は白湯で口をすすぎながら軽口を叩いた。
「そのとおり。世の中はそんなに甘くはない。まあ、中を開けてご自分で確かめられい。おっと断わっておくが、女子衆は遠ざけられた方がよかろうぞ。きゃあきゃあ悲鳴を上げられては喧しゅうてかなわんでのう」
 一休は脅かすように言った。藤鼎は侍女たちに下がるよう目配せすると、其の麻袋を持ち上げ、そっと中を覗き込んだ。
「成る程、これでは侍女共が血の道を起こすな。しかしかような大胆なことを誰がやったのであろうな」
 藤鼎は袋の中身を見てさすがに驚いた。豪胆な性分の彼も額に脂汗を浮かべている。
「誰がやったかは分からぬが、いずれにしてもこの家にとっては目出度い限りではないか。重臣の水尾且典の敵が労せずして討てたのじゃ。この前の引野大森の腓菜神社前の合戦では、社殿を焼いただけで首謀者の目黒伝之助を取り逃がし、
水尾城に立て篭もられ、未だに決着がつかぬと言うお粗末じゃ」
 一休は遠慮なく藤鼎をあげつらうと、残り物の朝かゆを掻き込んだ。
「一言もない。したが伝之助も浅ましい姿になりおった。今朝は首だけで挨拶に来おった」
 藤鼎はそう言いながら、袋の中から人間の首を、髷をむんずと掴んで持ち上げた。
「人間も首から下が無くなってしまうと、大人しくなるのう。あれほど悪行を重ねて我らの宸襟を悩ませていたのにな」
 一休はずるずると粥を掻き込んで、ついでに香の物を口へ放り込みながら言った。
「ちょっと待て。首の切り口が妙だぞ。これは刃物で切ったのではないな。それが証拠に、一滴の血も出ておらん。まるで焼き鏝を当てたように炭化しておる。尋常なものに遣られたものではないな」     
 藤鼎はそう言って唸った。
「愚僧もそれには気が付いておった。足尾山の鬼か、それとも羽黒山の天狗にでも殺られたかな」
 一休は粥を平らげると、白湯をくんで口を漱ぎながら言った。
「ふうむ、それならよいが、もっと怖いものが八上郡に進入したのではないかな」
 藤鼎は伝之助の首を睨みながら心配そうに言った。伝之助は筋肉の硬直状態からかもしれないが、まるで己が死んだことが信じられぬように、笑っているように見えた。
「鬼や天狗より怖いものとは、それは一体なんじゃい。愚僧の乏しい知識では想像がつかんがのう」
 一休はそう言って、そこに居った三毛猫の小さいのをじゃらし始めた。
「拙者にも分からん。だが、この世の中には人間の想像を超えたものが居るからのう。さて、この決着いかにつけようか。水尾城には、大江を送って当分の仕置きを任せればよいが、問題なのは伝之助とかめとの間に出来た男子の処分じゃ。それを担いで謀反を企む輩が出てこんとも限らんから、首を跳ねるのが常道じゃろうが、何せまだ二つの幼子では哀れじゃし、一休坊、いかが取り計らえばよかろう」
 藤鼎はそう言って、一休の表情を窺った。
「愚僧が坊主じゃによって、命乞いをすると思い下駄を預けたな。ところがどっこい、愚僧はそこらのなまくら坊主と違って、下手な仏心は持ち合わせておらん。
大局から物を見るからのう。たとえ二歳の童でも、後に禍根を残す元になる者は、断固斬首すべしと言うのが愚僧の見解じゃ。清盛入道が良い反面教師じゃ。二歳の童が八上郡の頼朝にならんとは、誰にも請け合えぬ」
 一休がそう言いながら、三毛猫の髭を引っ張ると、ぎゃっと悲鳴を上げて、何処かへすっ飛んでいった。
「あいてててっ、あの野郎。愚僧の手の甲を引っ掻いて行きおった。これを牛の背中の蚤退治と言う。煮え湯をかける馬鹿も居るからのう」
