矢車通り~オリジナル小説~

はてなダイアリーから移行させました。

浦戸シュウ

ひとときだけは……

私がそのニュースを聞いたのは、会社の昼休みに女子社員で集まってお弁当を食べているときだった。 「長期ドラマのロケ地がこの町に選ばれたんですって、聞いた? 水原さん」 「柳勇馬主演の近代ものってうわさよね、伏見さん」私はとっさに話を合わせるため…

雨に降られて(18枚)

トラックの後輪が目前に迫った。入江敦は自転車のハンドルを左に振り、サドルから腰を浮かせる。左側では小学生が集団登校をしている。敦は自転車をトラックと小学生の間に入れようとした。男の子が一人、列からはみ出してくる。とっさに自転車を左に倒した…

頼れない夫

「お茶もないのかい?」姑の古橋かなえが口を尖らせた。甲高い姑の声が、笹井しぐれの耳につく。 「いつも言ってるだろう。私の好きなお茶を切らすなって」しぐれはうつむいて、姑から表情が見えなくなるようにした。(一ヶ月に一度来るかく来ないかの客に合…

お・い・で

息子よ。 君をそう呼んでも構わないだろうか。 私は今までずっと楽しく暮らしてきた。例えば、草を掻き分けて坂を登る。小高い丘を登りきると、急に視界が開けてくる。右手には大きな平原が、左手には小川が流れている。水面をのぞけば、岩魚が泳いでいる。…