矢車通り~オリジナル小説~

はてなダイアリーから移行させました。

続・肝試し(2)46枚

「おおい。撃つな」
 それは二十世紀後半のアメリカ英語に聞こえた。
「はて、どうしてこんな所にヤンキーが現れるんだい」
 メリーはそう呟いてその二人を眺めた。二人は同じモスブリーンの繋ぎを着ていた。だが体躯は正反対であった。ちょうどバットとビヤダルのように……。
「やれやれ。またややこしいのが増えたねえ。ありゃあアメリカ陸軍の特殊部隊と見たけど違うかねえ」
 メリーが、バットとビヤダルに賛同を求めるように言った。其の間にもヤンキー二人は、急勾配の山肌を這うように上ってくる。
「各々がた。ご油断めさるな」
 メリーは大時代な科白を吐くと、腰のホルスターからレーザーガンを引き抜いて身構えた。
「おおい、撃つな」
 二人のうちの痩せた方が叫んだ。何処の部隊に所属している奴だろうとメリーは思った。あの格好からして山には慣れていない。大方テキサスのカウボーイが良いところであろう。
「撃つ気はないけど、あんた達の官姓名を名乗りなよ。ほんとうにアメリカ陸軍の軍人かい」
 メリーは油断なくレーザーガンを構えながら言った。
「我々は米国陸軍特殊部隊に属する者だ。今認識票を見せるから信用してくれ」
 痩せた方が胸から鎖にぶら下げた、小判を一回り小さくしたような金属の板を取り出してメリーに手渡した。メリーはそれをしげしげと眺めて言った。
「確かに本物だけど、お前さん達は一体どんな目的で私達の後をつけたんだい。まさかこの時代に、アルカイダが逃げ込んだと思っての事ではなかろう」
メリーは胡散臭そうに、二人をじろじろと眺めながら言った。
「我々はエリア51に属する對エイリアン対策部隊の一員だ。私はケント大尉、そしてこちらはリチャード中尉と言う。よろしく」
 ケント大尉と名乗った骨皮筋衛門は、なれなれしくメリーに握手を求めてきた。
「やっぱりエリア51は、エイリアン対策部隊だったのかい。テレビドラマの『Xファイル』はまったくの出鱈目じゃあ無かったと言う事か」
 メリーは皮肉たっぷりに言った。しかしこの地球で最強を誇るアメリカ軍でも、人間がタイムマシンを発明していたとは驚きである。
「で、そのエイリアン対策部隊が、我々に何のようなんだい。確かに我々はお前さん達から見ればエイリアンには違いないけどね。捕まえてホルマリン漬けにしようというならお断りだよ」
 メリーはそう言うと、レーザーガンの銃口を二人のヤンキーに向けた。
「待った待った。そちらの姐さんは気短なようだねえ。我々は何も君たちを捕まえて、解剖しよう等と言う大それた事は考えちゃあいないよ。只上層部の命令で君たちの行動を監視していたんだ。そしたらこんな時代に来てしまったと言うわけさ。野蛮な時代だ。全く……」
 ケント大尉は宥めるつもりでそう言った。
「けっ。野蛮な時代だなんて聞いてあきれるよ。特にお前さん達、アメリカ陸軍の軍人がいうと、全く説得力が無いねえ。人殺し集団でも地球で一番強力なのがお前さん達だろう。この時代は足利将軍の権力基盤が弱かったから、各地の豪族や守護代自治権でようやく治まっていたんだ。だが毎日のように戦に明け暮れていた分けじゃあないし、頻繁に人殺しが横行したわけではない。むしろ二十世紀の方が、大虐殺の時代だと思うがねえ」
 メリーは持論をぶつけながら、二人のアメリカ軍人の顔色を窺った。
「そう言われりゃあそうかもしれん。だが姐さん。夕べの人殺しは正当化できるのかね。黙って城に忍び込んで、有無を言わさず城主の首を掻き切った。あれは野蛮な人殺し行為じゃあないのか」
 ケント大尉はこの時とばかり、メリーに対して反論を試みた。
「ありゃあ例外さ。この娘の敵を討ってやったんだ」
 メリーはそう言って、横に立っているおまさを指差した。
「そうだよ。あたいが頼んで目黒伝之助を殺って貰ったんだよ」
 おまさは、米国人の大男を恐れる様子も無く言ってのけた。
「二十世紀じゃあリンチは禁止されている。それを遣って退けるとは、やっぱり野蛮じゃあないか」
 ケント大尉がさらに反論を試みた。
「何がリンチが禁止されているんだい。現にお前さん達の国じゃあ、お巡りが黒人をぶん殴って、暴動が起きているじゃあないか。偽善の国だよ。アメリカ合衆国は……」
 メリーは癇癪を起こして言葉を荒げた。おまさも賛同の意を示して、棒切れを拾い上げ振りかぶった。バットとビヤダルは、どうなることかとおろおろするばかりであった。
「我が合衆国の侮辱するとは、そのままにはしておけんぞ。エイリアンのくせに人間の文化に介入するとは生意気な……」
 ケント大尉も売り言葉に買い言葉で逆上すると、腰のホルスターから陸軍仕様の大型拳銃を引き抜いた。まさに一触即発の状態である。
 そこへ牛の鳴くような間抜けた声が響いた。おまさのたった一人の肉親、権太郎であった。水尾城に忍び込む手助けを頼んだが、あまり役に立たず、途中でドロンを決め込んでしまった。今ごろ現れるとは昼間のお化けみたいな叔父さんだと、おまさは舌打ちをした。
「おめえ等、こんな所で何遣っているんだ。いまに振袖山の侍が馬の様子を見にくるぞ。そうしたら怪しい奴だというんで、引っくくられて城へ引き立てられ、
下手をすると山名の手先として、千代河原で磔になるぞ」
 権太郎はそういいながら、梁瀬山の上の方から貧乏徳利をかたげて、ゆっくり降りてきた。かなり酩酊しているようだ。曳田の居酒屋できこしめし、馬ヶ平で馬のつるむのを肴に一杯やる気で来たようだ。
 権太郎の出現にエイリアン三人組も、アメリカ陸軍の軍人も拍子抜けしてしまった。言われてみれば双方とも、この時代にはお呼びでない連中なのだ。まあ、たとえ城の侍が見回りに来たとしても、ふん縛られて磔になる気遣いはないのだが、それを排除するためには、無益な殺生を遣らなければならなくなる。