 一休は照れ臭そうにそう言うと、手の甲に唾をつけた。
「一休坊は童より短慮なところがある。かと思えば、どんな名僧智識よりすばらしい考えをお持ちじゃ。成る程清盛入道の轍は踏みとうない。早速大江に言いつけて、佐貫河原で首を跳ねることにいたそう」
 藤鼎はそう言うと手を打って大江を呼びつけた。
「待て待て。何もそうはやまることはなかろう。今まで言ったのは愚僧の中の鬼のことじゃ。人間とは面白いもので、正反対の仏の心も持ちあわせておるから厄介じゃ。いくら愚僧でも童の首を討ちとうはないわい。当分最勝寺にでも放り込んで様子を見よう。牛若丸になりかけたらその時は遠慮はいらん。好きに料理するがよかろう」
 一休はそう言うと朝粥を平らげ、入っていた椀を箱膳の上に乱暴においた。
「まあそれが妥当なところかな。しかし、近くにある正法寺ではなぜいかんのじゃ」
 藤鼎は半分納得できぬと言った表情で聞き返した。
「それそれ。それが貴殿の良いところでもあり、短所でもあるのじゃよ。今の世よりもっと平和な時代に生まれておれば、有能な為政者でもあろうが、何と言っても人がよすぎる。正法寺では伝之助の忘れ形見を置くには余りにも近すぎる。もし其の童が山名の乱波に入れ知恵され、貴殿や藤春殿の首をねらったらなんとする」
 一休は冷めた白湯を土瓶に口をつけて飲みながら言った。
「まあな。其の危険性は大いにある。現に山名の乱波は色々な物に化けて、この八上郡に入り込んでくる。それを一々詮議していたら物流が滞って、庶民の生活は成り立たん」
 藤鼎は憂鬱そうに言った。
 その時、どたどたと廊下を踏み鳴らして入ってきた人物があった。家老職の大江時光である。いかにも戦国武将と言ったいかつい顔をしていた。
「大殿。伝之助が首を討たれたそうでござるな。まずは重畳。近頃めったに無い目出度い話でござる。で、其の首は何れにござる。拙者にも拝ませた頂きたい」
 時光はそう大声で言いながら、そこにどっかと胡座をかいた。
「伝之助ならそこでにたにた笑っておるわ。飽きるまで拝むがよかろう。おっと、
そうも言っておられん。時光、ご苦労ながら水尾城まで行ってはもらえぬか。余の代理としてな。城主の首が無いと分かれば、どんな不心得者が出て騒動を起こさんとも限らん」
 藤鼎がそう言うと、時光は不服そうに顎鬚をひねって言った。
「大殿。お言葉を返す無礼を許されい。そのお役目、何処ぞの青二才に言い付けてくだされい。そうじゃ。大熊源五郎が適任じゃ。いま水尾城に居るのは、伝之助の息のかかった戯けばかり、源五郎と鉢合わせさせれば面白いことになりましょうぞ」
「これは八上郡の孔明をもって鳴る、時光殿の言い草とも思えませんな。あの源五郎鮒を水尾城に送り込めば、伝之助の二の舞になる危険性が、大いにあるのではなかろうか。あの男。元を正せば夜盗同様の足軽上がりですからな」
 一休はそう言って窘めた。
「余もそう思う。どだい源五郎は法美郡で、金貸しから借財を相当作って、この八上郡に逐天してきた風天じゃ。彼奴に水尾城を預けるのは、猫に鰹節と言うものじゃ」
 藤鼎もそう言ってうなずいた。
「そこがそれ、拙者の腹に一物という事でござるよ」
 時光は涼しい顔でそう言った。藤鼎と一休は狐につままれたような顔になり、互いに睨み合った。
