矢車通り~オリジナル小説~

はてなダイアリーから移行させました。

短編

ミケにお願い(13枚)

私立・方丈学園高等学校は夏休みの真っ最中。だが、今は校内を生徒たちが大勢行き交っている。文化祭の準備をするために全員登校しているのだ。 寝屋川まみ子は一年二組の教室の前に立った。首を教壇側の扉から突っ込む。寄せられた机の固まりの向こうに、西…

呼び合う二人(14枚)

俺は元旦の昼近くになって初詣に出かけた。近所にわりと有名な神社がある。行ってみると、境内に続く道にお参りの列が出来ていた。 まだ人はけっこう多い。憮然として列の後ろにつく。しばらく歩くと後ろがふさがった。 人と人の狭い隙間を縫って、珍しい光…

逃亡はこっそりと(後編)16枚

四 「臨時ニュースを申し上げます」 冷やかな男の声が佐々間の頭上から落ちてきた。 「強盗の容疑で全国に指名手配されていた荻原は、今日午後四時二十分、立ち回り先の肉皮町において逮捕されました」 佐々間はダッシュで街頭テレビから離れて、さきほどか…

逃亡はこっそりと(中編)26枚

二 大型トラックや他県ナンバーの車を縫って国道を飛ばし続けた。ラーメン屋がはるか後ろになったころ佐々間が横に並んできた。左手を内側に向けて親指を立て、しきりに横に振っている。 左に行こうということらしい。 藤見は早朝に確認した地図を思い浮かべ…

逃亡はこっそりと(前編)22枚

一 藤見と佐々間は遅い夏休みを九月の半ばに取り、バイクでツーリングをする計画を立てた。 都会から田舎へ。フェリーに乗って往復し、のんびり田舎を巡る旅にしよう。行き先が遠い分、途中の金は乏しいが、どうせ男のふたり旅。金が無ければ野宿して、そこ…

思い出を聴かせてください(4)18枚

十 母屋側のドアのレバーノブを握ったまま文絵は立ち尽くした。ドアの向こうで二拍子の音楽が鳴っているのがはっきり聞こえた。 もうはるみの気持ちは落ち着いただろうか。自分に何が出来るのかわからないまま、はるみと顔を合わせるのは気が重かった。 文絵…

思い出を聴かせてください(3)21枚

七 門扉から大きな二階建ての家へ続く石畳とは別に、左に向かって丸くて平べったい石が並べられていた。先へと視線でたどると半間の玄関に着いた。平屋の小さな家が母屋より少し引っ込んだところに建ち、母屋と渡り廊下でつながっている。 「あちらのおうち…

思い出を聴かせてください(2)26枚

四「木之下さん」 電話帳を呼び出していると後ろから声がかかった。 振り向くとはるみが両手に紙袋をぶら下げて歩いてきていた。さきほどの怒っていたときの声とはずいぶん違う、高く澄んだ声だった。 後ろにひとつでまとめていた長い髪は下ろされ、ファンデ…

思い出を聴かせてください(1)24枚

一 門の前に立った木之下文絵は深呼吸をして、『PUSH』と刻印された横長の黒いボタンを押した。背中は日差しを受けてほんのりとぬくもり、頭の上から桜の花びらが舞い落ちる。 インターフォンの丸いくぼみから受話器をはずす軽い音がした。 「いらない!…

ギブアンドテイク(後編)20枚

作戦を話し終えたとき、町子だけが首を横に振った。 「それはいくらなんでもやりすぎではありませんか?」 女性社員たちはハッと息を呑んだ。作戦を聞いて盛り上がる女性社員のただ中で、こんなセリフを言い出せるなんて。弘子はかなり町子を見直した。 町子…

ギブアンドテイク(前編)15枚

御歳蓋弘子は右手のマイクを口元に近づけた。丹前の袂がゆらゆらと揺れた。浴衣が袖口からのぞく左手でそれを押さえながら顔を左に向けた。宴会場の上座中央であぐらをかいている内水ユリカを見た。 毛先はばらばらなのにまとまった印象のある短い髪形。 し…

紙おむつ狂騒(後編)14枚

弘子と小坂井は五階建てのビルの前に立った。二階より上の窓ガラスは鏡になっているようで、まわりのオフィス街の景色を映している。一階は素通しで中の様子がよく見える。一階のほとんどがロビーのようだ。玄関にあたる自動ドアの横には『タマゴ製紙』と銘…

紙おむつ狂騒(前編)17枚

ひとりを慎む。 そんな言葉は二十六歳になったときゴミ箱に叩き込んだ。 全裸の弘子はドアの向こうのテレビ画面にある時計の表示を見た。生焼けのトーストをかじっては胃にアイスコーヒーで流し込み、五口で食べ終える。コップとお皿を載せたトレイを、左手…

肝試し・後編(37枚)

あれから七十年、俺の人生にも色々あった。二十歳になると兵隊検査を受け、問が悪いというのか中国との戦争が始まって、大陸へ持って行かれた。さんざん上官に殴られたり、弾の下を潜ってやっと敗戦となり、戻って見れば親父もおふくろもくたばっていた。そ…

肝試し・前編(55枚)

あれは昭和の始めだった。 不景気のどん底で娘の身売りが世間の評判になっていた。俺はその頃まだ八つだったから、身売りの意味は理解できないが、とにかく姉ちゃんたちが酷いめにあうことだと漠然と感じていた。 俺も親もそのまた親も、代々続いた小作であ…

雪の花

灰色の厚い雪雲が都会を覆っている。私はフワフワとうす汚れた大気にむせながら大空に漂っていた。雪の結晶が体に纏いつく様だ。下界の騒がしいジングルベルの音が自動車の騒音に混じって聞こえる。綺麗な雪も地上に降ると汚れてしまう。ああ、今年もまた来…

あなたを見つめて(2)20枚

由莉葉は高校を出たら就職するつもりでいる。父親の遺族年金が出るのは由莉葉が18歳になるまでで、さ来年からは出ない。家計は一気に苦しくなるはずだ。母親は進学しても良いと言っているが、特に勉強を続けたいことがあるわけでもない。ここでアピールし…

あなたを見つめて(1)22枚

空気が動いた。 長倉由莉葉は背後を振り返った。小柄な吉田和子の頭上からかぶさるように、中年男が怒鳴りつけている。男の四角い顔は血が上って、赤くなっている。和子は耐えていた。由莉葉は男の視線を受け止めるようにして、和子と男の間に割り込んだ。男…

雨に降られて(18枚)

トラックの後輪が目前に迫った。入江敦は自転車のハンドルを左に振り、サドルから腰を浮かせる。左側では小学生が集団登校をしている。敦は自転車をトラックと小学生の間に入れようとした。男の子が一人、列からはみ出してくる。とっさに自転車を左に倒した…

我が輩はアイボである (30枚)

キャリヤウーマンを任じる貞子は、土曜日の朝叩き起こされた。 この馬鹿たれがと半分夢のなかで悪態をついた。それはそうだろう。見たくもない上司の顔色を窺い、そのうえ、おつむのなかは空っぽのアイドル連中の、ご機嫌をとって神経を摺りへらしてきたのだ…