「どうだい。そちらのお二人さん。ここは一時休戦といこうじゃないか」
 メリーが提案した。
「俺達に異論はないがね。この時代の人間に目撃されて、タイムパラドックスは大丈夫なのかい」
 ケント大尉が抜きかけた軍用拳銃を、ホルスターに納めながら言った。
タイムパラドックスを心配していちゃあ、こんな肝試しは出来ないよ。我々の星
では、宇宙のエントロピーを制御する技術が開発されていてね。これくらいの時空の歪みは立ち所に修正できるのさ。もっとも大学の単位は大幅に削られるけどね」
 メリーは渋い顔をして言った。
「そんなもんかね。君たちは学生で、肝試しのために地球へ遣ってきたと言うのか。やれやれ……」
 ケント大尉は馬鹿馬鹿しくなって言った。
「そっちは馬鹿馬鹿しい事でも、こっちは真剣だよ。何しろ我々の星では、他の知的生命体が住んでいる惑星を探して、其の星の文化にちょっかいを出して、どんな反応があるのかを報告するのが、大学性の卒業条件、まあ平たくいやあ肝試しなんだ」
 メリーはそう言うとケント大尉をからかう様に見た。
「趣味の悪いエイリアンだな。人の星にちょっかいを出して、それを卒業条件にするとは……」
 ケント大尉はあからさまに嫌な顔をした。
「だけどこの地球だって、ずいぶん趣味の悪い星だと思うよ。特に二十世紀後半から、二十一世紀にかけてはあんた達、アメリカ合衆国がまるで地球の警察みたいに、傍若無人に振る舞うから、アラブの原理主義者や、その外のテロリストの標的になって、ほとほと困っているじゃあないか」
 メリーはそう言って相手を挑発した。だがさすがに相手も世界に冠たるアメリカ陸軍、しかもエイリアン対策部隊の将校である。その挑発には乗らなかった。
「確かにアメリカはその強大さゆえに、世界のテロリストや原理主義者から憎まれている事は事実だ。しかし、その事はこの時代とは余り関係ないだろう。それでは聞くが、この地球まで宇宙船で遣ってくるくらいだから、お前さん達の科学技術は我々より優れているんだろう。だったら哲学の方も勝っていなければ可笑しいじゃあないか。二十世紀から二十一世紀にかけて地球は、南北問題、つまり持てる者と持たざる者の争いに苦悩している。これを解決する特効薬をお前さん達の文明はお持ちかな」    
 ケント大尉はなかなかの論客とみえ、難しい質問を放った。
「おいでなすった。其の問題はどんなに文明の発達した種族でも容易に答えられない。つまり物質を使用する文明では、どんなに平等を標榜しても限界がある。精神だけの文明ならば、平等も実現できるかも知れないけどね。現に私達の星だって、競争社会から脱しきれていないもんね」
 メリーはいささか不本意と言った表情で応じた。
「精神だけの文明。そんなものこの宇宙に存在するのか。精神は脳細胞の電子活動によって起こるというのが我々地球人の常識だ。ならば物質がない状態で、精神活動も起こらないのじゃあないか。お前さん達、精神だけの文明を実際に見たことがあるのかね」
 ケント大尉はずばりと痛い所を突いてきた。
「ふうむ。地球人もへ理屈をこねる奴が居るね。確かに精神だけの生物は我々も未だ確認していない。だが宇宙は馬鹿馬鹿しいほど広いからねえ。何れ何処かで出会うだろうよ。この宇宙に絶対存在しないと言うものは無いはずだ。よしんばこの三次元宇宙に存在しなくても、四次元というものがあるじゃあないか」
 メリーは四次元を持ち出して、何とかごまかしにかかった。しかしそんな子供だましの通じるケント大尉ではなかった。
「四次元、苦し紛れの言い訳だな。四次元の世界は数学上の定義で、実際にあるかどうか知れたもんじゃあない。あの世があると言う坊主の説教みたいなもんだ。
実際見えないものは無いのと同じじゃあないのかね」
 そう言われてメリーはぐっと言葉に詰まった。そこへおまさが割って入った。勿論使っているのは英語である。応仁の乱の時代に、しかも因幡と言う田舎の小娘に、英語をしゃべらせるこの小説は、何と御都合主義であろう。
「そこのオッサン。へ理屈はそっちの方じゃあないのかい。見えないものは存在しないと言うけど、じゃあ屁はどうなのさ。音や匂いはするけど形は見えないよ。
それから風だって木の枝をゆするけど、たもじゃあ捕まらない。そんなもんだ。目に見えないものが無かったら、お寺の坊さんは御布施が入らなくて飢え死にしなきゃあならないよ」
 それを聞いたバットとビヤダルは、溜飲の下がる思いでゲラゲラ笑い出した。
「つまり宇宙に対する常識は、時代によって変わってくると言うことだよ。早い話、ギリシャ時代には地球は平たいテーブルの様なもので、水平線の向こうは巨大な滝になっていると思われていた。下って中世ヨーロッパでは、天動説が常識で、地動説をとなえる学者は異端として宗教裁判にかけられた。事ほど左様に常識と言うものは、時代によって変わってくる。だから今の常識が何千年後に通用するとは限らない。この娘の言ってる事はこの時代の常識なんだよ」
 バットが久しぶりに熱弁を振るった。
「成る程、そういう理屈も成り立つか。まあこの辺で宇宙のなりたちや、文明の話は暫く置くとして、これからの行動を考え様じゃあないか。このままお互いにドロンを決め込むか、それともそちらの姐さんには、まだ何かややこしい事をやる気なのかね」
 ケント大尉は、何時までも同じ事を繰り返しても、時間の浪費と判断してメリーの心底を探るように聞いた。
「そろそろ、この時代ともおさらばした方が、安全かもしれないと思うけど、もう一つ遣り残した事があるんだよ。それを果たさないと肝試しが達成されたとは言えないんでねえ」
 バットとビヤダルはそれを聞くと、背筋に冷たいものが走った。
「おいおい。まだ何か遣らかす積もりなのか。俺達は付き合いきれないよ。早くこんな不潔な時代におさらばしようぜ」