「お二人とも納得できかねるといった按配ですな。拙者が源五郎鮒を水尾城に送り込むと申したのは、伝之助の死に様が尋常でないからでござる。見たところ、この首は刃物で斬られたとは思えません。何やら得体の知れぬ武器で、すっぱり殺られておりますな。となれば水尾城には、得体の知れぬ化け物が忍び入ったという事ではござらぬか。左様な剣呑なところへ乗り込むのは拙者は御免被る。化け物に首を討たれても、泣きを見る者が居らぬ能天気を送り込んで、様子を見るのが上策と存ずるがいかがでござる」
 時光はそう言ってにやりと笑い、美髯をしごいた。
「やっぱり時光殿は孔明でござったな。愚僧もそこまでは考えが及ばなんだ。成る程あの源五郎鮒なら、泣いて悲しむ者は皆無でござろう」
 一休はぽんと膝を打って感服の意を示した。
「したがそれでは源五郎が余りにも気の毒じゃな」
 藤鼎は本気でそう言うとしわぶきをした。
「かまわんかまわん。あの男がこの家に役立つとしたら其のくらいのものだろう。
しかしこの目論見は早く実行せんと、いくら能天気な源五郎でも、気がつく恐れが大ですよ。早速源五郎を呼び付けて、辞令を渡した方が宜しいな」
 一休はそう言って藤鼎を急き立てた。

 其の頃、かの宇宙人三人組とおまさは、妙なところで妙な事をしていた。と言うのは引野廓のちょっと南の、山の上に牧場があり、十頭余りの軍馬が放牧されていた。もっともこの時代の馬はサラブレットやアラブと違って、それほど体は大きくはなかった。だが、がっちりとした体型で、鎧武者を乗せて走っても平気だと想像はつく。空は夏の日がぎらぎらと照って、周りの樹木は生気を発散している。足もとの草もむんむんとした、青臭い匂いを吹き上げるように放っていた。
其の草の上に四人は、ねっ転がって空を見ていた。
「ふむ。ちょっと遣りすぎたかな」
 メリーは溜め息をついた。
「だから言ったんだ。船頭も多すぎると船がとんでもない山に登るとね」
 バットはこれからどうなることやらと、案じる様子で言った。
「仕方が無いの。ちょっと偵察のつもりで水尾城に忍び込んだら、ばったり伝之助と鉢合わせしちゃった。だから口封じのために、伝之助の首を貰ったというわけ。おまささんの敵を討ったことだし、何が幸いするかわからないもんだわね」
 メリーはいけしゃあしゃあと言ってのけた。
「お前さんは心臓に毛が生えているね。その首を一休さんが居る庵の靴脱ぎに置いてくるんだから。今ごろ気がついて大騒ぎになっているよ」
 バットは草むらから上半身をむくりと起こして言った。
「それが目的なのよ。あの一休さんに預けておけば、当然振袖山城の源藤鼎という、この辺りの別当に届く事になる。藤鼎のオッサンがどれほどの器量なのか、試金石と言うわけよ」
 メリーも体を起こしながら言った。
 その馬ケ平という所から東を望めば、真下の引野の少し向こうに、腓菜神社がある大森の、その向こうには千代川が夏の日を受けて、まるで青い蛇のようにく ねくねと流れている。
「試金石はいいが、我々がそんなことをする必然性がわからないね。だいいち我々がこの時代にタイムスリップした理由も判然としない。時空をいじればそれだけリスクがある。バタフライ効果という現象は確実に存在するからね。元の時代に何らかの影響を及ぼしている筈だ。お前さんの悪戯から故郷の星に帰れなくなったらどうしてくれる」
 バットは側に落ちていた枯れ枝を拾い、やっとばかりに放り投げながら言った。
 其の枯れ枝はくるくると回りながら下へ落ちていった。
「痛いっ」
 と言う悲鳴が下の雑木の森からあがった。
「やっ、あそこに誰か隠れているよ」
 おまさが甲高い叫びを上げて其の森を指差した。其の茂みががさがさと鳴って、二つの影法師がぬっと立ち上がった。そして叫んだ。

       (つづく)