 バットが正直な気持ちを吐露した。
「フニャチン共め。そんなに嫌なら、そちらのアメリカさんに乗せてもらって先に帰りな。あたしゃあこの娘と一緒にもう一仕事やるんだ」
 メリーはそう言うとおまさを連れて、さっさと山を下りてゆく。
「どうする。フニャチン呼ばわりされて、すごすご二十一世紀に引き上げたんじゃあ男が廃る。後を追うか」
 バットがビヤダルの表情を確かめるように言った。ビヤダルは其の太鼓腹をゆすり上げながら、仕方が無いと言った態度で肩をすぼめながら首をかしげた。
「俺達も付いてゆくぜ。あの姐さん。どんな暴れかたをするか、興味があるもんな」
 ケント大尉はそう言うと、素早くメリーの後を追って、斜面を駆け降りた。
「流石はアメリカ陸軍の特殊部隊の一員だ。この時代の忍者にも負けない身のこなしだよ」
 ビヤダルが感心しながら言った。
「馬鹿、感心している場合じゃあ無いぞ。俺達も後を追わなきゃあ……」
 バットはビヤダルの悠長な性格に呆れながら、同じく斜面を転がるように降りていった。
 ビヤダルと権太郎は、互いに言葉の通じぬまま顔を見合わせて其の後を追った。

 其の頃水尾城では大熊権五郎と、大江時光が夕べの騒動の顛末を、残った僅かばかりの、目黒伝之助の郎党と女達に聞いていた。だが、皆パニック状態に陥ったいて、何を聞いても要領を得ない。大熊権五郎は癇癪を起こし、伝之助の内儀であるおかめを怒鳴り付けた。
「主が首を討たれた時の様子も覚えておらぬのか。この愚か者……」
 大江時光は見かねて宥めた。
「まあまあ、大熊氏のように大声で怒鳴っては、思い出すものも引っ込んでしまうと言うものじゃ。ここは少し冷静になられよ」
「大江殿と違って、拙者は育ちが悪いし、気長でもない。夕べこの城で何が起こったか、早く知りたいのじゃ。藤鼎公から城を預かった以上、当分はここに留まらねばならぬ。そういう事なら、どんな妖怪変化が出てきたのか知っておかねば、伝之助と同じように首を掻かれる恐れがある。孫子曰く、敵を知り己を知れば百戦危うからずじゃ」
 権五郎は己の身分の低さを僻んでいたので虚勢を張り、知ったかぶりで孫子先生までご登場願った。
「権五郎殿。貴公は己をご存知か。恐れ入ったな。まあよかろう。ところでかめ女、夕べは伝之助と寝所を共になされたであろう。その折、何があったのか。話して貰えまいか」
 時光は権五郎を相手にしていては埒があかぬとばかり、かめ女に事情を聞こうとした。しかし、かめ女は、現在の夫が首を掻かれるという、異常な事態に接して、精神のバランスを失い、とても昨夜の様子が話せる状態ではなかった。
 代わりにしゃしゃり出てきたのが、かめ女が佐治の岡村氏から伝之助に嫁いだとき、一緒に付いてきたおまつという老女である。年はとっくに八十路を超えていよう。腰は海老の様に曲がり、髪は銀色に光り顔はしわだらけで、細い目が其の中に埋まるように光っていた。
「これはおまつ殿か。して昨夜の様子はどうであった」
 時光がそう促した。
「はい、時光様。伝之助殿は足尾山の鬼共に取り殺されたのでございます」
 おまつはしわがれた声で、凄みを利かせてそう言った。
「鬼も色々あるが、何故千賊窟でのうて足尾山と分かるのじゃ」
 権五郎がからかって半畳をいれた。
「そりゃあ分かりますよ。千賊窟と足尾山じゃあまるきり方角が違います」
 おまつは自信を持ってそう答えた。
「つまり其の鬼は、宙を飛んでこの城に潜入したと申すのじゃな」
 時光は相手が耄碌しかけた老婆でも、馬鹿にせずまともに聞いた。
「はい。あれは丑三つごろでありましょうか。私は年寄りの事で小用が近うてよう目が覚めますのじゃ。二度目に目覚めて、後架へ参ろうと廊下を歩いておりますと、南の連子窓に蛍をの光を、数百倍にも明るくしたような光が射しておりますのじゃ」
 おまつの話し振りは、さすがに年の功で、権五郎も思わず身を乗り出すほどであった。
「それでいかがした」
 時光が腕を組み目を半眼にして聞いた。
「私は腰が抜けて、尾篭な事ながら廊下に漏らしてしまいました。其の光は連子をいとも簡単にすりぬけ、城の中へ入り四つに分かれ、各々人間の格好になったのでございます」
 おまつの口振りはだんだん熱を帯び、そこらの下手な講釈師より迫力があった。
「それが誠ならまさに鬼の所業じゃな。それで如何いたした」
 時光も思わず引き込まれて、おまつの前へしゃがみこんで聞いた。
「はい。其の緑色に光る鬼共は、まるで城の中を知り尽くしているようで 、真っ直ぐに殿様の寝所へ向かったのでございます。そして障子も開けずにすうっと中へ入って行きました」
「するとお前は、伝之助が首を掻かれる場面を直接見た分けではないのだな」
 時光は情況から判断しておまつに確認致し、後ろに黙然と立っている権五郎を振り返った。
「 拙者にはこの婆さんのいう事はまだ得心できませんな。大体世の中に鬼などと言うものが、本当に居るものでござろうか。おぎゃあと生まれて四十数年、お目にかかった事はありませんなあ」
権五郎は胡散臭げに首を横にふりながら言った。
「このおまつは、かめ女について岡村氏から出てきた者で、いくら年がよって耄碌したとは申せ、全くの根も葉もない事をでっちあげるとは思えんがのう」
 時光は権五郎と違って、若い頃からおまつを知っているので、そう弁護をしてやった。
「ならば大江様には鬼なるものが本当に居ると言われるか」
 権五郎は下司の悲しさ、それこそ上役の事を鬼の首でもとったように、軽蔑の眼差しで見てののしるように言った。権五郎としては、親類縁者に身持ちが悪いと放逐されて、八上郡に流れ着いたと言う、卑屈さの裏返しがあったろう。
「鬼と言うものは、居ると思えば居るし、居らぬと思えば居らぬ、そんなものじゃよ。つまり人間が心の中で作り出すのがそうじゃ。疑心暗鬼というじゃろ。おまつの見たのも、この世の道理で説明が付くはずじゃ」
さすがに大江時光は落ち着き払って言うと、 伝之助が首を取られた部屋につかつかと入っていった。
「まだ鬼の気配が残っておるかもしれない」
 権五郎はおっかなびっくり其の後に続いた。
 成る程其の部屋は、薄暗く目が慣れるまで中の様子が分からなかった。この時代の通例として、畳はなく板の間で、夫婦二人が寝るところには薄縁が敷いてあった。其の薄縁の向こう側に、固い木製の枕が二つ転がっていた。
「ふうむ、やっぱり血は流れておらぬな。一休坊が持って来た伝之助の首は、切り口が炭化しておったでのう。それに不思議はないが、血を流さずに首を落とす道具を持っておるとは、ここに忍び込んだ連中尋常の者ではない」
 時光は、其の部屋を隅からすみまで改めながらそう言った。権五郎はおっかなびっくり辺りを見回した。そしてふと部屋の隅に、何か得体の知れぬ物体が落ちているのに気が付いた。
「おや、これは何であろう」
 権五郎はその小さな物体を、まるで毛虫にでも触るように恐る恐る拾った。
「また妙な物を拾ったな。どうせ拾うなら金の大黒でも拾うがよかろう」
 時光は権五郎が手のひらに載せている物を、じっと見詰めて言った。それは黒いマッチ箱程の物体であった。大きさの割には随分ずっしりと重みがあった。
「何でござりましょうなあ。拙者はかような物を見るのは初めてでござる。やはり鬼の忘れ物でござりましょうか」
 権五郎はよほど気味が悪いとみえ、そう言うとその物体を時光に手渡した。
「ふうむ、拙者もかような物は始めてみる。引野廓におられる日野勝海卿なら唐物に通じてござるから、何か分かるかも知れんな」
 時光は其の物体を捧げ持つように、伝之助の部屋を出た。
 
 引野廓に屋敷を与えられ、呑気に暮らしていた日野勝海卿も、その黒い物体を前に置かれ、少々当惑気味の表情で言った。
「麻呂にも見当が付きまへんなあ。そもそもこれはどうやって使うものか。まあ、手習いのときに、文鎮代わりに使えばちょうど良いかも知れまへん……」
 勝海卿はそう言って誤魔化した。
「では明国にもかような物はござらぬか」
 時光は縁側に腰を下ろして、落胆気味にそう言った。権五郎は厩におる猿をからかって、危うく引掻かれそうになり、慌てて逃げ戻った。
「生意気な猿公だ。拙者を引掻こうとは……」
「お前様をお仲間と思い、親愛の情を示そうとしたのでおじゃろう。ほんに顔もよう似ておじゃる。オホホホ」
 勝海卿は鉄漿を覗かせて、女のような気色の悪い笑いかたをした。権五郎は本当に怒って、太刀の柄に手をかけたが、時光が厳しい眼差しでそれを制した。
「麻呂の知る限り、明国にはかような奇妙な物はおじゃりませぬなあ。これは本に鬼の忘れ物かも知れませぬぞ。オホホホ」
「ええいっ。その笑いかたが気に食わぬ。時光様が留めなんだら、其のそっ首叩き落として梁瀬山の切立へ晒し、烏に目玉を抉らせる所じゃ」
 権五郎は、己がまこと の鬼のような顔になっていきり立った。
「憎まれ口はその辺で止めたがよかろう。勝海卿にもご存じないとは、はて、これは一体何であろう」
 時光は勝海卿の前にちょこんと置いてある、黒い物体を睨みながら腕を組んで思案に暮れた。
 そこへ一休がにやにや笑いながら、枝折戸を開けて入ってきた。其の後から妙な人間が四人、まるで金魚の糞のようにぞろぞろと付いてきた。時光、権五郎、勝海卿の三人は、ぽかんと口を開けてそれを見ている。
「おやおや、一休さん。今日は珍しい客人を同道してご入来でおじゃるな。其のご人達はどなたさんでおじゃる」
 勝海卿が声をかけた。
「いや、愚僧も振袖山城からの戻りで、曳田の貴船神社の前までくると、この娘に声をかけられましてな。引野廓の日野勝海卿に、引き合わせてくれと頼まれましたのじゃ。見れば仇なすような連中とも思えんから、かくは同道してまいったと言う次第。何分宜しく頼むわい」
 一休さんは、のほほんとした表情で事情を説明した。
 三人の男は顔を見合わせた。時光には、一番後から付いてきた汚い女童には見覚えがあった。水尾城の城下の佐貫に居た地侍の娘で、おまさといったはずだ。だが後の三人にはとんと覚えが無い。格好も此の辺の者とは様子が違う。まさか山名の間者ではあるまいと疑って見たものの、それならおまさが大人しく付いているはずはないと思い直した。目黒伝之助に二親を殺されているのだ。そしてその伝之助は山名宗全の手先であったことは、おまさも重々承知している。だから山名の乱波ということは考えにくい。それにしても妙な形をしている。
「貴公達は何処からこられた」
 時光は丁重に、その妙な三人組に問い掛けた。
「言っても信じてもらえないだろうね。でも一応言っておくか。私たちは時間を飛んで遠くから遣ってきたんだよ」
 三人組の女と思しき輩が答えた。声は高いし体の線が出っ張っている。しかし頭の髪は短く、着ている物もこの時代の形ではない。
「成る程、其の格好はこの辺りの人間じゃあないな。しかし、未来から遣ってくるなどという与太話を信用するほど、この大熊権五郎はお人好しじゃあない。ははあ読めた。貴様らは山名の糞坊主にやとわれて、当国を探りに来た間者であろう。
白状すればよし、これ以上たばかると手は見せんぞ」
 よせばいいのに大熊権五郎、男を上げるのはこの時とばかり、太刀の柄に手をかけて、まるで北風にあたった鐘馗のような恐い顔をして凄んだ。
山名宗全の冠者と言われたんじゃあ立つ瀬が無いねえ。じゃ証拠を見せてやろう」
 メリーはそう言うと、腰のホルスターからレーザーガンを引き抜いて、権五郎
の足下めがけて一発発射した。物凄い光が走って、権五郎の立っている前の土が跳ね上がり、顔を直撃した。
「わあっ」
 権五郎は蝦蟇蛙を潰したときのような悲鳴を上げ、真後ろへひっくり返った。勝海卿も縁側からもんどりうって庭へ転がり落ちた。大江時光はさすがに武士だから、落ち着いているように見えたが、内心の所はわからない。それが証拠に膝が小刻みに震えていた。其の場にいたこの時代の人間で、本当にメリーのレーザーガンに驚かなかったのは、おまさと一休だった。
「愚僧はかように面白い物を見たのは、生まれてこのかた初めてじゃ。聞く所によると蒙古の大軍が、博多を攻めた時、鉄砲なる物を使ったそうじゃが、その類いかのう」
 一休はその団栗目玉を大きくむいて、レーザーガンをさわろうとした。
「随分度胸のいい坊さんだねえ。まあ火薬の鉄砲じゃあないけど、飛び道具と言う分類からすりゃあ、その類いだろうねえ」
 メリーは一休の好奇心の強さに舌を巻いて言った。そして慌ててレーザーガンをホルスターに戻した。
「けちな姐さんだ。愚僧は何もその飛び道具を盗もうと言うわけではない。後学のためにちょっと改めさせてもらおうと思ったんだけどな。読めた。あの伝之助のたわけの首を掻いたのは、その飛び道具であろう。だから後ろめたいと言う次第なのじゃ」
 一休はにやにや笑いながら図星を突いた。そして衣の袖を捲し上げ、メリーの方を見て合掌した。
「嫌な坊さんだねえ。わたしゃあまだ仏ではないよ。それにしてもこの時代にコロンボみたいな坊さんが居るとは驚いた。どうしてあの馬鹿殿の首を掻いたのが、あたし達だと分かったんだい」
 メリーは手を振って、嫌々をするような格好で聞いた。
「馬鹿にしなさんな。伝之助の首の切り口を見りゃあ、刃物で殺られたとはとても思えん。一滴の血の流れた後も無い。炭のような状態になっておる。さすれば今お前さんが、権五郎の股座をねらった飛び道具が、一番有力な凶器なのだ。物凄い光を発したからのう。あれで焼き切ったのであろう」
 一瞬メリーの表情が強張った。だがすぐに妖艶な女の微笑みに戻った。そして次の言葉を発した。
「参りましたよお坊さん。あんたはこの時代の名探偵だ。確かにあいつを殺ったのはあたしですよ。だがね。面白半分で殺ったわけじゃあありませんよ。殺るにゃあ殺るだけの分けがあったんですよ」
 一休は大きくうなずいて言った。
「そりゃあそうだろう。いくらこんな殺伐とした時代でも、面白半分に人一人殺されたんじゃあたまらんわい。大体の推量はつくなあ。そこの女童に泣き付かれたのであろう。何しろおまさは、伝之助に二親を殺されたんだから、仇を討ちたいと愚僧に何度も頼んできた事がある。しかし、いくら生臭でも一応坊主だからのう。人殺しの手伝いは出来ん。そしたらこの雌河童。憎口をついて、この香典泥棒とののしり居った。確かに坊主は経を読み、問答するより能が無い半端ものじゃ。しかしお前さん達、とんとこの辺りでは見かけぬ顔じゃが、どうして縁もゆかりもない雌河童の助成をしてやったのじゃ」        
「それには一口で言えない事情がありましてな」
 今まで成り行きを見守っていたバットが口を出した。
「ほほう、そちらのお方は唖かと思っていたが、ちゃんと口が聞けるではないか。ではその事情とやらを伺おうか」
 一休はバットをからかうように言った。
「その事情とは……」
 その後が言葉にならないバットではあった。それはそうだろう。戦国時代の初めの人間に、自分達は遠い星から来た宇宙人の大学生だと説明するのは、非常に困難な仕事であろう。見かねたおまさがしゃしゃりでて言った。
「えへへへっ。あの大人の皆さん方に申し上げます。この三人の兄さん姐さん達は、夜になると空に光る、お星様の一つから遣ってきたんだそうで、あたいの身の上に同情して、目黒伝之助をやっつけてくれたんですから、振袖山城のお殿様に、ご容赦下さるよう、お願い出来ないもんでしょうかねえ。特にその頭の丸い小父さんは、殿様のお覚えが目出度いそうでござんすから、宜しくお願いいたします」
「雌河童め。言い居るわ。たしかに藤鼎公や藤治公とは親交はあるが、坊主の口から人殺しを見逃せとは言いにくいのう」
 一休はおまさの言い分に苦笑して頭を掻いた。大江時光がおまさに詰問を浴びせた。
「お前の言い分は私も同情する。だがな。幾らなんでもそこの三人が、かぐや姫のように、他の星からやってきたと言うのを、信用する分けには参らぬ。本当は何処の人間なのじゃ」
 おまさは大人と言うものは、何と頑固で融通が利かない生き物かと呆れて、大仰な手振りで叫んだ。
「分からず屋。さっきから言ってるだろう。その人たちは他の遠い星からやってきたんだって……。坊さんが言っていたじゃあないか。目黒伝之助の首は普通の刃物じゃあ切れないとね。それが何よりの証拠じゃあないか。夕べあたい達が水尾城に忍び込んで、さっきあの姐さんが、権五郎鮒の股座をねらった飛び道具で焼き切ったんだよ」
 大熊源五郎の顔が、またもや北風を食らった鐘馗に変わった。そしてむくりと起き上がり、おまさを捕まえ打擲に及んだ。
「いてててっ、ちょっとそこの時光の小父さん。権五郎鮒がいじめるよ。笑ってないで助けておくれよ」
 おまさは権五郎の小脇に掻い込まれ、足をばたばたさせながら時光に助けを求めた。時光は縁側に座ったまま、その様子を見ていたが、権五郎のやり方がちょっと行き過ぎだと思い、それを制した。
「権五郎。大人げないぞ。大の男が女童をとらまえて、打擲した所で余り自慢にならぬ。よい加減で放してやれ」
 庭に転がり落ちた勝海卿も、ようやく這い上がり直衣についた埃を払いながら肯いた。権五郎は二人の目上にそう言われては、言う事を聞かざるをえず、いかにも口惜しそうに唾を吐いて、おまさをそこに放り出した。
「やあい。権五郎鮒め。上役と渡りの遊女には頭が上がらないな」
 おまさは放り投げられても、まるで猫のように身軽な様子で、くるっと一回転して立ち上がり、あかんべえをしながら憎まれ口を利いた。
「これこれ、そなたも大人を嬲るものではない。先ほどの話がまことなら面白い事この上も無い。だがその遠い星からきたと言うお三方。何用あってこの世界にこられた」
 勝海卿はねっからの物好きな性格で、三人のエイリアンに声をかけた。
「それを説明をするとなると、大学の卒論より難しいねえ」
 メリーは当惑した表情で言った。
「それでも説明しないわけにも行くまい。この場の雰囲気からするとな」
 バットとビヤダルが声を揃えて言った。その声が 妙に具合よくハモっていた。「黙れ。二人共あたしの後から、まるで金魚の糞みたいにくっ付いてくるだけで、役に立たないこと夥しいよ。少しは建設的な意見でも言ってみる気はないのかい」
 メリーは男達の優柔不断な態度に腹を立てて、ヒステリックに怒鳴った。
「これこれお女中。そう怒鳴ると猿楽の般若の面のような顔になりまする。そんな表情をすると縁遠くなりますぞ。ここは気を沈められたがよかろう」
 勝海卿がその様子を見て、鉄漿をつけた口に扇子を当て、 にやにや笑いながら言った。
「猿楽とはどういう物か知らないけど、般若なら知ってるよ。口が耳まで裂けて角がにゅっと飛び出したあれだろう。あんな顔になっているのかい」
 メリーはそう言われて、心配そうにおまさに問い掛けた。
「般若とまでは行かないけれど、生成りくらいには変化しているよ。姐さん、ここは落ち着て、そして正直にここへ来たわけを話した方が良いと思うよ」
 おまさが無邪気な顔で、メリーを見上げながら言った。
「童は仏の使いとも申すぞ。忠告を聞いた方がよかろう」
 一休がおまさの言葉に乗じて言った。
「そんなもんかねえ。でもあたし達の話がお前さん達に理解出来るか心配だねえ」
 メリーはそう言うと首をひねりながら、大江時光と日野勝海が座っている縁側に近づき、ゆっくり腰を下ろした。一休もそれに並ぶように座った。
「先ず聞くが、お前さん達の生まれ在所は、おまさが言ったように遠い星なのかね」
 一休は静かな口調で問い掛けた。
「そうだよ。地球から五百光年離れた星から来たんだ」
 メリーは落ちついた調子で答えた。
「その五百光年というのはどの位の距離なんだね」
「光の速さで五百年と言う事さ」
「そりゃあまた偉い遠いな。お天道様より遠いと言う事か。だがお前さん達、見たところ、この世界でいえば二十歳ぐらいにしか見えんなあ。よっぽど速い乗り物に乗って飛んできたと言う事か」
 一休はメリーの言う事を、信用しているような口振りで問い返した。
「坊さんはなかなか話が分かるねえ。その通り私達の乗ってきた宇宙船は、ハイパーエンジンを搭載しているから、光速の数十倍のスピードが出せるんだよ。したがって必然的にタイムマシンの性能も持つわけだ」
「浦島太郎が竜宮城で、乙姫に三年の間歓待を受けていたと思っていたが、元の世界に戻ってみたら、三百年経っていたと言う話を思い出したよ」
「それがウラシマ効果という奴さ。この時代からざっと四百年後の、アインシュタインと言うユダヤ人の、物理学者が発見する事になるらしいけどね。わたしたちの星がずうっと昔に見付けていた理論なのさ。それを利用したのが地球に遣ってきた宇宙船と言うわけだよ。アメリカという傲慢な国が、そこの陸軍とNASAと言う組織で、タイムマシンを共同で開発したらしいね。それが証拠に二人のアメリカの軍人が、私達を追いかけてこの時代に潜入した」
 メリーが一気に捲し立てた。それを聞いていた一休と時光と勝海卿は顔を見合わせた。何のことやら半分も理解出来ぬと言うのが、三人の偽らざる心境であった。だがここによそ者三人のほかに、まだ二人も正体不明の潜入者が居ると言うのは聞き捨てならない。それでなくても山名の乱波が暗躍している。これ以上妙な連中が増えては、八上郡の治安を預かる大江時光としては溜まったものではない。そこで時光はおもむろにメリーに問い掛けた。
「その何処やら外国の軍人は、どのようないでたちをしておるのじゃ」
「いでたち、そう言われてもこの時代の人には説明しにくい んだよ。とにかく木陰に隠れるのに都合の良い模様。つまり迷彩色の服を着ているよ」
 メリーがちょっと困惑気味に言うと、時光はうなずいて後ろを向いて手をうった。すると次の間に控えていた若侍が、間の唐紙をさらりと開けて現れた。
「はっ、お呼びでござるか」
 時光はその若侍に耳打ちをした。するとうなずいて素早く庭へおり、枝折戸から屋敷の外へ走り出た。
「ちょっと心配だが。まあ仕方あるまい。今聞いたような外国の軍人に、八上郡をうろうろされたのでは、女子供が物騒じゃ。なんぼか怪我人が出ても捕縛しておかんとな。それはそうとお前さん達は何の用があってここへ参った」
 時光はメリーに向かってそう聞いた。おそらくは男二人には、なんの考えもなかろうと推察したのであろう。
「そら来た。もうそろそろ本題を聞かれる頃だと思ったよ。実はこの間抜け二人が、夕べ忍び込んだお城に忘れ物をしちゃってねえ。出来ればそれを返してもらいたいと思ってね」
 メリーはバットとビヤダルを振り返って、物凄い形相で睨みながら言った。
「その返して貰いたい物とは、これではおじゃらぬか」
 勝海卿はそう言いながら、例の黒い小箱を差し出した。メリーはそれを見て直ぐにでも取り返そうと、勝海卿の前へ走りより手を差し出して叫んだ。
「それだよ。返しておくれ」
 勝海卿は、公家特有のずるそうな笑いを浮かべて言った。
「なかなか。そう簡単には渡せんな。一体これは何でおじゃる」
 メリーは唇をかんで、勝海卿が後ろに手を回して隠した黒い箱を、是が非でも取り返そうと飛び掛かった。
「きゃあっ、何をする」
 勝海卿は大袈裟な悲鳴を上げると、仰向けにひっくり返って、時光と一休に助けを求めた。
「元々大納言殿の持ち物ではございますまい。左様な物は我が国はおろか、唐天竺にも聞いた事がござらん。よって遠くの星から参ったと申すその三人の持ち物に相違ないと存ずるが、一休坊のご所見はいかに……」
 時光は勝海卿の無様な格好に、少々呆れた様子で一休の考えを聞いた。その間にもメリーが勝海卿の体の上にのしかかり、箱を取り返そうとドタバタ遣っていた。
「左様。愚僧も時光殿と同腹でござる。恐らくそれは武器でござろう。光の速さで五百年も離れた世界から飛んでくるとすれば、我らの文明よりはるかに進んで居ると考えた方がよかろう。人間という奴は、文明が進めば進むほど、野蛮な武器を考えるものだから、恐らくその箱も我らの想像の出来ぬ危険な代物であろう。さような物は早く返して、三人にこの世界から退散願った方が賢明とぞんずる 」 一休は衣の袖をたくし上げ、合掌しながら言った。
「さすがに坊さんは仏に近いから、この情況をよく把握しているよ。そうさ。この箱は大変な代物だ。地球をふっ飛ばす威力があるんだよ」
 メリーはやっと勝海卿からその箱を取り上げ、肩で息をつきながら叫んだ。
「その地球とは何じゃ」
 時光は訝しそうに聞いた。
「地球とはこの地面の事さ。つまり大きな球の表面に大陸とか島とか海がへばりついているのがこの世界なのさ」
 メリーは箱が無事かどうか、ぐるぐると掌で回しながら言った。
「つまりこの世は巨大な球の上にあり、その球に寄生しているのが我々生き物と言う分けじゃな」
 一休はこっくりうなずきながら、考えに浸っている。時光はその様子に半ば呆れて言った。
「一休坊。禅問答は我らには分からん。したが何故そんな危ない物をこの連中が所持しておるのじゃ」
「それは愚僧にも分からん。そちらの威勢の良い姐さんに聞いた方が速かろう」
 一休はそう言 ってメリーを指差した。
「それを説明しろといわれても、なかなか難しいねえ。この時代には大学てえ物はないんだろう」
「今はないが平安や奈良の昔、空海の時代にはあったらしい。で、その大学がどうしたんだ」
 時光はいらいらとした調子で言った。
「私達はその大学と言うものの学生なの。もっともこの地球の大学じゃあないけどね。私達の故郷の星は、地球と大きさも大気の成分も似ているのさ。太陽もG型スペクトルだしね。なぜこの地球に来たかと言うと、一種の肝試しなのさ」
「肝試し……」
 そこに居た一休も、時光も、勝海卿も、声を揃えて言うと顔を見合わせた。
「そうだよ。この地球と言う星にきたのは、大学の単位を取るため、嫌々遣ってきたのさ。こんな未開の星に誰が好き好んでやってくるもんか。卒業出来なきゃあ、親に嫌みを言われて、その上就職もまま成らないんだから、全く嫌になっちゃうよ」   
 メリーのぼやきは長々と続くが、一休と後の二人には、何のことやら理解出来ない。しかし勝海卿が、持ち前の好奇心を発揮して問い掛けた。
「その卒業とか就職と言う言葉は、大和言葉やおまへんな。唐にも聞いたことがないよって、これから後の世に出来る言葉でおますな。要するに唐の科挙みたいなもんで、苦しんでいると言う事でおますな。それなら簡単……。あんたがたの星に戻らずに、ずうっとここへ残ったらどうでおます。大和の国には科挙はおまへん」
 メリーはこの青膨れの、生きている土左衛門みたいな、男の言う事を聞いて開いた口が塞がらなかった。そんな事が出来るくらいなら、何もこんなに苦労はしない。そこへ一休が助け船を出した。
「まあ勝海卿の言われる事は、この時代の常識であって、そちらの御人には通用しまい。何せ光の速さで五百年もかかる、遠い所から来られたそうじゃからな。したが愚僧に分からんのは、肝試しにくるのに、その世界を破壊出来る程の物騒な武器を、持ってくる必要があるのかと言う事じゃ」
「それを言われると辛いねえ。確かにこんな反物質爆弾なんて物騒な物は、私達も持ちたくはないよ。でも大学が支給するタイムマシンには、標準装備してあるんだから仕方がないだろう。軍の払い下げをそのまま使っているんだから、大学の理事連中もいい加減なもんだ。これまでも二三回事故があって、その度に星を消滅させているんだから、何とか方策を考えりゃあいいのにさ」
「おいおい。聞いて見りゃあ全く物騒な話だ。その消滅させられた世界には、我々同様生き物がいたんだろう。はた迷惑この上もない」
 一休は憮然とした表情で言った。
 その時屋敷の外が、がやがや騒がしくなった。雑兵共が何やら騒いでいる。
「おい。喧しいぞ。何かあったのか」
 時光は大声で聞いた。一人の足軽が慌てて飛び込んでくると、庭先に平伏して有り様を報告した。
「はっ、ただ今佐貫からの知らせによると、得体の知れぬ旅の二人が、村人に食べ物を要求し、村人が価を求めると、持っておらぬと撥ね付け、騒ぎになっている様子でございます」
 足軽はそう答えてまた一散に外へ戻ってゆく。
「ふむ、何者であろうな。山名の手先が白昼堂々佐貫村に現れるはずはないし、かと言って毛利や尼子の手先とも思えん」
 時光はそう言うと一休と勝海卿を振り返った。
「八上郡にその人ありと伝えた時光殿に分からぬものが、麻呂に分かろう筈がないではおじゃらぬか」
 勝海卿はそう言って、持っていた扇子で長袖に風を入れたが、一休は一緒にされては迷惑と言った表情で、勝海卿を睨んだ。
「愚僧は大体見当をつけておるぞ。さっきからのこの姐さんの話でな。姐さん達を追いかけてきた、何とやらいう国の兵隊じゃろう。今の時代に通用する銭を持っておらんから、食い逃げを遣ったとみた。何時の時代でも何処の世界でも、足軽なんぞのやる事は似たようなもんじゃて」
 一休は涼しい顔でそう言うと、メリー達に目配せした。付いてこいと言う表情であった。
「きっとあたし達を付けてきたアメリカ陸軍の将校だよ。馬鹿な連中だねえ。タイムマシンで飛んだ時代の住民と揉め事を起こすなんて、時間旅行のいろはも知らないんだから……」
 メリーは自分の事は棚に上げてののしった。バットとビヤダルは苦笑しながら顔を見合わせた。
 時光も捨ててはおけぬと、脇に置いていた太刀をとり上げ、立ち上がりながら腰にはいた。一休も衣の袖をたくし上げ、側にあった縄で襷をすると、いざ出陣と身震いした。

 佐貫村は大騒動の様相を呈していた。まるで板東妻三郎の立ち回りを彷彿とさせる光景である。五六十人の足軽が、とある藁葺き屋根の百姓家を、十重二十重に取り囲み、獣じみた雄たけびを上げていた。
「出てこい。言う事を聞かねえと火をかけて焼き殺すぞ」
 頭分らしい髭面の恐もてする男が、脅かしの声をかけていた。しかし、それ以上百姓家に踏み込む勇気はないらしい。何しろ百姓家の前には、黒焦げになった屍が五つばかり転がっている。どうやら中に立て篭もった、アメリカ軍特殊部隊の二人に、反撃を食らったようだ。
 そこへ引野廓から時光とそれに一休、メリー他三人が駆け付けた。勿論その中には、おまさのませた顔もあった。成り行きがどうなるか、興味津々といった表情で、大きな瞳をくるくるさせている。
「これは大江様。良く来てくだされた。二人と侮ったのが不覚でござった。敵は妙な武器を使って、これこの通り、我々の仲間を骸にしてしもうた」
 足軽の頭分が、目の前に転がっている、仲間だった骸を指差しながら訴えた。「うむ、姐さんの話だと、とても我々の手におえる相手ではないようだ。そこで相談だが、姐さん達。中の厄介者を片付ける方策は無いものかな」
 時光はメリーに声をかけた。
「ふむ、まあ相手は何を持っているか。アメリカ陸軍の特殊部隊に所属する連中だから、油断は出来ないね。かと言ってこのまま家の周りを取り囲み、わあわあ騒いでいるのも芸がない。ここは一つ二十世紀の大監督黒沢明の、『七人の侍』のアイデアを拝借するか。それには子役が一人欲しいんだけど、誰か適当なジャリは居ないかねえ」
 メリーがそう言うと、おまさが後ろからしゃしゃり出て、その生意気そうな自分の顔を指差した。
「あたいを忘れてもらっちゃあこまるね。大体姐さん達が物好きにあたいの加勢をして、目黒伝之助をやっつけたのが事の発端だろう。だから其の一件の責任はあたいが取りゃなきゃあ筋が通らない。何をすればいいんだい」
 メリーはおまさの言い草にむっとしたが、この際大人げないと思い直して、おまさに何か耳打ちをした。おまさは肯くと素早くそこを走り去った。
 メリーは時光に言った。
「兵隊を全部引き上げさせて貰いましょうか」
 時光は怪訝な表情をしたが、それでもメリーに、この情況を打開する目算があるのだろうと、そこに集まっていた足軽連中に撤退の命を下した。
 後にはメリー他三人のエイリアンと、時光一休が残ってその百姓家の門先に立っている。おあつらえに南風が吹いてきた。砂塵が舞って黒沢映画の雰囲気を盛り上げた。
「さて、姐さん。これからどうする」
 一休は縄襷を締め直しながらメリーに問い掛けた。
「暫く待ってよ。おまさに頼んであった物が見つかるまで……」
 メリーは落ち着き払ってそう答えた。
「何じゃ。おまさに言い付けた物は……」
 一休が聞き返した。その時南風に追われるように、向こうの方からおまさが、何か抱えてすっ飛んできた。そのおまさが抱えている物を見て、時光と一休は仰天した。もっとも普通の時なら別に驚くには当たらない。子守りっ娘が赤ん坊を抱いているのは良く見る光景であったが、今まさに百姓家に潜んでいる敵と、ドンパチが始まろうとしている時に、まだ生まれて半年も経たない赤子を、連れてくるとは非常識そのものである。
「おいおい、お前何処からそんな物を都合してきたんだ」
 一休は呆れたようにおまさに聞いた。おまさは赤ん坊をゆすり上げながらあっけらかんと答えた。
「こんなのは河原にいきゃあいくらでも居るよ」
「すると河原者の赤ん坊かい。しかし良く親が承知したな」
 こんどは時光が半分呆れ顔で言った。
「うん。只じゃあいくら河原者でも貸さないよ。だからあの時、姐さんが袋を渡してくれたのに、小父さん達気が付かなかったのかい。中に砂金がいく粒か入っていたんだよ。連中は砂金と見りゃあ我が子でも売るよ」
 おまさは平気な顔で言うと、抱いていた赤子を差し上げて見せた。襤褸切れに包まれた其の赤子は、案外可愛い表情で無邪気に笑っている。
「ふむ、この赤子をどう使うのか。流石の愚僧にもとんと分からん」
 一休は狐につままれたような顔でごちながら、赤子をあやした。
「まあ任しておいて頂戴。私に考えがあるんだから……。さて、おまささん。これからはあんたの芝居心が肝心なんだから、頑張って頂戴よ」
 メリーはそう言うと、おまさを物陰に呼んで、何やら打ち合わせを始めた。後の男共は地球人もエイリアンも、手持ちぶさたでぽかんと口を開け、阿呆が鳥を逃がした時のような表情で、南風をくらっていた。
「女と言うものは、相手が別世界の者でも理解に苦しみますな。今更あんな河原者の赤ん坊を借りてきて、どうする気でござろう」
 時光は盛んに首をひねりながら言った。
「愚僧も同感でござる。坊主は余り女性には近付かぬものでござるが、それにしても今度のあの姐さんの行動は、お釈迦様でもよう判じられますまい」
 一休も時光に大いに賛同して、張子の虎のように首を振った。それは同じ星から遣ってきた、バットとビヤダルも同じ事である。抽選で宇宙船に乗り合わせるはめになったのだが、メリーという女は何を考えているか、さっぱり分からない。それだけに余計恐い。
「ちょっとこっちに来ておくれ」
 メリーが声をかけた。どうやら準備が整ったらしい。男共はおっかな吃驚、声のした方へ歩いて行った。そこは例のアメリカ陸軍の軍人が、立て篭もっている百姓家から、死角になった茂みの陰であった。

            (つづく)